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44 こそこそします

 セルマさんに再会した。




 セルマさんと初老の男性の2人が僕の前に来た時、さすがに周りの目があるので特に話しかけたりせず、無難に終わらせた。と思ったら去り際にセルマさんから、また後で、と声をかけられた。


 全員にスコーンと杯が行き渡れば、感謝の言葉を斉唱して黙々と食べる。もさもさとボリュームだけがすごい、味気無いスコーンと、白濁した粉っぽい水……。ジャムが、ジュースが欲しくなる。


 頃合いを見て男の人が再び話し始める。教典の一節であろう言葉を全員で斉唱する。最後に祈りを捧げ、祈りが終わった人から席を立って帰る人もいれば、その場で集まって静かに談笑する人、聖職者達の元へ向かう人もいる。


 本当は僕もこれで帰るつもりだったんだけど……。ふんわりとした笑顔で信徒の人達と何かを話しているセルマさんを遠目に確認し、視線を上げる。ステンドグラスから差し込む光が長椅子を、床を様々な色で照らしている。光は教会から帰る人達に何度も踏まれながらも照らし続ける。


「クリス君」


 名前を呼ばれて顔を上げれば、不心得者撃退司祭のナディムさんが手招きをしている。長椅子から立ち上がって歩み寄ると、回廊の脇、天井が若干低く少し薄暗い区画へとナディムさんが歩き出す。不審に思いつつも後を追えば、1つの扉の前で立ち止まった。


 ナディムさんが扉を開き、僕に中に入るように促す。さすがに大人しく従う気になれずに不信感を露わにすると、ナディムさんが苦笑して僕に耳打ちする。


「聖女様からのお願いです」


 ちら、と祭壇付近にいるセルマさんを見る。相変わらず信徒の人達と話しているが、僕と一瞬視線を合わせて頷いた。大丈夫、なのだろうか。念のため警戒はしておこう。補助魔法で五感と身体の強化を施して扉を潜る。


 扉の先は薄暗い小部屋で、壁際に椅子と机が置かれている。机の上に何か置いてあるが、他に目立つ物は見当たらないし、人の気配もない。振り返って扉を閉めるナディムさんを見る。僕の視線に気づいたナディムさんは困ったように笑いながらも壁際の机へと向かい、机の上に置かれていた物を手に取って広げて見せる。


「これを着てください」


 白地に、金色の糸で複雑な模様の刺繍が施されているローブ。セルマさんやナディムさん、聖職者達が身に着けているものと同じだ。どうしてこれを僕が着るのか。これも「お願い」の中に含まれているのか。セルマさん、何考えてるんですか。


「これから宿舎へ向かいますので……。変装、ですね」


 宿舎? いったい僕はこれから何をさせられるんだ。諜報なのか。僕は誰の手先なんだ。ナディムさんは遠い目で、聖女様からのお願いです、と呟いた。おおう、聖女権限、恐ろしい。



 聖職者に扮し、ナディムさんと宿舎の中を移動する。案内されたのは1つの小部屋だった。扉を開けたナディムさんに促されるままに部屋の中へと入る。セルマさんの部屋と比べると随分貧相だ。家財道具は1つ1つが機能性重視の年代物。わあ、豪華な個室を得られる聖女特権、怖い。僕はなんて人と知り合ってしまったんだ。


「聖女様が戻られるまでこちらで待っていてください」


 すいません、ご迷惑をおかけしました、と告げれば穏やかな笑顔で軽く会釈をしてから部屋を出て行った。しばらく立ち尽くし、書斎机の前に置かれた素朴な椅子に座ると、どっと疲れが押し寄せてきた。机に両肘を立て、両手で頭を抱える。どうしてこうなった……!


 僕は礼拝に参加しただけだ。確かに教会に通っていたのは下心があったけど、今回ばかりはそんな下心も無かった。なのにセルマさんに再会するわ聖職者の格好をさせられるわ軟禁状態だわ散々だな……! しかもこのローブ、ちょっと丈が長い。地味に傷つく……。


 帰りたい。すごく、帰りたい……! セルマさん、何がしたいの。どうして僕はこんなことをしてるの……。変装して宿舎に忍び込んで、これ、絶対、ダメなヤツじゃん……!


 机に突っ伏す。こっそり抜け出そうかな。いや、後が怖い。大人しく、待つしか、ないのか……。




 頭を撫でられている。久しぶりの感覚。くすぐったい。ノワール? 手の動きが止まる。どうしたんだろう。ああ、僕が起きたのに気づいたのか。ゆっくりと目を開ければ、視界が白い。頭を乗せて痺れた腕、が、白い袖に覆われている。


 白い。こんな服……。そうだ、思い出した、教会に来たんだ。それでローブを着させられて宿舎に潜入中だった。ノワールもブランも王都にいないのに、仮にいたとしても宿舎まで来れないのに、撫でられる訳がない。寝ぼけてた、ていうか寝てたのか……。


 ゆっくり顔を起こせば、後頭部にあった温もりが離れる。あれ、夢じゃなかったのか。首を回せば、白いローブ姿が視界に入る。見上げれば……セルマさんだ。


「おはようございます、クリスくん」


 目が合うとふんわりとした笑顔で挨拶された。反射的に挨拶を返すも、言葉が続かずそのままセルマさんを見つめる。次第にセルマさんから笑顔が消え、頬を膨らませて腰に手を当て口を尖らせた、いかにも怒ってますという立ち姿で、もう、と呟く。


「他に何か言う事無いんですか」


「……えっと、お久しぶり、です?」


 じとりとした半目で、そうですけど、と呟いている。どうやら違うようだ。他に僕が言う事って、何があるだろうか。そうでなくとも目の前でセルマさんは怒ってますアピールをしている。うん、とりあえず謝ろう。


「その……。ごめんなさ、い……?」


 姿勢を正してセルマさんに体を向けて頭を下げる。数秒停止してから恐る恐る顔を上げて様子を窺うと、相変わらずのつんとした顔で僕を見下ろしている。どうやら違うようだ。これは困った。どうすればいいか分からない。


 原因不明の罪悪感で視線を下げると、セルマさんがしゃがみ込んで頬杖をつきながら見上げてくる。視線さえも逃げさせてくれない。お願いしますもう降参ですから僕を解放してください。


「1か月以上です」


 1か月以上? 1か月以上、何なのだろうか。これから1か月以上何かあるのか? これは何のヒントだ? もしかして罰則か? 僕はまた謹慎処分を受けるのか? 考え込む僕をセルマさんが責めるような目で見ている。


「待ってたんですよ」


 んん? あ、そうか、前回会ったのは1か月以上も前になるのか。それで、僕がまた来るって言ったから、待ってたって、そういうことか。いや、でも。


「あの、しばらく外に出られる状況じゃなくて、来れませんでした」


「……毎晩遅くまで起きて待ってました」


「すいません、連絡が取れたらよかったんですけど」


 セルマさんをじっと見つめる。半目の膨れっ面は変わらない。やっぱり不機嫌そうだ。まだ何かあるのだろうか。あるんだろうな。誰か、こういう時の正しい対応を教えてください。


「会えるの、楽しみにしてたんです」


 セルマさんが目を逸らして、小さな声で呟く。ふと、アルがいつの日か上から目線で語ってきた内容を思い出した。女は感情で生きてんだから、褒めて喜ばせりゃいい。アルの言葉なのは気に入らないけど、セルマさんが「楽しみにしていた」という感情を口にした。感情か。これが、解決の鍵か……?


「僕も、会いたかったですよ」


 うわ、恥ずかしい。セルマさんの視線がこちらに向く。不機嫌な顔はいくらか和らいだ、か……? それでもじっと見つめてくる目はまだ何かを訴えている。うう、お願いします、機嫌を直してください……。


「やっと、今日、会えて、嬉しいです」


 笑顔で言ったものの、セルマさんは真っ直ぐ、じっと見つめてくるばかりで何の反応も示さない。恥ずかしすぎる。顔が熱くなるのが分かる。もう無理だ……。視線を、顔を逸らして口元を手で隠す。ふふ、と目の前から笑い声が聞こえる。視線だけで様子を窺えば、笑顔で僕を見上げるセルマさんがいる。


「私もです」


 た、助かった……よね?

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