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episode 8 : Judy

わんデー!

お久しぶりジュディさんの説明デー!

 先生は、単純バカだ。




 1年間の長期出張、国内各地での現地調査という、久しぶりの生態学者らしい生活。

 外に出れると思うと、体が疼く。

 嫌そうにしていた先生には悪いけど、私はこの日がくるのを楽しみにしていた。



 先生の研究室に常に人がいないのは、所属はしているけど調査に出ていて別に活動拠点があるとか、そういう人ばかりだから。

 決して不人気だとか、不真面目だとか、そういう理由からではない。

 研究室に誰も残っていない現状は、ある意味本来の姿だったりする。

 決して言い訳ではない。


 今回の調査はそういった研究員の元を回って、直接話し、情報を共有する、という目的もある。



 魔物の遭遇頻度は、大陸北部、つまり王国、もっと言えば王都に近いほど高いことが知られている。

 その種類は動物型、植物型、どちらも満遍なく発見されていて、それらの分類を可能にすることが魔物生態学の最終目標と言える。

 文字にするのは簡単だけど、実際は驚くほど研究が進んでいない。


 普通の生態学、つまり魔力を持たない普通の動物と植物の生態学である一般生物生態学では、そもそもの研究対象である生物が体内外の特徴からほぼ全ての種が分類済みで、名前だってつけられている。

 それを基に生息地とか、個体数とか、生活環とか、習性とか、他種との関係とか、いろんなことが調べられていく。

 いろんなこと、の範囲が広すぎて、正直今でも生態学が何を研究する学問なのかよく分からない。


 とにかく、基礎となる分類学の研究が既に進められているから、生態学もそれを基に発展している。


 それに対して魔物の場合、まず体内外の特徴による分類ができない。

 特定部位の異常発達、独特の体色は全ての魔物に共通しているけど、そういった特徴が全て同じだった魔物、つまり同じ種だと考えられる魔物というのは、今までに確認されていない。


 たしかに、動物型でも節足動物とか脊椎動物、さらに魚類、爬虫類、哺乳類という感じに、ある程度までは絞れる。

 それでも、種の決定にまでは至れない。


 例えば、4本足で、全身が毛で覆われていて、牙がある。

 誰が見ても哺乳類だって思う。

 ただ、体長、体色、骨格、内臓器官、細かく見れば、全ての個体で何かが違う。

 それを無視してこの個体とこの個体は同種だと声高々に宣言する勇気のある研究者はいない。

 そんなことをすれば、学会で袋叩きに遭う。

 むしろ、魔物の分類は不可能だと言った方が同意が得られそうなぐらい、種の決定は難しい。

 もちろん、そんなことを言う勇者はいないけど。


 結局、名前をつけるにつけられず、発見日や場所、発見者などから便宜的につけられる仮の学術名と、大雑把な分類がされた情報がどんどん溜まることになる。

 しかも、外見を遠目に見ただけのものから、体内まで解剖して事細かに調べたものまで、とにかく調査手法のバラバラな情報が溜まっている。

 さらに、研究者だけでなく、ギルドからの情報、つまり冒険者の証言までもが含まれていて、申し訳ないけど信頼性にも問題がある。


 情報の検証と分類は遅々として進まないというのに、次から次へと溜まる発見報告。

 必死に情報を処理していくも、小さくならない報告書の山。

 いつまでも続く、終わりの見えない戦い。


 そんなの誰だって嫌だ。

 そして誰もいなくなる。

 魔物分類学の研究は進まない。


 それでもどうにか研究を進めたい研究者達は、苦肉の策として、基礎となる分類学が進まないなら、逆に生態学、生理学、解剖学、形態学、発生学、そういった次の段階の研究を進め、そこから振り返って基礎を作ろうと思い立った。


 これが今の魔物学の流行。


 ただ、各研究分野間の連携がうまくいかず、一分野において高度で専門的な、汎用性の低い情報が分類学へと押し付けられていたり、どの研究分野でも分類学とは切っても切れないために、名前は違っても実態は分類学の研究室となっていたりと、相変わらず魔物学は泥沼化している。



 王都の研究所は比較的連携がとれている、はず。

 生態学研究室の研究員自身が出張したり冒険者を雇って現地で観察、討伐または捕獲。

 それを研究所へと送り、各研究室の研究員が集まって共同研究。

 最後は標本となって資料室に並ぶか、またどこかへ送られる。


 魔法や魔道具の研究に比べると連携や協力が必要不可欠で、しかも現地調査を担う生態学はどの研究室よりも危険。

 不人気の原因……いや、研究員の事故死が多い……いや、人員不足で、えっと、その、助手大歓迎!

 アットホームな明るい、暖かい雰囲気で、平均年齢が低くて、人との繋がりが感じられます、よ?



 とにかく、外に出れると思うと、楽しみだった。

 押し付けられる側から、少しだけ、押し付ける側になれる。

 少しだけでも、やっぱり気楽だ。



 長々と何が言いたいかというと、すごく大変だということ。

 原因は先生。


 魔物生態学研究室の研究員は常に外に出払っている。

 それは仕方ない。

 先生だって一昨年まではそうだった。

 そして出先から定期的に研究所へと報告書や標本を送る。

 それが魔物生態学研究員。


 送るということは、それを受け取ってさらに次へ送ったり、出払っている研究員と連絡を取る人が必要で、その拠点となるのが研究室。

 研究室は重要な中間地点となっている。

 去年の私達はその中間地点である研究室での立ち回りを担っていた。

 今は隣の研究室に任せてる。研究員が足りてなくてごめんなさい。


 話が逸れたけど、去年の「私達」には先生を含まない。

 先生は1人の研究者にんげんとしてやりたい研究ことをやっているだけだ。

 私が配属されるまでどうやって研究室が切り盛りされていたのか気になるぐらい、先生は主任である自覚がない。


 研究室内や研究室間の連絡や調整より研究を優先させるぐらい、自覚がない。

 研究より、クリス君を優先させるぐらい、自覚が、ない。

 魔力石を、勝手に、クリス君に、送ろうとするぐらい、自覚が、ない……!


 長期出張を嫌がっていたのはいつも外に出ていないからか、やりたい研究ことができなくなるからかと思っていた。

 今、私の目を盗んでクリス君に手紙を書こうとしている先生の姿を見て改めて思う。


 先生は、クリス君と離れたくなかっただけだ。

 少年愛好家ショタコンは、ここでもブレなかった。



 報告書や資料で溢れかえっている机の上で、資料をあちこちへと魔法で移動させながら、読み書きをしている、このタイミング。

 このタイミングが、最も分かりやすい。


「手紙ですか」


 資料の動きが止まる。

 先生の表情は変わらず、読み書きを続けている。


「……書いてない」


 別に、書いてもいいですよ。相手が誰なのかが問題なだけですから。

 資料がじわじわ動き始める。


「サボったら、クリス君に報告しますよ」


 資料が一斉に落ち、バサバサと激しい音が部屋中に響き渡る。

 先生の表情は変わらないけど、これには私が驚いた。


「……サボってない」


 急いで落ちた資料を拾おうとしたところで、すぐに浮き上がる。


「先生、手紙が――」


 部屋に入ってきたトッシュの声で資料が一瞬で移動し、床や机の上に乱雑に散らばっていた資料が綺麗に積み上げられる。

 先生が顔を上げてトッシュを見る。


「クリス君からか?」

「いえ、所長からです」

「……そう、ありがとう」


 トッシュの手にあった手紙が力なく先生の手元へと移動する。


「あと、村の方々から夕食のお誘いが」

「……うん、分かった」


 今夜も、宴会か。



 そういえば、先生は村の人に気に入られやすい。

 最初は嫌そうにされるけど、少し話せばすぐに気に入られる。

 私達は研究にしか興味がない、頭の固い、無愛想な人間という印象を持たれがちな研究者だけど、先生は一味違う。


 研究よりもクリス君に興味がある!


 というのは冗談で、先生は調査地に到着すると、さっさと調査を始めようとせずに、丁寧に村の人達へ挨拶をして回る。

 軽く雑談を交わしたり、全く関係無い世間話で盛り上がったり、時には嫌味や文句を言われるけど、それでも最後まで笑顔を絶やさずに付き合う。

 初めてその姿を見た時は驚いた。


 今の先生はそうでもないけど、初めて会った時のあまり感情の無い、淡々とした印象が私の中には未だに残ってる。

 それに、クリス君がいなければ先生の感情の起伏はそんなに激しくないから、やっぱりどこか淡々とした印象を持ってしまう。


 なのに、穏やかな笑顔を絶やさず、世間話に花を咲かせ、ごく普通の若者として扱われ、兄ちゃんこんなことも知らんのか、勉強になります、なんてやりとりをしているのを見せられては、驚くに決まってる。

 研究者としての、知識人としてのプライドを真っ二つにする言葉に、何の動揺も見せないなんて。


 どの調査地でも、初日は絶対に挨拶をして回る。

 そして仲良くなって、現地の研究員も巻き込んで食事を共にする。

 そうすれば村の人達と打ち解けられるし、調査に協力的になってくれる。

 調査に関係無く頻繁に話しかけられたり、誘われたり、お土産を貰ったりもする。

 現地の研究員も過ごしやすくなって、今後の調査がやりやすくなる。


 こういう気遣いができる所は、主任らしいのかもしれない。

 研究所では全くらしくないくせに、少しだけ見直した。


 そう思って、夕食後、お酒を飲まされて少し酔っている先生に聞いてみたことがある。


「ちゃんと主任らしいこともするんですね」


 あの時の、先生のぽかんとした顔は、忘れられない。

 惚けてると思って、少しドヤ顔で続けてしまったのも、忘れられそうにない。


「現地調査は村の人達の協力が大事ですから、こうやって仲良くするんでしょう?」

「え?」

「……えっ?」


 勘違いをしたのかと、焦った。

 ドヤ顔をしていたかと思うと、顔が火照った。


「み……」

「……み?」

「……」


 恥ずかしくて沈黙に耐えれなかった。


「どうしました?」

「……みず、を」


 急いで飲み水を貰ってきた。


 冷静に思い返せば、水ぐらい魔法で出せばいいし、先生は気まずそうに目を逸らしてたし、仲良くするそれらしい理由をいろいろ話されたし、水を飲む必要がないぐらい酔いが覚めてたし、誤魔化されたとしか思えない。

 きっと、何も考えてなかったんだ。


 単純に、みんなと仲良くなりたかっただけかもしれない。

 もしかしたら、ご飯やお酒、お土産が欲しかっただけかもしれない。

 どちらにしろ、主任としての、大人の対応じゃ、なかった。

 先生に、裏なんて、無かった。



 先生は、少年愛好家ショタコンだ。

 それを知った時点で、少し冷めた。

 さらに、今回の出張で、分かったことがある。


「クリス君、元気かなあ」

「心配しすぎですよ」


 先生の本音は、意外とあっさり知れる。


「手紙まだかなあ」

「忙しいんですよ、きっと」


 例えば、酔っている時とか。


「帰りたいなあ」

「我慢してください」


 例えば、魔法を使う時とか。


「……手紙、書きたいですか?」

「書く!」


 本音が、感情が、そのまま出てくる。


「今は駄目です。片付けてください。明日にしましょう」

「えぇー……」


 優先順位、1位はクリス君。


「今回は先生だけで書いていいですから」


 次は、目の前にあるもの。

 研究然り、村人然り。

 たぶん、助手も。


「ありがとう、ジュディ」


 裏表の無い、子供のような人だ。

 どうしてこの人は研究者になれたんだろう。


「いいですから、ちゃんと寝てくださいね」

「うん、おやすみ」

「おやすみなさい」


 世話の焼ける人だ。

 私は保母さんじゃないのに。


 先生が、単純バカな子供にしか見えない。

 少し、呆れた。

ジュディによるベレフコルニクスのディスりが止まらない

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