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159 だいなな

 森の中、小鳥の囀りが響き渡る。





 ヤツは土魔法で作った即席の椅子に脚を組んで腰掛けている。よっぽど暇なのだろう、軽く掲げた手の平の上では混沌とした空間ができあがっている。


 一瞬として同じ像にはならない。あるときは固体、あるときは液体。あるときは光り輝き、あるときは暗く澱む。極彩色に彩られたかと思えば淡色が広がり、幾何学模様を浮かび上がらせたかと思えば斑模様に溶け込んでいく。


 魔法でそれらが繰り広げられていることは分かる。しかし、何をどのように作用させれば、あの限られた空間であれだけ狂気的な世界を作れるのか……穏やかな表情がいっそ薄気味悪い。何を考えている。


 木の陰から様子を窺いつつ、周囲にヤツを仕留めるための罠を丁寧に仕込んでいく。必ず、捕らえてみせる。




 昨日は散々だった。木魔法の復習はヤツのお気に召さなかったらしく、宿題という名の処罰が与えられた。僕は今後一週間、木魔法と向き合わなければならない。そして再び復習という名の試練を受けなければならない。


 雷魔法に関しても厳しさが増していた。休憩なんて無かった。やることなすこと全てに指導が入った。泣きたくなった。というか泣いた。この年で泣かされた。


 基本の段階からそうだ。魔力練りすぎ、変換率悪い、軌道ブレてる、光りすぎ、熱出すぎ、集中切れてる、魔力漏れてる……もう何を言われているのか分からない。僕が魔法を使うのを見ていてどうしてそこまで分かるんだ。当の本人である僕にはさっぱり分からないぞ。


 これで教えるのが上手いなら何の文句も無い。清々しいほどのド下手だから文句だらけなんだよ!


 要は無駄が多い、そういうことなんだろう。魔力の操作から魔法の構築から発動から、全工程において一切の過不足無く、練り上げた魔力から得られる最大の攻撃力を魔法として出力しろと、そう言いたいんだろう。


 言いたいことは分かるけどね、それが簡単にできたら苦労しないよ。できないからそうやって何度も何度も何度も何度も注意されてるんだろ。分かれよ!


 さてはヤツは天才肌か? そういうことか? 僕だって割と才能がある方じゃないかとは思っていたけど、ヤツほどじゃないね!


 いつ魔力を、エネルギーを無駄にしているか、そのせいでどの段階で不都合が生じてその補正のために余計な魔力を吸い取られているか、そういうことをいちいち指摘してくる……指摘できるのはすごいよ! ああ、認めますとも! すごいですよ! すごいですけどねえ!


 嫌味かってぐらいに僕の魔法の稚拙さ粗雑さ劣悪さを次々に並びたてられてもどうにもできないんだって! アンタのいう『無駄』をしている自覚が無いんだから! 言われたから直せるとか、そういうもんじゃないんだよ!


 ていうか! 言いたいことが分かるだけで、アンタの言っていることが分かっているのかというとそんなことないからな! どれだけ僕の欠点について詳しく理論的に説明しようとも、それで直し方が分かるんじゃないからな! くそっ、どうしてこんな情けないことを……!!


 分かってる。分かってるとも。こんな、内心でくどくどくどくど文句を言うんじゃなくて、直接言えばいいんだ。そうして改善してもらえばいいんだ。分かってますとも。


 その上であえて宣言するけどね、それができたらこんなに文句垂れ流してないよ!!


 言ったよ。直接言ってやったさ。話が難しくて何を言っているのか分からない、もっと具体的な改善方法を指導してくれ、とな!


 そしたらどうなったと思う? いつものあの馬鹿みたいな言動でへらへらしているくせに、修行の時にはちっともそんな様子を見せないベレフコルニクスは何を言ったと思う!?


 僕が何を理解できていないのか分からないから理解できないところを説明しろ、だとよ! 真顔で! 無表情で! 何の感情も示さず! 淡々と! 実に不思議そうに! 少しの悪意も無く! 罪悪感の欠片も無く!


 まるで僕が悪いのかと思ったよ!


 それでも僕は頑張った。これ以上神経を擦り減らして魔法を使うぐらいならこの問答を続けようと、人形みたいなベレフコルニクスと対峙して質問しまくったんだ。


 指摘、からの説明の流れを引用し、問題点を明確にしたうえで、どのような魔力操作、エネルギー操作をすれば解決できるのか分からないので、魔力及びエネルギー操作の具体的手法を示してくれ、とな! 言ったよ! 言ってやったさ!


 真顔で返されたよ。そこまで分かっていて何故できない、とな!!



 うああああああアアアアアアアアアアアアアアア――――――――ッッ!!



 ブッ倒す! 昨日の鬱憤、ここで晴らさずしていつ晴らす!! これが殺意か! 殺意というヤツだな!? ああ、僕はやってやるよ! 絶対に目に物を見せてやる! 何が模擬戦だ! 僕を怒らせたことを後悔させてやる! 参りましたと言わせてみせる!! あのアホ面に泥を塗ってやるうううううう!!


 ヤツの包囲は完了してんだよ! 罠からの罠からの罠からの罠!! この幾重にも積み上げられ編み上げられた罠の包囲網から逃げれるかな!? いいや逃がさないよ! 地に這いつくばらせてみせる!!



 身を隠していた木を駆け上り、宙に飛ぶ。ヤツが物音に気付いて空を見上げる。視線が交わる。


 それに合わせて事前に集めていた種を真上から放つ。ヤツは一歩も動かず、自身に当たる軌道にあった種だけを事も無げに撃ち落とす。残念だ、切り落としてくれれば目潰しができたのに。


 身体が重力を受けて降下する。それを風魔法で加速させる。一瞬で迫ったヤツの眼前に、両袖の内に潜ませていた木魔法で殺傷力を上げた葉の刃を十字に叩きつける。腕力だけでなく、風魔法で加速し、木魔法で質量を増させる。


 ヤツが横へ飛び退く。代わりに椅子が大きく抉れる。その衝撃で周囲に砂煙が舞う。視界を奪ったといっても、気休めにしかならないだろうな……。


 罠の1つを発動させる。罠といってもかわいいもんだ。ちょっと皮膚や粘膜に炎症が生じる程度。現地採取した毒を粉末状にしてみました。


 修行の場を森に選んだ時点でヤツも対策はしていそうだが、試す価値はあるだろう。補助魔法で炎症への抵抗力を上げてはいるが、念のため自爆を避けてもう一度森の中に身を潜める。



 …………森全体に魔力を拡散させるようなことはできない。魔力が足りないし、自身の位置を教えてしまうことにもなりかねない。


 その代わり、いくつかの植物に魔力を含ませておいた。先程の罠もその1つ。そうすれば離れていても干渉しやすい。


 そして、魔力に干渉されたことも分かる。


 非常に不本意だが、やはり魔法の腕はヤツが上。心なしか魔力の質も違う気がする。僕の身体から離れた貧弱な魔力がヤツの魔力に触れると容易に消し飛ばされてしまう。それは、意識していれば察知できる程度の変化。


 それを辿ればヤツがどこにいるかは手に取るように分かる。僕はヤツを追いかけながら、各地の罠を発動させ、本命の罠まで誘導するだけでいい。


 あまり深追いして反撃されてはたまらない。前回の模擬戦では油断していたせいで痛い目に遭った。思い出すと関節が疼く。もう二度とあんな無様は晒さない。ただでさえ僕は身体が小さく、接近戦では不利を強いられるんだ。滅多なことでは姿を現すもんじゃない。



 ヤツのいる方向へ水と火を混合した魔法を放つ。すぐに森が霧に包まれる。魔法で防がれた、か? その衝撃があったからこそのこの結果……のはず。


 その場から離れつつ、霧を媒介にして雷魔法を複数方向から打ち込む。手応えは無いが、撹乱はできているだろう。


 混合魔法を放った方向とは逆の位置へと向かい、霧を経由して改めてヤツの位置を確認する。ずっと移動することなく、絶えず打ち込まれる雷魔法をやり過ごしているらしい。余裕ぶっこいてんじゃねえ。


 真っ直ぐに突っ込む。視認できる距離に入った瞬間、ヤツが振り返る。その顔面へ風魔法を、同時に首目掛けて雷魔法を纏わせた葉の刃を水平に切りつける。


 ヤツが仰け反り、その勢いのまま後方に手をついて飛び退く。若干霧が晴れた中、その足が着地する場に前もって泥濘を作りつつ、刃を投げつけ、周囲の草葉も失敬して木魔法で弾幕を作る。


 泥濘に足を取られて身体を傾けるが、少しも動揺した様子を見せずに弾幕を全て弾き飛ばし、傾いた身体を宙に浮かせる。そこへ四方から蔓を伸ばす。身体を浮かしているであろう風魔法を打ち消すべく魔力をねじ込む。


 ヤツの身体が地面に落ちた、が、蔓は何かに切断される。ヤツの足元に土魔法で穴を作り、その穴へ落ちるよう風魔法で押し付ける。



 ……キツい。魔力の消費が激しい。魔法を使いすぎた……。



 ヤツの身体が宙に跳ねる。風魔法が打ち消された感覚は無い。純粋に魔法の威力で押し負けたらしい。追うように木魔法の弾幕を張る。


 弾幕を弾き、時に避け、着地する。その背後から枝が撓って襲い掛かる。


 ヤツの反応が遅れた。咄嗟に上げた片腕に枝が叩きつけられる。そのまま腕に絡む。


 ――――やったッ!


 残りの枝も全て解放する。動きを一瞬止めたヤツを囲むように、いくつもの枝が地面に突き刺さる。地中から即席の有刺鉄線もどきを引き出して巻き付ける。雷魔法で電流を流す。


 それを無表情に見つめるベレフコルニクス。動きが止まっている。


 膝から力が抜ける。尻もちをつく。疲れた……。


「大丈夫?」


 一息吐ける、かと思ったら両頬に手を当てられて顔を上に向けさせられる。目の前には僕を心配そうに見下ろすベレフ師匠。あっれえ? なんで出てきてんの?


「慣れない魔法を使うからだよ……目が充血してる。呼吸も浅い。抵抗力が弱まってるじゃないか」


 親指が頬を撫でる。抵抗力……ああ、そうか、そういうことか……魔力に余裕が無くなって、補助魔法が切れたんだ……。


「止めるのが遅くなってごめん……てっきり作戦かと……」


 まさかの自爆。ダサい。ダサすぎる。ベレフ師匠が再度僕の頬を撫でる。どうやら毒に目がやられてボロボロ泣いているらしい。戦うのに必死で気づかなかった。


「ほら、洗うから、目開けて。あ、こら、閉じちゃ駄目だって。もしかして痛いの? 我慢して。もう、毒に魔力付与するかなあ……」



 …………泣きそう。ていうか泣いてる。

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