45 お願いされます
宿舎に潜入成功、只今ターゲットと接触中です――。
「今日の礼拝、いかがでしたか?」
恥を忍んで慣れない言葉を口にしたおかげでセルマさんはご機嫌だ。目の前にしゃがみ込んだまま、僕を見上げながら笑顔で礼拝の感想を聞いてくる。答えようと口を開きかけたところで、笑顔で見上げられていることが気恥ずかしいやら気まずいやら、とにかく居心地が悪いったらない。
この場の空気をどうにか変えたくて、とりあえず座りませんか、と声をかけるも、部屋を見渡して気づく。椅子が、今僕が座ってるやつしかないじゃないか。セルマさんも気づいたようだけど、すぐにベッドへと向かい、腰かける。そしてベッドをぽんぽんと叩きだす。
セルマさんが笑顔で僕を見ている。ベッドを叩いている。セルマさんの目が何かを訴えている。これは、察しないといけないのか。いや、流されないぞ。
椅子から立ち上がり、セルマさんの側へ向かう。セルマさんの斜め前で立ち止まり、不思議そうな顔をしているセルマさんを無視して先程まで座っていた椅子の方を見る。こっちに、来い。椅子が浮かび上がり、僕の後ろへとすーっと移動してくる。静かに着地させ、そのまま腰かける。よし。
嫌な気配がしてセルマさんを見れば、少しむすっとしていた。ちょっと、これだけでヘソ曲げないでくださいよ、本当に僕の2つ年上ですか、大人気ないですよ。
じっと見てくるセルマさんから適度に目を逸らしつつ、礼拝の感想を述べる。感想といっても、初めて参加したから勝手が分からず大変だった。これに尽きる。周りに合わせてそれなりにやり過ごせたけど、誰か慣れた人と一緒じゃないと心が挫けそうだ。そんなことを話していれば、次第にセルマさんが聖職者の顔になっていった。
「気軽に来ていただけるものだと思っていたのですが……」
「初めて参加する人には気軽に、とはいかないでしょうね」
そうなんですか、と眉間に皺を寄せて難しい顔をしている。当事者だと慣れてしまっているのだろうな。教会自体はもちろん、礼拝の厳かさに一見さんは間違いなく気圧される。躊躇する。そしてきっと帰る。そんな中をいつも単身で突撃する僕はよく頑張っていると思う。
「実際に参加するまで何をするのか知らなかったですし」
ナディムさんも誘うだけじゃなくて少しぐらい教えてくれたってよかったのに。まあ、聞かなかった僕が悪いんだけど。
「何をするのか、具体的に想像できないと敬遠してしまうと思いますよ」
僕は来ちゃったけどね。何も知らなすぎれば分からなすぎて逆に不安にすらならない。そして、知っていることがあればあるほど不安にならない。あれ、おかしいな、結局不安にならないのか。いや、そんなことはないはず。そんなどうでもいいことを考えていると、セルマさんが何かを思いついたかのように呟く。
「そっか、知られてないんだ……」
そうだと思います、と相槌を打っておく。セルマさんが腕を組んで唸っているのを眺める。聖職者として、聖女として振る舞う時は年齢以上に大人びて見えるのにな、この人。聖女としてのセルマさんしか知らない人達がさっきの姿を見たらどう思うんだろう。セルマさんが僕の視線に気づいて慌て出す。
「すいません、考え込んでしまいました」
気にしてないですよ、と笑顔で言うも、セルマさんは顔を赤くする。また頬を膨らませて僕をじとりと睨みつける。ええ、僕、何かしましたか。
「もう! 仕返しのつもりですかっ」
な、何の?
セルマさんの勘違いに翻弄され、勘違いに気づいたセルマさんが顔を真っ赤にし、動揺して舌を噛み、余計に顔が赤くなる。突如始まった百面相に、それはそれは笑わせてもらった。表情がころころ変わって、面白い人だ。学校の女の子達みたいに妙に飾ったりしない、歳相応の感情をそのままぶつけてくるところがとても新鮮だ。
それからもいろいろ話した。セルマさんが普段していること、宿舎での普段の過ごし方や街の巡回のこと。セルマさんによくしてくれる聖職者としてナディムさんの名前が出てきたので、ナディムさんが不心得者撃退司祭であることを話した。どうやらセルマさんは知らなかったらしく、めちゃくちゃ笑ってた。あっという間に時間が過ぎていった。
控えめなノックの音が響き、ナディムさんが部屋に来た。思い出し笑いをしそうなセルマさんに代わり、僕が対応する。穏やかな笑顔で、ナディムさんが口を開く。
「そろそろお時間です」
外を見れば、まだまだ明るいけど、それなりに日が傾いていた。おそらく、聖職者、特に聖女であるセルマさんには今後の予定がいろいろあるのだろう。振り返れば、口元を手で隠しながら、目だけは真面目になっているセルマさんが立っている。笑ってるのかな。
「クリス、私の我が儘にお付き合いいただきありがとうございました」
「いえ、僕も楽しかったですから」
椅子を元の場所に戻しながら笑顔で答える。セルマさんが嬉しそうに目を細める。それからちら、とナディムさんを見て、口元から手を離す。聖女モードだ。
「今後も、ナディムを通してご連絡いたします」
ん? ナディムさんを振り返って見ると、遠い目をしている。あ、あれは、諦めている目だ。きっと、何の報せもなく、今、決まったんだ……。目の前で聖女特権が濫用された。とりあえず、分かりました、と答えておく。聖女、こわいよー。
宿舎から聖堂、さらに小部屋へとナディムさんと移動し、ローブを脱ぐ。畳もうとしたところを遮られ、差し出された手におずおずとローブを預けた際に話しかけられる。
「聖女様は、お変わりなかったでしょうか」
うん? そんな、数回しか会ったことない僕に聞かれても……。どう答えたものかと悩んでいると、ナディムさんが苦笑しつつ補足してくれる。
「聖女様は……。いえ、セルマ様は、常に聖女であることを求められ、それに応えられています」
ふと、聖女モードのセルマさんを思い出す。凛とした声、堂々とした姿勢、柔らかい声、ふんわりとした微笑み。さっきまでのセルマさんは、思い込みが激しかったり、すぐに動揺して噛んだり、我が儘だったり、お腹を抱えて笑っていた。うーん、自由奔放。すごい差だ。
「クリス君には、随分と打ち解けられているようで」
「そう、ですかね」
ナディムさんが穏やかな笑顔で頷く。何故だろう。歳が近いからか? それとも……。いや、深く考えるのはよそう。セルマさんは特にそういった素振りは見せなかった。うん、きっと、外見のせいでは、ない、はず。
「セルマ様を、これからもよろしくお願いします」
こういったことは、本当は褒められないのでしょうが、と自嘲気味に笑っている。その姿は子供を心配する、ごく普通の大人だった。聖職者である前に、1人の人間なのだと実感させられる。こんな顔を見せられて断れるほど僕は冷たい人間じゃない。ただ、お任せくださいと言えるほど熱い人間でもない。
僕に出来ることなら、と曖昧な肯定を返すので精一杯だった。




