7 疲れます
今話もよろしくお願いします。
本日2話目の投稿です。
師匠との王都での生活が始まった。
「ううっ、クリス君、いいよ、入りなよ、もういいよ、ほら」
顔を真っ赤にして涙をぼろぼろとこぼしながら、僕との扉越しの再会を喜んでくれたベレフ師匠は、僕を研究室内に入れて、そのまま隣の部屋へ、僕の手をひいて一直線に向かっていった。
ちらりと見えた研究室は、確かに本や紙束が雑多に溢れかえってはいるものの、思ったよりも綺麗で、ここまでして何を片づけようとしていたんだろうなあ、とますます好奇心が刺激されたけど、隣の小さな部屋の中央に置かれたイスにベレフ師匠が、部屋の奥のベッドに僕が腰かけて、今後のあってないような予定を話し合った。
「ぐすっ、クリス君は王都は初めてだよね、王都での生活に慣れるまでしばらくのんびり過ごそう、ううぅ」
まさかこんなに感動してくれるなんてなあ、と思いつつ、全く予定でも何でもない、わざわざ話し合う必要があるのか、と問い詰めたくなるようなこの短い話し合いで、まさか出てくるとは思ってもみなかった、聞きなれない単語があったので思わず聞き返す。
「え、ここって王都なんですか」
「うう、そうだよ、ここは王都で私たちがいるのは王立研究所だよ、ぐすっ」
王都という単語がなんだかすごそうな気がしたから尋ねてみたものの、そういえば僕ってこの国の地理なんてちっとも知らないなあ、なんて思いながら、僕の師匠は王都にある王立研究所に研究室を持つような人なんだなあ、とぼんやり考えていた。
「ごほっ、とりあえず荷物はこの部屋に置いて、少し王都を歩いてみない?」
たしかに、王都に着いたのは昼前の明るい時間帯で、いくら旅で疲れているといっても、休むには早すぎるし、何より旅の道中は保存性に優れた、あまり美味しくない食べ物ばかりだったので、何か美味しいものが食べたいなあ、なんて思うものの、ベレフ師匠の顔を見て少し悩む。
「そうですね、でもその前に師匠は顔を洗って、落ち着いてから行きましょう」
ベレフ師匠は僕の優しい気遣いに言葉も出ないようで、真っ赤に充血した目で僕の顔をじいっと見つめていたけど、溜め息をついてから別の部屋へと向かい、僕は1人部屋に取り残されて、そうなると部屋の観察をしてしまうのは誰だってそうだろうし、しかたのないことだと思う。
といっても、ベッドにテーブルにイスと、お湯が沸かせる程度のキッチンに、コーヒーやお茶が飲める程度の食器や道具があるだけで、ただ寝るためだけの部屋のようだし、別に本が散乱しているわけでもないし、むしろ綺麗に片づけられていて、つまらないなあ、と思いながら、ベレフ師匠が戻ってくるのを待った。
王都は広くて、ごちゃごちゃしてて、賑やかだった。
どこを歩いてもたくさんの人が歩いているし、大きな通りならいろんな食べ物や雑貨を売る露店がたくさん並んでいるし、広場に行けば何やら歌っていたり、踊っていたり、語っていたりする人と、それを囲んで拍手をしたり、何かを叫んだり、お金を渡している人がいるし、とにかくベレフ師匠から逸れないようにするので必死だった。
露店から香る匂いは気になるものの、初めて見るものばかりで気後れしてしまい、落ち着いた雰囲気の喫茶店に連れて行ってもらって、軽食を頂いたけど、旅が終わって最初の食事だからか、それとも王都の店だ、という先入観のせいなのか、あまりの美味しさに驚き、さらに食後のケーキと紅茶に歓喜し、店内にいる他の客から微笑ましく見られていたのに気づいたのは、会計でお姉さんからまた来てね、と頭を撫でられた時だった。
今は研究室の隣の小部屋、仮眠室でぐったりとベッドに伏せている。人酔いしてしまった。
人の波に呑まれないように必死になっていたけど、今思い出してみるとベレフ師匠の腕にしがみついていたような気がするし、喫茶店では生温かい視線に晒されていたし、かなり恥ずかしかったなあ、平気そうな師匠はさすがだなあ、なんてぼんやりと考えているうちに、いつの間にか寝てしまっていた。
目が覚めると部屋は薄暗く、周りを見渡せばベレフ師匠がイスに脚を組んで座り、こっくりこっくりと船を漕いでいて、ぼんやりと眺めていると、しばらくして師匠の目がぱちりと開き、こちらを向いた。
「あ、起きた?夕食買ってきてるけど、食べる?」
師匠よりも僕のほうが先に起きてたんだけどなあ、なんて思いつつ、むくりと上体を起こしてベッドから降り、欠伸を噛み殺しながら、あまりお腹は空いてないなあ、と思いながらもテーブルを見てみれば、気後れして避けてしまった露店の食べ物が並んでいて、さすが師匠だなあと感心してしまう。
「すいません、わざわざありがとうございます。いただきますね」
いつの間にか用意されていたもう1脚のイスに腰かけ、寝起きのぼんやりとした頭で、目の前でイスに腰かけながら体を伸ばし、大欠伸をしているベレフ師匠を観察する。
どうやら僕が寝ている間に湯浴みをすませたみたいで、三つ編みが解かれた長い髪がほんのりと湿っている。ほのかに香る石鹸の香りと、着崩してはいるけど、折り目がしっかりとした、真新しいシャツとパンツにスリッパという、今まで見た事の無い格好に、違和感を抱かずにはいられない。
だれだこのおっさん。
「あ、暗いよね、灯り点けるね」
ベレフ師匠が天井をちらっと見上げて灯りを点ける。あの街外れの家では、何もかも僕がしていたのに、王都に来てからは、何もかも師匠がしてくれているだなんて、しかもあんなに引きこもってて、うさんくさくて、だらしなかった師匠が、こんなにさっぱりと好青年然としているだなんて、なんだか気味が悪いなあ。
ベレフ師匠が淹れてくれたハーブティーを受け取りながら礼を言いつつ、居心地の悪さを感じながらも、露店のジャンキーな味を楽しんだ。
ありがとうございました。本日の投稿は以上です。
わんわんおッ!わんわんおが足りないッ!