77 弱ります
貴族ってなりたくてなるものじゃないよね?
エリーゼさんの言い分を一通り聞いて思ったのは、なんとまあ、強かな人であることか。僕の問題のはずなのに、エリーゼさんがノリノリだった。
まず、ランカスター家と僕の血縁関係を重視していない。なぜならば僕はランカスター家当主よりも圧倒的に魔力量で優っているからだ。伝統貴族と言えど、魔力量は無視できない。僕がランカスター家に戻る、いや、入った瞬間、当主が入れ替わったと考えてもいい、というか入れ替えさせてみせる、って、わあお、どうしたエリーゼさん。他家の事情にそんな深入りして良いのですか。
僕の魔力量があれば功績の1つや2つ、簡単に上げられる。そうすれば、伯爵となるのも何ら難しいことではない、だなんて、ええ、そんな馬鹿な。功績ってそんな、簡単に上げられる訳が。
伯爵となれば、もはや伝統貴族として認められたも当然。あとはどこまで貴族内での影響力を持てるか。どこまで安定した地盤を築けるか。どれだけ王国内での地位を築けるか。エリーゼさん、それはそれは随分と楽しそうに考えていらっしゃった。
ところで、子爵までは伝統貴族として認められてないのか、というと、まあそうらしい。子爵までは地盤が不安定な成り上がり共扱い、って、おいおい。言葉にはお気をつけて。
ランカスター子爵領を拡大する形で侯爵領や伯爵領の領地を分け与えられるか、もしくは離れた領地を分け与えられるか。どちらにせよ、ランカスター家は、成り上がるための最初の一歩、つまり乗っ取るには丁度いい程度に衰退した貴族、だそうです。エリーゼさん、容赦ないですね。
なぜそこまで自信に満ち溢れているのか。エリーゼさんには具体的な道筋が見えているのだろうか。それとも、子供が語る夢物語のようなもので、まったく詳細が見えてないからこその強気発言なのか。生き生きとしたエリーゼさんの表情を思い出す。はっちゃけてたなあ。
なんとなく、エリーゼさんが語っているのは子供の夢物語な気がする。支援するからやってみましょうよ、なんて、随分気軽に誘ってきたし。
そして同時に納得した。どうして僕とランカスター家にそんなに協力的なのか疑問に思っていたけど、最初からこの話をすることが目的だったんだろう。そのために僕とランカスター家を引き合わせたのだろう。あーあ、上手く乗せられたなあ。飛びついちゃったよ。
僕の出自なんて、そんなの、気に病むようなことじゃないのに。馬鹿だよなあ、数週間前の僕。こんなめんどくさいことに巻き込まれちゃって。
でも、さすがにエリーゼさんが主導している訳ではないだろう。裏にはエリーゼさんのご両親が深く関わっているのは間違いない。もしくは、ロバーツ家を通じて僕にランカスター家を乗っ取らせることで利益を得る第三者に掌の上で踊らされているのか。
とにかく、この件の黒幕さんが立てている計画はエリーゼさんの考えるものよりも何倍も周到で、複雑なものなのだろう。計画はどこから始まっていたのだろう。僕はいつから踊らされていたのだろう。このまま甘い言葉に流されて、貴族となり、成り上がり、再興させる、そんな夢のような生活を送るのか。
「やだなあ。僕、そういうの興味無いよ」
興味、無い。それでさっさと逃げられるかというと、難しいだろう。もう片足を突っ込んでしまった。どうしたものか。積極的に逃げないと、上手く取り込まれそうだ。やってしまった。姿の見えない黒幕を相手に、情報、権力、金、全てが不利な戦いを始めてしまった。
「あーもう、どーしよー、やだー、たすけてー、クロー」
「んにゃあああ」
クロを抱え込んでゴロゴロ転がりまわる。クロの叫び声が聞こえる気がするけど今だけは許して、ね、ちょっとだけ、ちょっとだけだから。
そして翌日。レジーとの試合、か……。
「よっ、調子どーよ」
「最悪」
「そーか絶好調か、そりゃよかった」
アルは難聴かな?
「クリス、本当に顔色悪いよ。大丈夫?」
ポール……僕は、まだ、死にたくないよ……。
「そんな死にそうな顔するなよ。ちゃんと審判が……テッドだけど、いるから」
エド……一瞬、言い淀んだよね、やっぱり、不安なんでしょ……?
「仕方ねーな、ほら、体動かせよ、相手、し、て、え、あれ?」
「わあ、これはひどいね」
「レジーの方が心配だな」
もうやだ……。
「お、おい、助けてくれないの? おーい? クリスー?」
「動くな、生き埋めになるぞ」
「う……エド、頼む……」
「クリス、やっぱりやめとく?」
テッド……いや、みんなやるなら、僕もやるよ……。
「……えっと、やる、の? 無茶は駄目だぞ?」
うん……ありがと……。
「おーよしよし、可哀想に、こんなになっちゃって」
うん……。
「……クリス?」
はい……。
「おい、ずっとこんな調子なのか?」
「うーん。治んないね」
「……やりづらいな」
「でもやる気はあるみたいなんだよねー」
「おい、クリス、何か言えよ」
「…………ガンバル」
「……どうなってんだコイツ」
「揶揄うとまた埋められるぞ」
「お、おう……」
「埋められたのか?」
「ま、まあ……」
「にゃ」
クロ……どうしよう。僕、どうなっちゃうのかな……。
「んーにゃっ」
レジー、強いもんね。きっと、一瞬で距離を詰められて、一発KOなんだ。気づいた時にはベッドの上なんだ。きっと、そうなんだ……。
「にゃーにーなおーおーにっ」
だからって、逃げちゃ駄目だよね。でも、すごい逃げたい。死にそう。ていうか僕、死んでないかな。実は死後の世界だったりしないよね。僕、まだ生きてるよね。まだ、生きたいな。生きるためにも、頑張らないとな。じゃないと、雑魚のままじゃ、死んじゃうもんな。守られ続けるだけだもんな……。
「んなー」
最後に、クロ、ぎゅってさせて……。
「……」
……ん?
「クリス、順番決めようと思うんだけど、いい?」
クロを抱えてしゃがみ込んでいると、ポールが後ろから声を掛けてくれた。クロを抱えたまま立ち上がり、返事をしながら振り返る。あ、あれ、浮かばない顔してるけど、どうしたの、酷い顔だよ。ポールとしばらく見つめ合っていると、情けなく下げられていた眉が上がり、今度は目を丸くして、小首を傾げる。
「あれ、もう大丈夫なの?」
大丈夫、なんだろうなあ。さっきまで死にそうな気分だったのに、今は何ともない。むしろ、すごく調子が良い。魔力の流れが、人の動きが、遠くても小さくても僅かな動きでも、すっごくよく見える。何だろう、これ。不思議な感覚だな。
「良かった、じゃ、向こうにみんな集まってるから、行こ?」
ポールが指し示す方には、僕とポール以外の4人が集まってこちらの様子を窺っている。いつもの笑顔を浮かべているポールに頷き返し、一緒にみんながいる方へと移動する。
みんな、そんな、不思議なものを見るような顔はやめてよ、恥ずかしいなあ。




