20 話します
今話もよろしくお願いします。
とても気まずい。
いつもみたいに、おう、いいんじゃねーの、なんて即答してくれると思っていたから、まさかこんなことになるだなんて予想外で、温かいフレーバーティーを飲んだばかりなのに指先が冷え切っていて、ものすっごく息苦しい。
前から2人がどんな依頼を受けているのか、っていうのはよく尋ねていて、何も特別なことはしてない、護衛とか討伐とか採取とか、そんなのばっかり、って答えられていた。それでも、次に会う日を決める時に空いてない日があると、つい気になってその理由を聞いてしまい、その度に、依頼があるから、としか教えてもらえなかった。
ある日、どんな依頼か知りたくてしつこく聞いてみたら、話を逸らされたり、有耶無耶にされたり、最終的には、依頼の内容は他言してはならないし聞くものでもない、と窘められてしまった。
たしかに、依頼主が誰なのか、とか、具体的に何をするのか、とかは聞いちゃいけないだろうけど、内容が分からない程度にボカして教えてくれてもいいのに、と不満に思った。
ただ、そういったことは全てブランが話していて、ノワールはまるで他人事かのように何も言ってこなかったし、もしかしてノワールなら、ちょっと抜けてるし、ぽろっとこぼしたり、すんなり話が通るんじゃないかな、なんて思っていた。
ノワールをナメていた。
ティーカップを置いたノワールからはいつもの笑顔が消え去っていて、腕と脚を組んで、イスの背もたれに寄りかかり、眉を顰め、目を細めて、じいっとテーブルの上のハーブティーを睨み続けている。
そんなノワールの仕草を初めて見て驚いたのもあったけど、きっとすぐに返事をしてくれるだろうと思って、言い訳みたいなこともせずに、ノワールの顔を見ながら返事をじっと待ってたんだけど、そのまま、かなり、時間が、経ってる、ような……これは、謝るべき、なの、か、な……?
つい弱気になってしまったけど、僕だってちゃんと覚悟はしていたつもりだし、軽々しく言った訳じゃないから、今ここで目を逸らしたら負けな気がする、けど、でも、そろそろ何か言わないと、ノワールを怒らせることだったんだ、いや、覚悟はしてたけど、と頭の中でぐるぐる考えている時だった。
「クリス」
ノワールが僕の目を見て、僕の名前を呼んでいて、意識が引き戻される。
「ありがとう、嬉しいし、教えたい、けど、ダメなんだ」
ずん、と何かがのしかかったかのような重苦しさに息が詰まる。
「ごめん、俺じゃうまく言えないんだけど、たぶん、ダメで、でも、ダメじゃなくて」
何を言っているのか……あれ?本当に何を言っているんだろう。
「きっと、クリスなら分かってくれるはずなんだけど、俺には無理」
ノワールは何が言いたいのだろう、じっとよく目を見てみれば……わあ、ノワールの目が、回ってる……視点が固定されてない……これは、かなり限界みたいだ。
「ブランなら、ブランならできるんだ、ブランなら……」
「ノワール、大丈夫、ごめんね、突然こんな話して。僕、焦ってたんだ」
ノワールの視点が定まってくる。よかった、まさかノワールがあそこまで追い詰められるだなんて、ひどいことをしてしまった、ごめんね、ノワール。
「今、僕は2年生なんだけど、3年生になると自由にできる時間が増えるから、みんな卒業後のことを考えて、働いたりとか、弟子入りしたりとか、中には冒険者とパーティーを組む人もいるんだ」
ノワールはだいぶ落ち着いたようで、身を乗り出すようにしてテーブルの上に組んだ両手を置いて、僕の目を見て静かに話を聞いてくれている。
「それで、さっきも言った通り、僕は冒険者になって、ノワール達と一緒に依頼を受けたり、旅をしたい。でも、ノワール達はどんな依頼を受けてるのか、あまり教えてくれないから、もしかして、2人は僕を遠ざけてるのかな、とか、僕は2人に信用されてないのかな、とか――」
「それは違う!俺は、俺達は!クリスの、ことを……!」
僕の言葉を遮ったノワールは苦しそうに顔を歪め、目を伏せている。まさかそんな顔をさせてしまうとは思っていなくて、慌てて口を開く。
「うん、大丈夫、それはさっきのノワールの様子から分かったもん。もうそんなことは思ってない」
ノワールが僕の顔を見てほっと溜め息を漏らして、強張っていた肩や強く握りしめていた両手から力がすっと抜けていく。組んだ手の指の下からじんわりと赤い跡が浮かび上がっている。
「たぶん、僕にまだ足りないものがあるんだよね。それが何か分からないけど、でも、2人から話してもらえるように、頑張るから。冒険者になること、諦めないから。これからもよろしくね」
「あ、ああ、もちろんだ。と、友達だぞ!当たり前だ!」
眉尻が下がって、無理に口角を上げているのか、ぎこちない、泣きそうな笑顔だけど、さっきまで苦しそうだったノワールが笑ってくれているから、よかった、かなあ。
「まったく、見せつけてくれるなあ」
ここで聞こえるはずのない、穏やかな声が背後から聞こえてきて、ぎょっとして固まる。目の前ではノワールが目を見開いて僕の背後にいる人物を見上げ、唇をぎゅっと結んで、ゆっくりと視線を下げていく。
「たまたま他に客がいなかったからよかったけど、それでも店側に迷惑かけてたの、分かってる?」
「あっ、ごめんなさい!」
お店のお兄さんがカウンターの奥から様子を窺っているのを見つけて、慌てて謝罪を口にしたら、気にすんな、と言わんばかりに手をひらひらと振って、そのまま店の奥へと姿を消した。
「クリスはともかく、ノワール、お前、俺が店に入ったことに気づかないなんて、どういうことかな」
ずっと俯いて黙っていたノワールが、名前を呼ばれて、びくっ、と肩を跳ねさせていて、今までブランから何を言われてもへらへらしていたノワールがここまで怯えるだなんて、もしかして、さっきまでの会話で何かブランを怒らせるようなことを言ってしまったのかなあ、と不安になってくる。
今後ろを振り返ると、鬼のような形相のブランがいるのかもしれない、それでも、これ以上はノワールのメンタルが崩壊してしまう、僕が声を上げないと、そう思ってゆっくりと振り返れば、腕を組んだブランの、仮面を貼りつけたかのような、無表情が、視界に、入る。
「あの、ブラン、いつから、お店にいたの……?」
ノワールにがっちりと固定されていた視線と仮面が、ゆっくりと僕の方へ向けられ、感情がごっそり削ぎ落とされた、温かみの感じられない視線に、ぶる、と体が震える。そのまま、口だけが動いて、ブランから声がする。
「そうだね、ノワールが、ブランならできる、って呪文みたいに呟いてた時から、かな」
つまり、僕の独白が全て聞かれていたというわけで、そうすると、僕がノワールに何を言ってそういう話になったのかというのも、ブランなら当然分かっているんだろうなあ。
さらには、ブランがいないから話した、っていうところまで気づいていそうで、これは、気まずさが止まるところを知らないほどに溢れ出てきそうだなあ、ははは、はあ。
ありがとうございました。
やめて! ブランの物騒な言い方で怒られたら、僕に追い詰められたばかりのノワールのメンタルが燃え尽きちゃう! お願い、死なないでノワール! 君が今ここで倒れたら、僕との約束はどうなっちゃうの? ライフはまだ残ってる。ここを耐えれば、パーティーを組めるんだから!
次回「ノワール 死す」。デュエルスタンバイ!




