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29 キレます

今話もよろしくお願いします。

 王都の厳戒態勢は解かれない。




 夏休みはもうすぐ終わるけど、相変わらず街中で警備隊や騎士団の人達を見かけるし、研究所だって入れそうにない。僕は相変わらず寮で大人しく馬鹿騒ぎするか、図書館に行ってみるか、ベレフ師匠やノワールに会うか、そんなことを繰り返しているうちに始業式を目前に控えていた。



 東広場へと向かう。


 事件があってから1か月近く経った今、大通りには露店が数多く並んでいる。すれ違う人達は飲んだり食べたり喋ったりと、王都を覆っていた重苦しい空気はだいぶ取り払われ、かつての活気が戻ってきている。周りの笑顔がうつったかのように僕も顔が緩んでるし胸が弾んでいる。


 もうすぐ東広場だ。


「クリスー!」


 ノワールが僕を見つけて手を振ってくれているのが見えて、僕も笑って手を振り返す。視線をすぐ横にズラせば、おそらく先程までノワールが座っていたであろうベンチに、どことなく疲労の色を滲ませた、白髪の青年が、いる!



「ブラン! 久しぶり!」


「久しぶり、クリス」


 ベンチに座ったまま、ブランがふわりと微笑む。やっとこの柔らかい笑顔を見れた。今日まで随分と長かったな、と感慨深く見つめ合ってしまう。そんな僕らを横から見ていたノワールがニヤニヤしながらブランを指さす。


「なんだぁ? さっきまでひっでー顔してたのにぃ? 随分とまあ、いい笑顔じゃねーの?」


 うわあ、なんてことを言うんだ。ようやくブランが事情聴取から解放されてこうやって再会できたというのに、全てをブチ壊さんばかりの煽りっぷりじゃないか。ブランの笑顔が固まってる。ブラン、僕が代わりに謝るから怒らないで抑えてくださいすいませんお願いします。


「……誰のせいだと思ってる」


 え、笑顔のままの、ブランから、重低音の声が、響いてくる。ちょっと、ノワール、この声を聞いてどうしてそんな、ニヤつく余裕があるの。目の前にいる僕の身にもなってよ。


「さぁ? 誰だろうなぁ~。あっ、もしかして! 俺のせいだって言いたかったりしちゃう?」


「当たり前だ。いつも勝手に動きやがって」


 ああ、ついにブランから笑顔が消え去って、眉間に皺を寄せてノワールを睨んでる。いつの日かの無表情じゃない。ねえ、もしかして、もしかしなくても、本気で怒ってるんじゃないのかな。ブラン、ちょっと、落ち着いてよ、ノワールも、煽らないでよ……。


「何もかも、こんなはずじゃなかった。お前のせいだ。どうして俺の予定を狂わす。どうしてお前の尻拭いを俺がしないといけない」


「ははっ、面白いこと言うじゃん。何、お前、不満あんの? この状況に?」


 ニヤついていたノワールの目と口角が吊り上がり、細く、鋭くなる。ブランからギリ、という歯を食いしばる音が聞こえる。久しぶりに会えたっていうのに、どうしてこんなことになってるのかな……!


「2人とも……」


 弾かれたようにブランが振り向く。先程までの怒りに染まった表情とは打って変わり、強張った顔で、見開いた目で僕を見つめ、次第に青ざめていく。あ、と小さく声を漏らしたブランから急に引き離される。後ろへと数歩よろめき、トン、と背中から何かにぶつかる。僕の肩に腕が回されている。


「クリスー、あの石頭、どうにかしてくんねー?」


 見上げれば、ニヤついたノワールが、真剣な目で、後ろから僕を覗き込むようにじっと見つめている。前を向けば、青ざめた顔のままのブランが、感情が抜けきった冷めた目で、ノワールを射殺さんばかりに睨み上げている。


 僕にこの状況をどうにかしろと言うのか。あの無機的に輝く金色の瞳に囚われることを想像するだけで恐怖に体が竦む。無茶ぶりにもほどがある……。


 どうすればいい? どうすればこの状況を丸く収められる? 必死に頭をフル回転させつつ、ブランの様子を窺う。僕の視線に気づいたブランが、ゆっくりと僕に視線を下ろし、唇を薄く弓なりに反らす。緩慢な動作で立ち上がったブランが口を開く頃になって、それが笑顔だったのだと気づいた。


「そいつの言う事を聞く必要は無い」


 足元を何かが過ぎ去り、カッ、と鋭い音がする。見れば、ノワールが立っていたところに何か、親指ほどの太さの針のようなものが、投げナイフだろうか、それが地面に、広場の石畳に突き刺さっている。えっと……攻撃、した? ブランが? ノワールに?


「おいおいおい、やる気かテメー」


「一度ぐらい痛い目に遭わないと分からないだろ?」


 魔法を使っている気配がする。目の前のブランはいつの間にかダガーを手に腰を落として戦闘態勢だ。振り返れば後ろのノワールは人差し指をブランに向けて指先に魔力を溜めている。ああもう、この2人は、街中で、真昼間から、しかも厳戒態勢中に、何を、やってんだよ!


 力づくで止めてやる! 2人の五感を補助魔法で鈍化、体を重くする。ノワールの指先に溜まった魔力に干渉して無力化ついでに視覚にトドメの目眩まし、光魔法に変更! 風魔法でそこらへんに転がってた石ころを使ってブランの手に強打、手放しかけたダガーを僕の手元に強引に引き寄せてハイ無力化!


 無力化だけで許してもらえると思うなよ! 土魔法で、地面の土で、2人の足を覆え、固まれ、岩になれ、ガッチガチに地面に縛りつけてハイ固定! 回避不可能のまま水魔法でも喰らいやがれ! 頭冷やしなバーカ!



 ……無理して複数の魔法をほぼ同時に使ったせいで視界がちかちかする。広場が騒然となっている。そりゃそうだ、広場のど真ん中で突然何かが光ったかと思えば、頭上から降ってきた大量の水を被ってびしょ濡れになった2人が地面に固定されてて動けない、っていう光景が広がってるはず。そりゃ反応に困るよね。


 だんだん回復してきた視界の中に想像通りの2人の姿が見えてくる。完全に治るまでもう少しそのままで待っててね。本当は早く好奇の目に曝されている2人を助けたいんだけど、仕方ないよね、よく見えないんだもん。


 ああ、よく見えないから失敗するのが怖くて魔法を解除できないなあ。困っちゃったなあ。

ありがとうございました。

石畳は犠牲になったのだ……犠牲の犠牲にな……。

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