39 慎みます
元の生活に帰る。
僕が寝ていたのは、やはりと言うべきか、セルマさんの部屋だった。深夜だったこともあって誰にも見られずに僕を部屋まで運べたようだけど、さすがに朝だと部屋を出ればすぐに見つかるだろう。そして僕は男だ。女性の聖職者、それも聖女だというセルマさんの部屋で寝ただなんて、誰かにバレたら大事だ。
という訳で、窓から失礼することにした。お礼を告げて、また教会に来ることを伝えれば、満面の笑みで、待ってます、と言ってくれた。外に人がいないのを確認して、窓から飛び降りる。風魔法で衝撃や音を抑え、補助魔法で身体強化を施してその場を跳ぶようにして離れた。
特に追われることもなく、誰にもバレなかった安心感から堂々と寮の正面玄関から入ろうとしてしまい、おじさま管理人に止められた。どうやら僕が部屋から消えていたことは既に寮内に知れ渡っているらしい。
僕が無事に戻ってきたことを寮生に知らせたり、事情聴取を受けたり、反省文を書いたり、その日は1日謝罪で潰れた。もちろん教会での出来事は話さず、一晩彷徨ったということにした。
そして今は謹慎処分を受けている。残り僅かな梅雨休みを、僕はずっと寮で過ごすことになった。
周りの反応はいろいろだ。エドは真っ先に僕の部屋を訪ねて来てくれた。僕の顔を見てすぐに強張っていた顔が和らいで、もう大丈夫か、と確認するように呟いていた。僕が笑顔で頷けばエドも笑ってくれて、それから少し困ったように、このタイミングで渡すのもどうかと思ったけど、と実習での賃金をもらった。働くって、すてき。
レジーは特に何も言わなかったし、表情に出すこともなかった。ただ、アルと一緒に僕の部屋を訪ねて来て、アルが泣きそうな顔で一通り心配してるのかしてないのか訳の分からないことを捲し立てた後に、僕の頭をくしゃくしゃっと撫でて、またな、と言ってアルを連れ帰った。
テッドはいつも通り、突然部屋に押しかけてきた。片手にジュースの瓶を、片手にグラスを引っ提げてのご登場だった。今夜は飲むぞ! と未成年らしからぬ発言をして、僕の部屋でサシで飲んだ。アルコールは入ってないのに、勝手にテンションを上げて、勝手に潰れた。
ポールが来たのが5人の中で最後だったのは意外だった。扉を開けてその姿を確認した時、いつもの年下らしい柔らかい雰囲気が少しだけ引き締まっていた。ほんの少しだけ僕より高い位置にある目は僕を真っ直ぐ見つめて、気づけなくてごめん、もう、繰り返させないから、と男らしい宣言をしていった。ポールもあの男との出来事を聞いたのか、と冷静に受け止められた。
5人とは一度話せばそれからは今までと何ら変わらず僕に接してくれた。僕を少しだけ腫れ物のように扱っていた他の寮生達も次第にいつも通り話しかけてくれるようになった。
寮内に知られているのは、僕が実習を手伝ったこと、閉じこもったこと、部屋から消えたこと。もちろん教会での一連の出来事は黙ってるし、エド達もあの男との出来事は黙ってくれている。魔力がすっからかんになった僕が半死人かつ夢遊病患者になって窓から飛び降り、生き返って戻ってきたという扱いをされている。
勇気ある寮生達が僕の深夜徘徊を揶揄ってくれやがったりもした。その期待に応えて僕が命をゴリゴリ削って培った高精度な魔力制御でいろんな物をその身に纏わせられるという素晴らしい世界を体験させてあげた。涙を流して喜んでくれてとっても楽しかった。
それでも暇なので、過剰な魔力制御をフル活用して包丁や菜箸やお玉、鍋やフライパンをいくつも同時に扱って料理をしまくるのが僕の謹慎処分中の暇つぶしとなった。料理中の僕には誰も近づけない。集中が乱れるから近づいてほしくもない。
そうして出来上がった料理を食べて、次はどこをどう改善すべきか考えていると、僕の前の席に座っていたアルが急に居住まいを正し始めた。何事かと視線を上げてアルの顔を見れば、随分と真面目な顔をして僕の様子を窺っている。
「サラダのレタス、やっぱり手でちぎった方がいいかな」
「は? え、いや、俺はどっちでも……。じゃなくて、クリス」
出鼻を挫いてみたけど、一瞬虚をつかれて間抜け顔を晒しただけで、すぐにまた真面目な顔になった。一部の人を除いて、真面目な顔をした人が真面目なことを話し出すことはない。
「聖女様に会ったって、マジか……?」
聖女様。一瞬思考が停止したけど、すぐにセルマさんのことだと分かった。めんどくさいことを言いそうだとは思ったけど、聖女様、か。聖女様っていったい何なんだろう。
「……セルマ・ティアレ=アイテルさん、だよね」
僕がゆっくりと声に出した名前を聞いたアルが目を見開いて喉をごくりと鳴らす。さっきまで好き放題に話しまくって食べまくって騒がしかった食堂が静かになっている。もしかしてこれの原因が僕達の会話、なんてことはないだろうな。それだけはやめてくれ、非常にめんどくさい。
「バッカお前、聖女様の名前を、しかもさん付けって、フザけんな……」
普段からよく僕に突っかかってくるアルがここまで僕を憎らしげに見ることはなかなかない。あともうひと押しで恐らくキレるだろう。さすがに寮生達が聞き耳を立てているこの状況でそのひと押しをする訳にもいかない。
「ああ、ごめん、それで、聖女様に会ったけど、それが――」
どうかしたの、と言おうとしたところで食堂にいた寮生達から雄叫びがあがる。さっさと部屋に戻りたい。




