2 帰ります
張り切って一気に投稿してみます。よろしくお願いします。
わんわんタイムは続きます。
犬を養う生活が始まった。
正直、犬の出産とか育児とか知らないし、鳥を献上したのだって、僕は無害なので襲わないでください、ぐらいのつもりだったんだけど、どうやらお母さんは子犬達に付きっきりで狩りに行かないようだ、って気づいたのは、3日ぐらいして朝の修行を外でするようになってからだった。
出産で疲れてるだろうお母さんになんて酷い仕打ちをしてしまったんだ、なんて僕は気が利かないんだ、だから彼女ができないのかなあ、なんて、一方的に住み着かれて迷惑してたはずなのに、勝手に罪悪感を抱いちゃって、それからは張り切って森で狩りをするようになったおかげで、魔法の扱いがちょっぴり上手くなった。
あと、土壁だけだと雨降ったらやばくね?って空が曇ってるのを見てようやく気づいて、お母さんにジロジロ見られながらも、頑張って壁を1.5メートルまで盛り上げて、魔力切れ目前まで頑張って天井も作って、フラフラになっちゃったけど、達成感と満足感でしばらく裏庭で仰向けに寝転がっていた。結局雨は降らなかった。
だんだん子犬達が動き回るようになってきて、お母さんの警戒心も薄らいできて、子犬達を抱き上げるのを許してもらえるようになって、ちょっと調子に乗ってお母さんを撫でたら噛まれて泣けた。
そうやってお母さんを養って、それなりに良い関係を築いていたある日の夕方、夕食に熟成させたウサギの肉を焼こうとキッチンに立ったら、めちゃくちゃお母さんが吠えだしたから、驚いて唐辛子カプセルを握りしめて外に飛び出たら、うっひゃあ、どーどーどー、あっはっは、なんて懐かしい気の抜ける声が聞こえてきた。
「師匠!何してるんですか!」
ボロボロのマントを身に纏い、ふわふわと浮き上がりながらお母さんの猛攻を躱している不審者が、僕に気づいて振り返った隙をついて、お母さんが噛みついた。ざまあみやがれ。
「いったあ!ごめん!ごめんって!離して!いたいいたいいたい!ちょ!助けて!クリス君!助けてよ!」
どうせ師匠に傷なんてつかないだろうけど、お母さんの体力を無駄に消費させるのは申し訳なかったから、唐辛子カプセルを師匠の口に突っ込んでから、お母さんを宥めて口を離してもらったのに、師匠はぎゃあああああって叫んでた。どうしたのかなあ。
「クリス君、ひどくない?」
数か月ぶりの再会なのに、テーブルを挟んで向かい合って座っていても、しばらく水を飲み続けていたかと思ったら、開口一番に涙目でこれだなんて、僕は薄情な師匠を持ったもんだなあ。
家主不在の家を数か月も1人でキレイに保って、言われた通りの修行内容を健気にこなしてきたっていうのに、一体全体どこがひどいって言うのだろうか。
「いい出会いはありましたか?ベレフコルニクス師匠」
春だ!出会いの季節だ!しばらく留守にするから家は任せたよ!なんて言って、数か月も消えやがったんだ。少しぐらい留守の間の楽しい楽しいお話を聞いてやってもいいだろう。
そんな惚けた顔をしても無駄だ。僕は毎日毎日、来る日も来る日も、師匠の帰りを首を長くして、今か今かと待っていたんだ。僕には聞く権利があるってもんだ。
「あ、ああ、そうだね、えっと、とりあえずベレフ師匠って呼んでほしいかなあ」
いい年したおっさんの上目遣いなんていらないんだけどなあ、といっても何歳なのか、ベレフコルニクスって本名なのか、どこ出身なのかとか、いろいろと知らないんだけどね。
おっさんって呼んでるのは、師匠の服装が、着回されすぎてすっかりくたびれたシャツとパンツっていう外見に無頓着なこともあるけど、くすんだ金髪を三つ編みにして垂らしてるのが、乱雑に見えて実はちゃんと手入れされてて、上品なのにうさんくさく見えるっていう、軽薄そうなだけのその油断ならない姿に、人生経験の差を感じる、ということも大きな理由だ。
「僕はこの家の裏庭に住み着いた犬の家族と仲良くなれましたよ」
師匠の言う通り、確かに春は出会いの季節だった。師匠の言う事は、初めに聞いたときはほとんど意味が分からないけど、だいたいしばらく経ってから理解させられる。
あのときの言葉はこういう意味だったんですね、って言ってもいつも師匠はきょとんとしてから、そうだろう、そうだろう、私はすごいだろう、って視線を逸らしながら言うだけで、補足も訂正もしてくれないから、適当な外見と言動のわりに、師匠の修行はなかなかに厳しい。
「……ごめんね、クリス君。私が悪かったよ。不出来な師匠と会話をしてくれないかい……?」
「はい、分かりました。ところでお腹空いてません?ご飯食べます?それともお酒でも飲みますか?師匠お気に入りのブランデーってまだ残ってたかなあ」
「うん、ありがとう……でもしばらく何も口に入れたくないからいいよ……」
お母さんの周りをあんなに元気に飛び回ってたのに、長旅の疲れが出ちゃったのかなあ、もう寝室に入ったけど、寝るのかなあ。
まあしかたないよね、めんどくさいし放っとこう、なんて考えて、誰かのせいでだいぶ遅れた夕食を急いで作って1人で食べて、のんびり後片付けをしていたら、師匠の寝室のドアが開く音がした。
「ねえ、クリス君……私の旅の土産話、聞いてくれる……?」
「じゃあお茶淹れますね」
きっと疲労で胃が荒れてるだろうし、胃に優しいハーブティーを淹れてあげよう。僕って師匠想いだなあ。
ありがとうございます。次話も読んでいただければと思います。
わんわんお