65 遭います
みんな、将来の事、考えてるんだね。
アルとエドとポールも合流したことだし、ついでに3人にも卒業後はどうしようと思っているかを聞いてみた。アル曰く、「住み込みで働けりゃどこでもいいや」。エド曰く、「鉱物商に弟子入りする」。ポール曰く、「父の行商を継ぐ」らしい。
思ったよりもみんなからしっかりした回答を得られた。いや、テッドとアルは曖昧だけど、でも、僕よりもしっかりしてる。テッドは王都から出るって決めてるし、アルは王都で暮らすって決めてる。それに比べて僕は王都から出るのかどうかすら……。というか、冒険者なら、定住しない、よね? 貴族とか宮廷魔術師なら、王都、なのかな……。
みんなに聞くだけ聞いて僕だけ言わないのも卑怯だから、もちろん正直に現状を告げた。反応は、うーん、微妙。冒険者と聞いて、明らかに表情を曇らせたのが、ポール。飄々とした態度のアルとテッドに、真面目に考えてくれるレジーとエド。
逆に宮廷魔術師と聞いて、若干反応が悪かったのが、アルとテッド。ポールはいつもの笑顔に、レジーとエドはやっぱり真剣に考えてくれた。
この反応の差は何なんだろう? 聞いてみたい気もするけど、全員がいる場でご指名するのも申し訳なかったし、夕食も完成したし、その日はそれで終わりにした。
もしかしたら存在するかもしれない貴族という選択肢は黙っておいた。まだ分かんないからね。あー、ほんと、その選択肢が消えるかどうかは置いといて、さっさとランカスター家とご対面したいんだけどな。面談があったせいで延期された。くそう。
しばらくはレジーにくっついて小遣い稼ぎの日々が続きそうだ。
謎の黒い影とそれに伴う怪奇現象の目撃頻度は日によってまちまちだ。1日に何度も目撃されることもあれば、数日何の情報も入らないこともある。依頼を受ける度にそういった情報は教えてもらっていたけど、肝心の影や血だらけの現場を見た訳ではないし、相変わらず被害者の報告は無いし、やっぱり興味は薄れていった。
僕の興味は薄れていったし、レジーとテッドもそんなに気にしている様子ではなかった。ギルドホールの雰囲気でも犯人捜しよりも犯人予想という性質の悪い噂が飛び交っていたし、一時期王都を賑わしていた不安が跡形もなく消え去ってしまうのも時間の問題のように思えた。
てっきり、全員そんな感じなのだと思っていた。それが間違いで、本気で黒い影を探している冒険者も存在していることを、身をもって知ることとなった。
「あっぶね」
突然だった。金属音とテッドの焦った声が間近で聞こえた。何事かと状況の把握に努めようと、実際は驚いて固まっていただけかもしれないけど、音の発生源へと視線を向ければ、テッドが誰かと対面していた。
「物騒だな。やめてよ」
テッドの緊張を孕んだ低い声に僕も身構える。テッドの正面には少年がいた。僕よりも小柄だ。王都の外にどうしてこんな小さな子供が、そう思いかけて考えを改める。相手の得物が、小柄な体格に似合わない、幅の広い、少年の背丈ほどある両手剣が、少しの躊躇もなくテッドへと向けられている。そして何より、外見の不審さが際立っていた。
焦げ茶色の髪に、黒い服。そして、両目を覆うように黒い布が巻かれている。完璧に視界が塞がれているのに、何も見えていないはずなのに、僕らの僅かな動きに合わせて、少年の頭が動く。理屈は分からないけど、あいつは僕らがちゃんと見えている。
「誰だ」
レジーが言葉少なに問う。少年のものよりも一回りも二回りも大きい剣を片手で持ち上げ、少年へと向ける。黒い布で両目を覆った小柄な少年が、レジーへと顔を向ける。口を開いた、かと思うと、口角を吊り上げて犬歯を覗かせる。その表情に、寒気がする。駄目だコイツ。きっと、話が通じない部類の人間だ。ごめんけど、拘束させてもらおう。有難いことに、森の中では扱えるモノが多い。
木魔法と土魔法を多重展開する。頭上から枝や蔓を伸ばし、足元からも根を伸ばす。それらはただの誘導で、本命は土魔法による拘束と捕獲だ。落とし穴へと誘い込み、抜け出せないように固め、牢獄を作り上げる。
つもりだった。魔法を使おうとした瞬間、少年の首がぐるりと回り、僕へと顔が向けられた。う、うわ……。突如向けられた狂気に怯み、魔法の発動が一瞬だけ遅れる。
「クリス!」
レジーの叫ぶような声が聞こえた。何が起こるか予測できたのか、それとも何が起きたか見えていたのか。どちらにせよ、僕は何の対処もできなかった。分かるのは、僕は助かった、ということだ。
「だーめ」
この場に不釣り合いな、間延びした、緊張感の欠片も無い声が聞こえる。それに対して僕の目の前で繰り広げられている光景は、とても呑気に構えていられるようなものじゃない。
目の前で少年が僕に剣を振り下ろそうとしている。それを、半透明の、白みがかった大小様々な結晶が隙間無く包み込み、動きを止めている。その結晶が連なっている先を見れば、いつの間にか現れた女の人が突き出した両の手の平へと続いていた。
女の人の手から伸びたソレは、少年の武器を止めているだけではない。少年の後ろから大剣を振りかぶっているレジーの喉元に、少年と僕の間に滑り込み、両手剣を受け流そうと構えているテッドの眉間に、針のように細く長く尖らされた結晶が向けられている。
少年がつまらなそうに口角を下げ、両手剣を下ろす。そして、そのまま、立ち尽くす。先程の狂気を微塵も感じさせない、虚無的な立ち姿が余計に不気味だ。警戒したまま、ただ臨戦態勢を取れば先程の二の舞になるので意識を向けたままにする程度に止め、女の人へと視線をずらす。
伸ばされた灰色の髪に、すらりと背の高い痩身。動きやすそうな、特に目立つところもない、量産品で揃えられたであろう装備。あと、サングラス、いや、ゴーグルだろうか、黒いグラス越しに細い目が見える。
「ごめんねー、この子、わんぱくなんだー」
わんぱく? これが? いやいやわんぱくどころじゃないでしょ。戦闘狂だよ、殺戮者だよ……。何なんだこの2人組。レジーとテッドが徐々に武器の構えを解き、女の人も結晶を、分解させているのだろうか、細かな粒子へと変え、ゆっくりと手を下ろしている。
鬱蒼と木々が繁った薄暗い森の中、粒子が僅かな光を反射して光り輝きながら落ちていく。




