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46 休ませます

 セルマさんとの交流はひっそりと続いている。




 試験が近いため、週末の礼拝に参加して貴重な休日を半日消費してしまうのは惜しい。ただ、あまり行かなすぎるとまたセルマさんが拗ねる。という訳で、平日の放課後、週1,2回程度教会へと通っている。そこでナディムさんを通して手紙を受け取ったり、渡したり、時にはまた変装して宿舎へと潜入し、こっそり会うこともあった。


 セルマさんには学校の話をすることが多い。どうやら初等部しか通っておらず、卒業後は宿舎で聖女としての英才教育を受けながら過ごしていたらしい。あまり体が丈夫でなかったこともあり、今年までほとんど外に出ることなく過ごしていたとか。中等部、というか外の世界の話はセルマさんにはとても新鮮で面白いようだ。


 まさか、箱入り娘だったとは。



 そして試験直前になっても宿舎へ行き、何故かセルマさんと一緒に試験勉強をしている。いきなり政治学を勉強しても分からないだろうに、眉間に皺を寄せて、目を細めて、首を傾げ、ちょっと面白い顔になりながらも頑張って僕のノートを読んでいる。


 こうなってしまったのは僕が試験勉強のために通う頻度を落とすと言ったからだ。それを聞いたセルマさんは、ここで勉強すればいいと提案という名の命令を僕に下した。そしてセルマさんも勉強すると言ってのけた。そのためわざわざいつもの部屋に椅子をもう1脚持ち込み、2人並んで黙々と勉強している。


「んー、絶対主義、自由主義、保守主義。絶対、自由、保守。主義シュギしゅぎー」


 間違えた。1人はちっとも黙々じゃなかった。主義探しに夢中になっている。字面だけを追いかけるのは勉強時の現実逃避法の1つとしてよく見られる現象だ。テッドがひたすら暗記する時にこういう状態になっているのをよく見る。限界を超えた先に待っているのは……。まあ、セルマさんなら大丈夫だろう。


「君主制、貴族制、国制……。せ、僭主制、寡頭制……。民主制……。」


 今度は政治形態探しをしている。僕は盗み聞きしながら言葉の意味を確認したり具体的な国に当てはめてみたりと復習できるからいいとして、セルマさんはこれでいいのか。貴重な自由時間に一切休憩せずに勉強するだなんて、間違ってる気がする。


 もちろん、セルマさんを思うなら僕が勉強しなければいいのは分かっている。それでも僕は試験で上位、いや1位を取ろうと必死なんだ。妥協はできない。たとえ相手がセルマさんであろうとも、そこは譲れない。


 とは言っても、この埋め合わせはしないといけない。僕でもそれぐらいは分かる。いや、そこまでは分かる。学校なら、男子寮ならノートを見せるとか、料理を作るとか、恋のキューピッド(笑)をすればだいたいどうにかなる。じゃあ、女の子の場合は……。


 ちら、と視界の端にいる白い塊に視線を移す。目を閉じて船を漕いでいる。初めて見た時から白いとは思っていたけど、ワンピースとか髪だけでなく、肌も白い。そもそも女性の聖職者、というか修道女さんは黒地のワンピースなのに、セルマさんは白い。とことん白い。真っ白だ。


 さらさらと揺れる、くすんだ白色の髪の毛を眺める。聖女特権はどこまで有効なんだろう。もしも――そこまで考えて、ビクッ、とセルマさんが突然動き、つられて僕も動きが止まる。


 揺れが止まったセルマさんが、ゆっくりと、僕の方に視線を向ける。目が合う。しまった、これは、見ていたことがバレたこの流れ、間違いない、次は、拗ねる……!


「ね、ねてない、です」


 えぇ……。すごく苦しい言い訳が出てきた。そうですか、と微妙な反応しかできなかった。だんだん、セルマさんの口が尖ってくる。よーし、そろそろ休憩しようかなー!



 どうやら、今日のセルマさんはあまり体調が良くないようだ。休憩を提案すればすぐに口が引っ込んでベッドまで素早く移動していた。ただ、どうも眠いようで、ぼんやりとしている時間が長い。心配になり、立ち上がって近くに移動する。反応が無かったので隣に腰かけ、額に手を当てる。熱は無い。むしろ、少し冷たい。


 大丈夫だと訴えてくるのを無視して無理矢理寝かせた。いわゆるお姫様抱っこというものに動揺していたものの、横になってしまえば眠気には逆らえないようだった。今はぐっすりと眠っている。


 ポールがいれば……。実は、一度ポールの目の前で回復魔法を使って以来、むやみやたらに使うものじゃないと口を酸っぱくして言われている。


 どこが悪くて、どの機能を活性化させれば治るのか。その副作用として何があるのか。そういったことを何も考えずに過剰な魔力に曝して必要以上に活性化させれば、体が、組織が、細胞が衰弱する。結果として寿命を縮めることになる、らしい。


 冒険者と呼ばれる人達のように戦闘の多い人達の死因には、戦死や怪我による衰弱死だけでなく、病死も多いらしい。睡眠や食事が乱れざるを得ないこともあるけど、回復魔法や補助魔法の誤った施法が原因とも言われているとか。それを聞いては、緊急時以外に使おうだなんて微塵にも思わない。


 だから、こうやってセルマさんを寝かしつけて見守るぐらいしかできない。そっと握ってみた手は相変わらず冷たい。どうせならセルマさんの部屋まで運んで、そのまま1日休ませてあげたかったな……。



 寮に帰り、夕食を食べながら考える。あの後部屋を訪れたナディムさんに事情を話せば、セルマさんを起こさないように部屋の外に出てから話をしてもらった。


 少し話が逸れるけど、教会は宿舎の敷地内でさまざまな植物や動物を育て、同時にそれらの加工も行っている。さりげなく借りているローブだって、全て聖職者の手で作られている。そうしてできた製品を売ることで、教会の運営資金を確保している。


 作っているものには食料品や衣料品、さらには薬も含まれているけど、この薬というのが巷に出回っているものとは一味違う。教会は創薬技術が高い。教会の北に連なる山脈は教会が管理しているが、そこにしか自生していない、希少で薬効の高い植物が何種類もある。平地に自生している薬草も含め、教会は薬草の品種改良や生産に力を注ぎ、多種多様な薬を開発、販売している。


 そして、そうやって開発された薬に、セルマさんがずっと服用しているものがある。どんな薬なのか、というのは聞けなかったけど、完治には至らず、どうしても定期的に体調が悪くなるらしい。その度に薬が改良され、しばらく服用していればまた治る。ずっと、そういった生活をしているようだ。


 体が丈夫ではなかった、とは言っていたけど……。まあ、教会が常に診てくれているなら、下手に手出ししない方がいいだろう。心配なことに変わりはないけど、と納得して帰ろうとしたところで、ナディムさんからさらに告げられた。


 セルマさんと――


「おいクリス、おい! 聞けよ!」


 上の空になっていた僕の隣から声が聞こえる。振り向けば、アルだった。なんだ、アルか。視線だけで要件を言えと促す。アルが一瞬頬を引きつらせつつも、真面目な顔で勢いよく喋り出した。


「お茶会、絶対参加しろよ!」


 はあ?

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