36 絡まれます
今話もよろしくお願いします。
実習が成功しすぎている。
初日は完売してからしばらくは簡易店舗の中で死んだように休んでいたけど、僕の魔力が回復してきたら腱鞘炎や筋肉痛になりそうな皆に回復魔法をかけて反省会を始めた。いくらなんでも開始2時間で完売というのは、嬉しいけれども早い者勝ちすぎてひどい。どうにかしないといけない。
ポールの親戚のコネでさらに果物を追加で仕入れられないかと思ったけど、さすがに急すぎて無理だった。その代わりに王都で果物の仲買や販売を手掛けている人達の連絡先を教えてもらい、5人がたどたどしくもどうにか交渉してきた。ギリギリだったけど、2日目以降はより多くのジュースを提供できるようになった。
ただ、それだけでは早い者勝ちであることに変わらず、完売までの時間を延ばすだけになる。苦肉の策として、1時間毎に整理券を配布して人数に上限を設ける、ということで2日目を迎えることにした。
結果、僕の魔力が尽きた。
開店時間が延びるということは果物を冷やす時間が延びるということだ。彫って絞って冷やすという異なる魔法の同時かつ連続使用を無理にしていたら、開始から3時間後にぶっ倒れた。
幸いなのかどうか分からないけど、1時間でどうにか復帰した。とりあえず冷やし続けるのは魔力消費が馬鹿にならないので、氷を作って果物と一緒に保冷容器に突っ込んだ。さらに、フルーツカービングの全面彫刻をやめた。そうやってどうにか最後の1個を手渡した時、僕はまたぶっ倒れた。
さすがに今度は1時間では復帰できなかったようで、気づけば寮の部屋で寝ていた。僕が起きるのを待っていたポールに慌てて話を聞けば、完売はしたのでその点は問題無かったけど、魔力が尽きた僕の顔色が悪すぎて、というか心臓が止まるんじゃないかってぐらいに脈が弱まっていて、ちょっとした騒ぎになったらしい。
幸い、ポールの回復魔法が間に合って事なきを得たらしい。ただ、明日どうするかは今もずっと話し合っていて、どうにか解決法を見つけようとしてくれているらしい。魔力が尽きてここまで体調を崩すという話は聞いたことがない、もう無理しないで、とポールに怒られてしまった。
ポールが回復魔法を使えなかったらと思うとゾッとする。ポールにお礼を告げたら、実はどうすれば容態が良くなるのか、全く見当がつかなかったらしい。回復魔法が間に合ったのは奇跡としか思えない、と疲れ切った笑顔を浮かべるポールを見て、かなり申し訳なく思った。
そして実習最終日を迎えた。有効な解決手段は見つかっていない。
とにかく魔力を節約するために、果物は作った氷で冷やし、フルーツカービングは急遽作ったくじ引きで当たりを引いた人限定になった。配布した整理券分のお客さんが全員買ったら僕はすぐに休憩して、食べたり飲んだり寝たり、とにかく魔力の消費を抑えまくって回復に努めまくった。
今のところ倒れそうな気配は全くない。順調にジュースを作っていると、受付でスイカを注文していた人が当たりを引いたようだった。
「おめでとうございます、フルーツカービングで希望のデザインはありますか?」
「そうだな……。ねえ、あの子がしてくれてんだよね?」
「はい、そうですよ」
どうぞ、とイラストの描かれたオレンジにストローを刺して待っていたお客さんに手渡す。次はメロンだ。メロンは種の周りの果肉が最も美味しい。丁寧に種を取り除いて果肉を絞る。
絞るとは言ってるけど、これってナイフで粉砕してるよな……。いや、一応魔力で微細孔を作って濾し取ってるけど……なんて考えながらも完成したメロンジュースにストローを刺してどうぞ、とお客さんに手渡す。
オレンジ、オレンジ、グレープフルーツ、メロン、オレンジ……。オレンジ人気だな、と思って次の果物を手に取ると、スイカにフルーツカービングでハートを入れるようメモ書きがあった。確かに彫った時にほんのり浮かぶ果肉の赤色とハートの組み合わせは見応えがある。
全面彫刻はできないので、ストローを刺す穴をハート型に、あとは大きさや向き、彫りの深さの異なるいくつかのハートを作る。それから種を取って絞ってストローを刺して、待っていたお客さんにどうぞ、と手渡す、と思ったら腕を掴まれた。
「この後空いてる?」
は? なんだこの展開。もしかして、もしかするとこの男の人、僕を女だと思っているのか? またこの展開か。めんどくせえ。
「すいません、空いてないです、あと僕は男です」
営業スマイルで事実を簡潔に伝える。これで勘違いしたのをバツが悪そうに謝りながらすぐに離れてくれ……ない? 男の人がにっこりと笑う。
「じゃ、連絡先教えてくれる?」
ぞわっと鳥肌が立つ。
あれ、今、僕、男って、言ったよね、なんでこの人の態度変わらないの。もしかして男に見えて実は女なの。いや喉仏あるし、声低かったし、背高いし、節くれだった手とか、しっかりした体つき、どう見ても男だよね。
僕は男で、この人も男で、どうしてこんなことになってるの。あ、もしかしてこの人、そういう人なの。話に聞いたことはあったけど、同性が恋愛対象、って人なの。そうだとしても、僕、断ったんだけど。
え、なに、好み? タイプ? 知らないよ、聞いてないよ、やめてよ、なに、その目、何を見てるの、何を考えてるの、何がしたいの、僕、断ったよね。
どうして断ったのに、そんな、目で、顔で、口で、僕に、どうして、嫌だ、理解できない、気持ち悪い、くそ、離せ、いつまで、掴んでるんだ、よ! 投げるぞ! 魔法、ブッ放すぞ! お客様だからって、調子に、乗って、んじゃ――
あ、うわ、え、ちょっと待って、腕、引くな、う、力、強い、な、この、ふざけやがって、スイカ持ってなけりゃ、テーブル越しじゃ、なけりゃ……! 本当に、魔法、使って、やろうか!
攻撃、魔法、が……。あ、れ、いや、ちょ、くるな、やめろ、いやだ、魔法、なんで、あれ、まほう、そんな、どうして、こういう時に、うそだ、ねえ、ポール、エド、気づいて、やばいって、この人、うそ、無理、ムリ、むりむりむり、誰か、誰か、お願い、誰か助けて……!
ベレフ師匠、ブラン、ノワール……!
男が、近づく。目の前が真っ暗になる。頬にかかる。体が強張る。ねっとりとした空気に襲われる。動けない。逃げられない。抵抗できない。このまま、誰も、僕を、助けて、くれなかったら。
めっちゃそそるね、その顔。
嫌だ。嫌だ。いやだ。いやだ、いやだ、いやだ、いやだ、いやだ、いやだ、いやだ、いやだ、いやだ、いやだいやだいやだいやだいやだいやだ! いやだ! いやだっ!!
あの、彼、困ってますので、手を離してあげてくださいませんか?
よく通る、凛とした声が横から聞こえた。男との間に距離ができる。真っ黒になっていた頭の中が、視界が、光を、色を取り戻す。僕の腕を掴む力が一瞬弱められる。男の手から勢いよく腕を引き抜く。危なかった、あともう少しで涙目を晒すところだった。僅かに指先が震えている。
「チッ、少し話してただけだっつの」
「そうですか、それはすいませんでした」
声の主を見れば、白、真っ白の、ローブに、白髪の……! いや、少しくすんだ白髪をショートボブにした、僕とそんなに背丈の変わらない女の人が、頭1つ分大きい男と、対峙していた。
ありがとうございました。
うん、「また」なんだ。済まない。




