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161 とうばつ

 冒険者としての一日。





 今日受けた依頼は魔物の討伐。というかこの二人は魔物の討伐以外は受ける気がない。依頼を受けるならその危険度や報酬、場合によっては依頼主等いろいろと見るべき項目があると思うんだけど……魔物、という文字を見つけた瞬間、掲示板から依頼書をひったくるようにして取り、受付へと渡していた。


 僕はまだその速さに慣れていないが、受付の人からすればいつものことなのだろう。依頼内容を説明しながら手続きを進めてくれていた。内容を見る暇すら無かったのでとてもありがたい。


 そうして教えてもらった目撃情報を元に森の中を進んでいく。


 背中にノワールをくっつけて。


「足元気をつけろよ、クリス!」


 頭上から注意を促す声が聞こえるが、僕たちが歩む速度に合わせ、足元どころか進行方向にあった草木が切り刻まれていく。ついでに地面が平らに均されていく。


 気をつけろと言うくせに、少しも気をつける必要がない状態へと変えていくのはどういうことなんだろう。


「頭も気をつけろよ、クリス!」


 再び注意を促す声が聞こえるが、当然ながら僕よりノワールの方が背が高いので、気をつけるべきは僕ではなくノワールだ。それを知ってか知らずか、目の前で僕の頭よりも高いところに位置する枝が次々と切り刻まれていく。


 もう僕は何を気をつけて進めばいいのだろう。



 ちなみにブランはこの場にいない。先行して討伐対象を探しに行っている。


 ノワールとブランが別行動をとるのは以前かららしい。ブランが言うには、僕がいるおかげでノワールが大人しくしてくれてとてもありがたいとか。


 まるでお守だ。


 僕の心情が伝わったのか、その時のブランは僕から目をそらしていた。別に? 気にしてないよ? うん。


 まあ、別行動していてどうやって合流するのか、そう問いかけた時のブランの表情でなんとなく事情を理解した。その後の答えで同情した。


 今でこそ事前に打ち合わせ、別行動と呼べるだけのことができているが……以前までは、ただのノワールの単独行動というか、徘徊というか、暴走というか……とにかく、一人で勝手に突き進むノワールを追いかけ、見失い、探し、連れて帰る、という日々だったようだ。


 かわいそうなブラン。


 今は僕というブレインがあるおかげでノワールの予測不能な動きを劇的に抑えることができている。できている、が、あくまで劇的に、であり、完璧ではない。その証拠に今も現在進行形で植生と土壌が人為的に改造されている。この自然破壊はどうすれば止むのだろう。このままではブランが残してくれている偵察の跡を見失ってしまいそうだ。


「だいじょーぶだいじょーぶ! アイツ、俺を見つけるの得意だから!」


 そう言ってノワールはブランが残した跡ごと消し去る理解不能なまでの徹底的な自然破壊を繰り返している。わざとなのだろうか。迷子もとい遭難するのが趣味なのだろうか。魔物の巣窟たるこの鬱蒼とした森で野宿がしたいのだろうか。


 嫌だ。付き合いきれない。


 もちろんだが僕はこの蛮行を止めたかった。止めたいのに止められなかった。言葉を尽くしても無理だった。全てを受け流されてしまう。言いくるめられてしまう。楽観的すぎる思考と言動を止められない。強く言えない。怒れない。


 結果、諦めて成るがままにしている僕をどうか許してください。本当にごめんなさい。


 そんなことを考えていると、一瞬で消え去った樹の幹にそれまでと違う印が刻まれていたことにギリギリで気づけた。どうやら何らかの魔物の痕跡を見つけたらしい。ここまでほぼ直線に進んできたが、これからはそういうわけにもいかない。


 つまり、ブランが付けた印を丁寧に追っていきたい、んだけど、な……?


「見ろよクリス! すっげえ枯葉の山だ! 燃やしてみるか!」


 やめて。放火は駄目。これ以上、自然を無意味に壊さないで。というか何もしないで僕についてきて。お願いだから。




 今回の討伐対象である魔物が見つかったのは昨日、とある冒険者達のパーティーが別の依頼でこの森を探索していた時だ。成人男性ほどの大きさで、水色と緑色の体毛をもつネズミのような体型の魔物が草陰から現れたらしい。


 森の中を縦横無尽に駆け回り、発達した前歯で噛みつけば太い樹の幹を容易にへし折るほどだという。また、時の経過とともに周囲には霧が立ち込め、狭まった視界の外から襲ってくる。


 ただし、森の外まで逃げればそれ以上は追ってこない。



 魔物と遭遇した冒険者達による報告内容はそういったものだった。というわけで、発見された場所近辺をブランが先行して探索し、見つけ次第後続の僕達と合流して討伐、という予定になっている。


 ノワールに容赦なく消されていくブランが残した印を必死に解読しながら進むと、一本の倒れた樹の元へとたどりついた。


 その幹は何かで握りつぶし、強引に引きちぎったかのようなめちゃくちゃな倒され方をされており、なるほどこれが討伐対象である魔物が持つ力か……と観察する間もなく、その樹が文字通り木端微塵に切り刻まれた。


 光が差し込む。


 見上げれば、その樹が葉を茂らせていたであろう範囲から、綺麗な青空が顔を覗かせていた。


「いいか、クリス。雑に伐られた樹には触るなよ? トゲが刺さるからな!」


 ん~、違う! 違うね! 雑に伐られたんじゃないよ! きっと戦闘痕だよ! 討伐対象の魔物とそれに遭遇した冒険者達がここで戦ったんだよ! 魔物の生息地に確実に近づいてる証拠だよ!!


 そう心の中に言葉は溢れてくるものの、それをノワールに告げたところで何の意味も成さないことは十分に理解している。よって、僕は小さく溜め息を吐くだけで他には何も口から発さないのだ。諦めも肝心だよね。


 さて、次の印はどこかな……と周囲に目を凝らそうとしたところで、視界の端に白い影が現れる。


「何、コレ……」


 ブランだ! ようやくこの苦行から解放されるのかと思うと自然と笑みがこぼれる。ブランは先程までと明らかに異なる光景に疲れた顔をしているけど、僕はなんだか疲れが取れた気がするよ!


「……ノワールには後で話すとして、見つけたよ、魔物」


 表情が引き締まる。今までも決して気を抜いていた訳ではないが、ここからはさらに気を引き締めていかなければならない。2人は慣れているだろうけど、僕は魔物との戦闘経験がまだまだ浅い。その数少ない戦闘で死にかけたことだってある。


 もちろん戦うつもりでここに来ているから準備は抜かりないが、それでも不安は大きい。余裕はあまり無い。もしかしたら僕のそんな心情を理解して、ノワールは僕を気遣ってあれだけふざけてくれていたのかもしれない。


「よし、さっさと片付けて帰るぞ!」


 ノワールが飛び出す。森の中に姿が消える。ブランと僕が取り残される。ブランが額に手を当てる。


 うん、やっぱりノワールに気遣いの心とか無いな。



 勝手に飛び出していったノワールを追いかけて森の中を進んでいけば、思ったよりも早くノワールと合流することができた。


 合流、というと少し語弊があるかもしれない。戦闘音が聞こえた方向へ急いで向かえば、ノワールが魔物の巨体を真正面からぶつけられ、背中で木々をなぎ倒しながらぶっ飛んでいる光景が目に飛び込んできた。


 唖然とした。仕方ないと思う。僕があれを喰らったら……死ぬ。本気で。


 情報通りに魔物の姿はネズミに近い。丸い体のほとんどは緑色、短い手足や腹は水色の体毛で覆われている。口からは巨大な前歯が飛び出し、細長い尻尾も伸びている。ただし、その尻尾は成人の太腿を余裕で上回りそうな太さで、しかも大量のトゲが生えているが……。


 たとえ僕が怯んでいても、状況は待ってくれない。全く動揺した様子の無いブランがすぐに動き出す。


「クリスは援護を。俺がヤツの気を引く」


 僕の返事を待たずにブランが魔物へと接近する。


 魔物の足元から土が盛り上がり、魔物を飲み込もうとする。魔物もすかさず土を噛み砕く。その間に魔物の間近までせまったブランがナイフを魔物の体に突き刺す。


 ブランの武器はナイフだ。腰や足に巻かれたベルトに、用途に応じたナイフが何本も差してある。刃渡りは長いものでも肘から手首近くまでしかないが、その軽さから両手で2本同時に扱うことができるし、素早く動くこともできる。


 ナイフは体の奥深くまでは刺さらなかったようだ。僅かに血が滲む。その痛みからか激高したかのように魔物が叫んで身体をうねらせる。


 その衝撃を活かしてブランが離れる。


 魔物がブランの方へ身体を向ける。ちょうど魔物を挟んで僕の反対側にブランが移動してくれたので、僕には魔物の背が見えている。


 しかし、ブランの挑発に乗ったかのように見せて、どうやら油断はしていないらしい。僕の位置は死角になっているだろうが、耳がこちらの音を拾おうと忙しなく動かされている。無防備なようで、僕への反撃の機会も窺っている。


 まだ動けない。魔物から視線を外さず、静かに草陰へとしゃがみ込む。


 ブランが攻撃に転じる。風と光で怯ませ、水を打ち、雷を当てる。土と木で場を撹乱し、接近してナイフを振るう。


 絶えず続く、型の無い動き。次第に魔物の意識がブランへと向けられていく。ブランの複雑な動きを目で、耳で追いかけ始める。


 ブランが魔物の真正面から魔法を打つ。魔物が身構え、大きく口を開ける。



 ここだ――ッ!



 魔物の動きが完全に止まったところで、死角から木魔法を使う。狙うはあの物騒な尻尾だ。


 弾かれるように尻尾へと勢いよく伸びた枝がトゲに突き刺さる。魔物が気づいて尻尾を振り回す。枝が抜ける前に、トゲを巻き込むようにして枝を巻き付け、締め付ける。


 さらに地面へと枝を伸ばし、深く根を張らせ、動かないようにしっかりと土を抱え込む。土ごと引っこ抜かれないように、土魔法で地面を硬い岩盤へと変化させる。


 これで魔物は動き回れない。同時に僕も魔法を維持しなければならないので動けないが、ブランがいる……あ、ノワールも、いる。2人がきっと、とどめを差してくれる。


 そう思い、ブランの姿を探そうとしたところで、周囲が濃い霧に包まれているのに気づく。いつの間に。


 ブランの姿はおろか、魔物の姿もすぐに見えなくなる。しかし、唸り声や岩盤を引っ掻く音まで消えるわけではない。音の発生源は動いていない。僕の魔法はちゃんと効果を発揮し、しっかりと足止めをしているようだ。


 そうなれば、僕は魔法の維持に努めるのみだ。


 そのためにも、この霧がただの霧なのかを素早く見極めなければならない。もしも何らかの毒が含まれているならば、早急に対策しなければならない。身体強化で身体の抵抗力を高める。


 木魔法、土魔法、さらに身体強化と、複数の魔法を全て高い精度で使い続けるのはかなりの集中力が求められる。本格的に身動きできなくなった。


 ……今のところ五感に異常は無い。風を切る音、何かがへし折られ、砕け散る音が聞こえる。木魔法や土魔法には絶えず反発する大きな力がかかっている。まだまだ戦闘は続きそうだ。


 そう思った矢先。


「…………――――ァァアアアアアアアッ!」


 何者かの叫び声が……いや、ノワールだ。ノワールの甲高い叫び声と共に、物が勢いよくぶつかる鈍い衝撃が、空気と地面を通じて伝わってくる。遅れて暴風が吹き荒れる。霧が一気に晴れ……魔物だった・・・ものが、目の前に現れる。


 先程の甲高い声を思い出す。地声であの高さにはならないだろう。ということは、かなりの速度で移動しながら叫んでいたのだろうが……いったいどれほどの勢いで突っ込んだというのか。目の前の物体がその威力を物語っている。


 ノワールが扱うのは一般的な両手剣だ。それを握る両手は、原型を留めないほどに大きく切り裂かれた口の中に沈み込み、鮮血に染まったその切っ先が魔物の背中を突き破るようにして飛び出ている。


 巨大な前歯は根元から折れ、岩盤の上に転がっている。緑色の巨体は内部から爆発したかのように全身から血を吹き出して赤く染まり、細かく痙攣している。


 ノワールが剣を引き抜けば、出血が激しくなる。とどめとばかりに脳天へと剣が突き立てられる。最後に魔物の身体がガクガクと大きく震え、動きが止まる。僕の魔法に抵抗する力も無くなった。絶命したのだろう。


 血だまりの上で返り血に染まった顔がきょろきょろと周りを見渡し、草陰に潜む僕を見つけて満面の笑みを浮かべた。


「クリス! 終わったぞ!」


 いやいや怖いですよ、ノワールさん! それに報告するまでが依頼です!!


 血を滴らせてこちらへと近づいてくる笑顔に頭が痛くなりそうだ。ふと、ギルドの職員さんに僕らのパーティー名を『bloody gemブラッディジェム』と決められた時のことを思い出す。



 ノワールの風邪が治り、3人でパーティー登録をしにいった。手続きは難しいものでなく、すぐに終わるかと思った。


 パーティー名を決めてくれ、と言われるまでは。


 ブランとノワール、2人のパーティー名は『カイラル』だった。ちなみに命名者は別のギルド職員さん。これをそのまま使うか、それとも新しいものを使うか……僕はどちらでも良かったが、ブランの意向により変えることとなった。


 しかし、肝心の新しい名前が全く思いつかなかった。考えていなかったから仕方がない。うーん、と頭を捻っていると、その様子を黙って見ていたギルド職員さんの視線があるモノへと向けられた。


 僕がつけていたネックレス。その先で弄られていたターコイズのペンダントトップ。


 ギルド職員さんがメモ用紙にさらさらと何かを綴り、これとかどうです、と提案したものを、僕が確認する前にノワールが許可を出した。そして新たなパーティーが発足した。呆気なかった。



 血濡れの宝石ブラッディジェム……その時はなんて物騒な名前だ、と思ったけど……今のノワールを見れば納得だ。ノワールの首元では真っ赤に染まったオニキスが妖しく光っている。きっと、ギルド職員さんはこの光景を何度も見てきたのだろう。うう、とても素晴らしいネーミングセンスだと思います、はい……。


 こちらに伸びてきた赤い手をさっと躱す。もちろん、ターコイズをしっかりと守りながら。僕の宝石まで血で汚させてたまるか! さっさとその血を洗い落とせ!

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