25 労います
今話もよろしくお願いします。
今年のお祭りが終わろうとしている。
王都を橙色に染めていた夕暮れは、研究所のブースに辿り着く頃には空を紫色へと変えていた。
お祭りは終わりが近づいていて、研究員以外の人影はまばらになっていた。お祭りの間は研究所の前にも露店が並ぶ。研究員が研究者らしく、科学的な感じで食べ物やゲーム、雑貨等を販売している。毎年どこかの露店がグロテスクなものを扱うところがウケているらしい。
研究所内では、将来研究者を目指す生徒や他の都市から来た研究者のために、研究内容の発表、展示、解説をしたり、研究所内の案内などがされる。
ほとんどの研究室が発表内容の展示や解説だけですましているのに、ベレフ師匠は毎年5つ程度の研究室しか行わない発表の枠を押し付けられたそうだ。去年抜け出したこともありそうだけど、どうやらシロとクロの発見は魔物生態学者達からしたら大きな衝撃らしい。それをこの場で発表しないはずがないよね、と研究所だけでなく学会からも圧力をかけられ、逃げ道を塞がれ、承諾する他なかったそうだ。
研究所内へと入り、すでに後片付けを始めている研究室や会議室の前を通り過ぎ、いくつかある講堂の1つへと向かう。講堂の重い扉を開くと、忙しそうに後片付けをしているジュディさんやトッシュさん、隣の研究室の助手の人達と、複数の座席を贅沢に使って横になっているベレフ師匠がいた。
「師匠、お疲れさまです」
「ああ……クリス君か」
ベレフ師匠が死んだ魚のような目をしている。いったいこの講堂で何があったのだろうか、想像を絶する言葉の格闘技でもあったのだろうか、と少し不安になったけど、僕の姿を確認してだんだん瞳に光が戻ってくる。
「クリス君……。私は、頑張ったよ……」
のろのろと体を起こすベレフ師匠の肩を支え、背中を擦る。
「そうですね、本当にお疲れさまです」
僕だって恋のキューピッドを終えたばかりで心が荒んでいる。それでも、めんどくさい女の子達をあしらって露店で食いまくった僕と違って、頭の良い大人達を相手に質疑応答しまくって心が摩耗したベレフ師匠を前にしては、さすがに愚痴りたおして八つ当たる気にならない。僕は師匠思いの優しい弟子なのだ。
そうやってベレフ師匠が疲労を吐き出して心を取り戻す作業を手伝っていると、トッシュさんがいつもと変わらない険悪な目つきで歩み寄ってきていた。
「先生、後片付けはやっておきます。クリスと約束しているのでしょう?」
「ああ、すまないね、任せるよ」
僕としてはこの状態のベレフ師匠を外へ引きずり出すのに若干の抵抗があったけど、トッシュさんに促されて師匠は既に立ち上がろうとしていた。まあ外の空気を吸って気分転換しないといけないよね、と自分に言い聞かせて、トッシュさんにお礼を言ってから師匠の手を引いて外へ向かった。
外に出ると、日はすっかり沈んでいた。みんな花火を見るために移動したのだろう、人影はほとんど見られず、研究員の方々が露店の後片づけに追われて、いや、片づけずに店番を押しつけられている。かわいそうなところを見てしまった。ごめんなさい、頑張ってください。
「この辺りでお勧めの場所ってありますか?」
「うーん……。ちょっと遠いから今からじゃ間に合わないかな」
「じゃあとりあえず北に行きましょう」
屋根の上にのぼれば早いんだけど、とは思ったけど、今のベレフ師匠に魔法を使わせるのも、僕が魔法を使ってベレフ師匠を持ち上げるのも、どちらも上手くいく気がしない。ゆっくりと大通りを歩きながら、今年は逸れる心配がありませんね、その代わりサプライズはできないけどね、なんて話していた。
花火は王城から打ち上げられるので、建物の陰にいなければどこにいてもだいたい見えるし、大通りにいれば間違いなく見れる。ただ、少し離れないと研究所が邪魔だし、かなり見上げる必要があるために首が辛い。まだ粘って営業している露店で飲み物を買いながらゆっくり北上していった。
それにしてもなかなか打ち上がらないな、と思ったのは僕だけではなかったようだ。大通りですれ違う人達の多くが、訝しげな顔で王城の方角を見上げて立ち止まっている。
「何かあったんですかね」
「どうだろう、今までトラブルが起きたなんて聞いたことないんだけどなあ」
どうしたんだ、という疑問から始まったザワつきは、どういうことだ、という不満のザワつきとなった。次第にその不満にかこつけて酒を飲んで騒いだり、嫌気がさして帰りだす人々で大通りが騒然としてきた、ちょうどそのとき、爆音が鳴り響いた。
一瞬で大通りが静まり返りる。王城からバチバチバチと何かが大量に弾け飛ぶ音と、飛び散る火花と、それに彩られた煙が、王城の影を浮かび上がらせる。瞬間、そこかしこで悲鳴や怒号をあげる人、きたねえ花火だ、と野次る人、乾いた笑いをあげる人、さまざまな反応で大通りが再び喧騒に包まれる。
花火が、暴発しているのか。
屋内からも人が出てきて、どんどん大通りが人で溢れかえる。呆然としていた僕ははっとしてベレフ師匠を見上げ、どうしますか、と尋ねようと口を開こうとした。
さっきよりも近い場所で、体の芯まで揺さぶられるような、低い、重い爆発音が轟いた。
全身にビリビリと刺すような衝撃が伝わり、それまでとは比べ物にならないほど大きな悲鳴が響き渡る。
慌てて音の聞こえてきた方へ視線を向ければ、壁が崩れ、周囲に火の手が上がり、粉塵や火煙に包まれた研究所が、僕の視界に飛び込んできた。
ありがとうございました。
研究室の深刻な人員不足感




