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72 悶えます

 どうしてこんなに問題だらけなんだ!




 問題解決のために積極的に動くべきなのだろうか。まあ、動いた方がいいんだろう。ただ、動いたところでどう解決していくのか、その具体的な流れが想像できない。どう解決させるのが最も理想的なのか、僕の中で答えが見つからない。


 そんな言い訳をしているうちに時間は刻一刻と過ぎ去り、面談の日になるわ、ランカスター家との面会の日が決まるわ、セルマさんに関してアルが押しかけてくるわ、挙げ句の果てにはついさっきクロがふらりと帰ってくるわで、もう、めちゃくちゃ意味分かんない。


 こんな状態では外に出る気になれない。僕は精神的に不調だし、クロも帰ってきたばかりで調子の良し悪しが分からないのに無理に連れて行っては危険な目に遭うかもしれない。クロと一緒に留守番をすることにして、レジーとテッドを見送ってから部屋に戻った。



「クロ、どこ行ってたの」


 ベッドに腰掛けた僕の膝の上で丸まっている黒い塊を撫でながらボヤく。言いながら、クロに八つ当たりかよ、情けないなあ、と悲しくなってくる。クロは丸まったまま何も言わない。そりゃそうだ、猫だもん。


「クロがいない間、大変だったんだからね」


 にゃー、と鳴き声が聞こえる。そうだよ、まったくもう。何がそうなのか分からないけど。


「面談はどうにかなったけど」


 先生には申し訳ないけど、表向きだけ宮廷魔術師を目指すことにした。先生、嬉しそうだったな。でも、騙してる訳じゃない。冒険者になれなかったら宮廷魔術師になる。絶対に有り得ないと思うけどね。ただ、まだ何が起こるか分からない。本当に、冒険者になれないかもしれない。僕が宮廷魔術師になる可能性はゼロじゃない。仮に貴族だったとしても、だ。


 ていうか、今この時期に進路を決めるのって、早くない? その疑問を素直に先生へとぶつけてみれば、確かにこの時期に決めた進路が卒業までずっと変わらない、という生徒ばかりではないらしい。それを聞いて安心、というか、より意志が固くなった。今すぐ決めなくて、まだ曖昧なままで、いいや。所謂、開き直りというやつだ。


「それで、アルがなあ……」


 先日、かなり険しい顔で僕の部屋に入ってきた。開口一番、聖女様と会ってるか、とは。びっくりした。アルの問いには答えずにどういうことか聞き出してみれば、街の巡回にも週末の礼拝にもセルマさんの姿が見えないらしい。何かあったのでは、と心配の声があちらこちらから上がっているそうだ。主に男子から。


 そこでアルが教会に乗り込んで修道女さんから聞き出したらしい。すごいな。じゃなくて、どうやらセルマさんは数週間ほど世話役の聖職者、ナディムさんのことだろうか、以外には姿を見せていないらしい。数週間、となると、やっぱり、お祭りの日以降、になるのかな……。


「どうにかしろって言われてもねー」


 黙秘権は所々行使しつつも、穏便に話を進めさせてもらった。だって、前回みたいにブチギレられても困るし、だからと言って正直に部屋に連れ込まれそうになりました、襲われそうになりました、なんて言えないし。


 お祭りの日以降会ってないし、確かに不調の原因に心当たりはあるけど、僕ではなくセルマさんにとってかなり個人的で繊細な話になるから、いくらアルと言えど相談できない。そういう事を丁寧に、時間をかけて、はぐらかしつつ訴えれば、いろいろ文句を言いつつも渋々引き下がってくれた。


 会いに行かないといけないのか。憂鬱だ。セルマさんの今の状態が分からないのがこの憂鬱さへとさらに拍車をかけている。部屋に閉じこもっている、とのことだ。もし、心を病んでいたら……何をされるのだろう。怖い。


「立場が、逆転してる。しかも、複雑」


 僕がかなり辛い時に、セルマさんに助けられた。そのことがあるから、このまま放っておこう、とは思えない。ただ、原因が僕なのが困る。セルマさんを助けるために、僕は犠牲にならないといけないのか。やだよ。いろいろ感謝はしてるけど、そこまでする程の情は……。


 だから、先延ばしにしてしまう。この問題は、どこに落とし所があるのだろうか。どこが互いの妥協点になるのだろうか。未だに見つけ出せずにいる。


「どうすればいいんだよー、もー」


 クロを抱えてベッドの上でゴロゴロ転がる。クロはもちろん僕にされるがままだ。ああ、なんていい子なの。大好き。


「僕は宮廷魔術師で神様で貴族なの? やだー何それーばかー」


 クロを放り投げて両手両足をジタバタさせる。視界の端で水色だった目が黒くなっているのが見える。ああ、瞳孔が開いてる。ごめんね、ビックリしたよね。


「雑魚な平民冒険者だもん。たぶん」


 クロに手を伸ばす。少しずつ瞳孔が閉じていっているクロが、スルリと僕の腕に絡まってくる。手首を捻らせて頭を撫でれば、目を細めて気持ちよさそうにしている。はあ、猫のいる生活、イイ。


「貴族か……」


 ランカスター家との面会の日は明日だ。何かを察してくれたのか、学校の制服で来るように言われた。ありがたい。もしまた礼服を借りていたらお金が本当に冗談抜きで無くなるところだった。


 それで、どうなるんだろう。迎えの馬車が来てくれるのは、聞いた。ランカスター邸へと行くのだろう。その後は? 分からない。何を話すのだろう。緊張というか、怖いというか、明日のことを少しでも考えると、それだけで心臓がバクバクだ。どうしよう。あーどうしよう。今のうちに何かすることがあるんじゃないだろうか。どうしようどうしよう。


「にゃあ」


 視界の半分が黒くなる。ああ、ごめん、手が止まってたね。目の前に現れたクロの顔を両手で包み込む。そのまま顔をわしゃわしゃ撫で回す。ふ、ぶっさいくな顔。あ、逃げた。


 気持ちだけは驚天動地の大荒れ状態で、暴れ回りたくなる。実際はこうやってベッドに仰向けになったまま、起き上がる気にもなれない。もはや身体にまでその衝動が回ってこない程に訳が分からない混乱状態に陥っている。


 天井を見上げながら、ぐっちゃぐちゃの頭の中を整理しようと、冷静になろうと深呼吸をする。その間も思考があっちへこっちへ飛び回り、相変わらず気持ちと心臓だけが暴れ回っている。開き直った進路、開き直れないセルマさん、どう対処すればいいか分からない明日。


 そして常に頭の片隅にいるのが、ベレフ師匠とブランとノワールと、チャコとアッシュさん。一言で言えば、会いたい。どんな顔で、何を話せばいいのか分からない。だけど、会いたい。


「ししょー」


 どうして、いないのかなあ。こんなに大変なのに。どうして、こんなに大変なのかなあ。今、いないのに。いないから、大変なのかな。もし、側にいてくれたら、大変にならなかったのかな。今まで大変じゃなかったのは、側にいてくれたからなのかな。


「ぶらん。のわーる。ちゃこ。あっしゅさん」


 どうしても、切り離せない。有り得ないのに。絶対に違うのに。何がこんなに引っかかってるんだろう。チャコの最後の言動が、ノワールに似ていた。それだけなのに。たった、それだけなのに。


 クロがお腹の上に乗って丸まる。じんわりとお腹に伝わってくる熱を感じながら、あれこれ考える。何一つ纏まらない思考に翻弄され、朝から無駄に疲れてきたところで、ノックの音が聞こえた。


 返事をすれば、ゆっくりと開かれたドアの隙間から、ポールとエドの姿が見えた。

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