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本日はここまでの投稿となります。
ラストわんわんタイムです。
犬と師匠を養う生活が始まった。
早朝、ジュジュジュジュジュジュってうるさいあいつらの声でも目覚めない師匠を、朝食を作ってから叩き起こし、深夜まで読んだり書いたりしていた、本やら資料やらで散らかり放題の師匠の寝室兼執務室で、風魔法と速読技術を駆使して修行という名の片づけをこなす。
朝食を摂っても意識が半分トンでる師匠を、修行と称して外に引きずり出して、僕にできるありとあらゆる魔法の連弾を師匠にぶつけ、ようやく覚醒した師匠に昼食を作り、街か森へ食材を仕入れに行って、帰ってくれば犬家族との絆を深め、師匠と夕食を食べて、寝るまで薬を作る、そんな日々を過ごしている。
師匠は相変わらずの引きこもり生活、かと思いきや、新たな隣人である犬家族にそれなりに興味があるみたいで、僕が出かけている間によく観察しているようだ。
といってもお母さんからの第一印象は最悪だから、1週間経ってもまだ小屋の中に入れないみたい。ざまあみやがれ。
「ねえクリス君。子犬のことなんだけど……」
ある日の夕食、何やら真面目な顔で師匠が話を切り出すが、真面目な顔で真面目なことを言う確率が低いことは分かっているから、僕も真面目に聞く気はない。
いったい何を言い出すのだろうか、すごくかわいいとデレまくるのだろうか、おっさんがデレているところなんて見たくないんだけど、師匠の戯言に付き合うのも弟子の勤めだからしかたないよね。
「どうして黄土色の毛の母親から黒色と白色の毛の子が生まれてるんだろう……」
そう、お母さんは当初茶色かと思っていたけど、歴戦の戦士だったから、血とか泥とかいろいろこびり着いて固まって、茶色く見えただけだったみたいで、子犬達がぴょこぴょこ走り回るようになって、お母さんの拘束時間が短くなったついでに、体を洗ってあげてみたら、茶色じゃなくて黄土色だったって発覚したんだけど、毛の色の違いが何だって言うんだ。
「お母さんは黄土色ですけどお父さんが黒色とか白色だったんじゃないですか」
「そう言われたらそうかもしれないけど、あんなに綺麗な黒色と白色の毛って見た事ないから、つい気になっちゃうんだよね」
師匠は何が言いたいのだろう、やはり師匠の言う事はよく分からないなあ。僕も師匠が読んだり書いたりしてる本とか資料を見ているはずなのに、師匠はどこからか僕の知らない知識を引っ張り出してくる。
こういうときに僕が何を言ったって師匠の考えを覆すことも無ければ新たな発見を齎すことも無くて、そのうち会話のテンポ重視で深く考えずに会話するようになっちゃって、これってあまり良くないよなあ、なんて思うんだけど、どうも直せない。
「私が見てきた犬に彼女達のような姿をした犬はいなかったと思うんだよね」
「へえ、随分と珍しい色なんですね、何か良いことでもあるのかなあ」
良いこと、という言葉に師匠がぴくりと反応して、ふっと軽く微笑む。
「うん、そうだね、面白いことになりそうだよ」
どうやら師匠は随分と犬家族を気に入ったみたいで、それからにこにこしながら夕食を食べていて、この顔ならうさんくさくもないし彼女だってできるだろうになあ、なんて思った。
そういえばこの人って結婚しないのかなあ、もしかして僕のせいで婚期を逃してるのかなあ、なんて思いながら顔をガン見してたら、目が合った師匠がきょとんとしていたけど、すぐにうさんくさい笑顔で首を傾げてきたから、半目で睨んでやった。
犬家族と出会って半年近く経った。
それまでころころしてた子犬達は、だんだん体つきがしっかりしてきて、成犬のように走り回るようになり、裏庭では子犬達が激しくじゃれあって、容易に入り込めない空間となっている。
この犬家族、わりと大きな体つきをしていて、お母さんの体長は僕よりも一回り大きいぐらいで、重さにおいては圧倒的に負けてるし、子犬達は1メートルぐらいまで大きくなってて、既に僕よりも重そうだ。
成長した犬家族は、僕と一緒に森に入るようになり、初めは犬家族のたどたどしい連携プレーをにやにやしながら見ていたけど、後半から僕が魔法を打ちまくってどんどん狩って、どうだ、ってドヤ顔してみたら、犬家族から連携もクソもないじゃねえかてめえふざけんな、な視線を頂きひたすらごめんなさいだった。
今では犬家族だけで狩りをしていて、僕が狩りをするときには家族のうち1頭に猟犬役をしてもらうようになり、ずいぶんと狩りの効率が上がった。
そのぶん子犬達の食べる量が増えてるから、僕たちの取り分は変わってないんだけど、まあいっかなあってことで狩りまくってたら、師匠から野生動物を狩りつくさないようにね、って言われた。
今まで1人だったから、攻撃も回復も補助もどの魔法も僕1人のためだけに使ってたけど、犬家族が猟犬役をしてくれるなら、って思って、他者に回復や補助魔法を使う練習を始めてみたら、初めは弱すぎたり強すぎたりとうまく調節できなくて、犬家族から恨むような目で見られたりもした。
もしかして失敗したら気分が悪くなるのかなあ、なんて思いながらも、甘噛み程度で許してくれるから、どんどん補助魔法を使ってたら、どんどん上手くなったみたいで、犬家族が森の中を音も立てずに縦横無尽に飛び回り、小鳥程度なら吠えるだけで気絶させられるようになってるのを見て、ちょっとやりすぎちゃったかなあ、なんて思ってた。
今日も一狩り行くかあ、って裏庭に行ってみると、激しいじゃれあいに風切り音と砂煙が混じるようになってて、あれえ、僕の補助魔法って1日以上も効果があるのかなあ、なんて思ってたら、クロが吠えた。
気がついたらベッドに寝ていて、師匠がベッド脇で僕を覗き込みながら、面白いことになっちゃったね、って笑いながら言ってたから、これは夢だな、って思って寝返りを打ってそのまま寝た。
翌朝ジュジュジュジュジュって騒音で目が覚めると、後頭部がズキズキと痛んでて、そっと手で触れてみるとたんこぶができてたから、ああ、頭を打ったんだなあ、なんて考えてたら泣けた。
ありがとうございました。次話以降もよろしくお願いします。
わんわんお