156 だいに
2人の黒歴史(?)を聞いてしまった。
なるほどなー、時々見かけるノワールの冷たい態度は素だったのか。あと、初日で先輩冒険者をブッ倒して周りにビビられたからすぐに外に出れた、と。そんな不愛想で喧嘩っ早いヤツ、とてもじゃないけど一般市民には扱えないもんね。そりゃ放逐しますわ。うんうん。ギルド職員さん、素晴らしい采配です。
今では立派な上級冒険者ですよ。
誰彼構わず殺しにかかる、狂犬ノワール。それを止める飼い主ブラン、ただし止めるだけで躾はしない。触らぬ神に祟りなし、と言わんばかりに遠巻きにされていた2人組はいろんな意味で有名だったらしい。凶暴だというのもあるけど、とにかく強い。めちゃくちゃ強い。たったの4年で上級冒険者になるぐらい強い。
ちなみに階級は10段階。下級3段階、中級3段階、上級3段階、特級1段階。4年で到達できるのは中級ぐらいだ。
そんな常識を軽々飛び越えている理由は、魔物を狩りまくっているから。たとえ愛想が無かろうが依頼を受けなかろうが、魔物を狩ること以上に国民を護る手段は無い。
……あと、つっけんどんな態度の青年2人組、というのが好きな方もいる、とか……?
そんな2人組に突然加わった少年。しかも驚くことに、あの狂犬が、あの飼い主が、それはそれは表情柔らかに会話をしている。笑っている。抱き着いている。
明日は槍でも降るのか――――!?
かと思えば、それは1日だけでなく、何度か繰り返され……実はみんな戸惑っている、と。そこまであの狂犬を懐柔できるだなんて、なんて凄腕調教師なんだ……! みたいな感じで僕はトレーナーと呼ばれているようだ。
ふーん……なるほどなあ…………。
そういったことを殺気振りまくノワールを物ともせずに語るバートさんから教えてもらい、あまりにも気分を害しすぎたブランとノワールも外で魔物探しをする気にならず、ふてくされたノワールを宥めるために1日を消費した。仕方ないね。
次の日、第二曜日は学校の日。朝一の授業を受けて、お昼を挟み、眠たくなる昼下がりにもうひとつ。それから少し時間を潰せばノワールが迎えに来てくれる。
あまりにも自由時間が多すぎて、暇……いや、図書室で勉強してるけどね。本当は学校付属の図書室ではなく王都の図書館まで行って本の虫になりたいところなんだけど、そのほんの少しの移動が……できない。
校内もしくは館内ならば、人目があるので比較的安全だと思う。だけど、街中となると……ちょっと路地裏に引き込まれでもすればそれで終わりだ。いろいろと身辺が不穏な身としては、わざわざそんな危険に身を投じる気にはなれない。
……というのは、学校に通い始めるまでに考えていたこと。
いざ行ってみれば……すぐに捕まった。エリーゼさんに。今年はいろいろと忙しいんじゃなかったのか。いくらなんでも情報を仕入れるのが速すぎやしないか。もしや待ち構えていたんじゃなかろうな。それぐらいの勢いでエリーゼさんに捕まった。
全力で抵抗しようかとも思ったけど、エリーゼさんの周囲には護衛がいるわけでもなく、取り巻きがいるわけでもなく、もちろん隠れてこちらの様子を窺っているわけでもなく、本当にエリーゼさん1人だけで僕の前に現れたので、仕方なく話に付き合うことにした。それに彼女は女性ですし。乱暴はいけません。
その時の話は……正直、よく分からなかった。
ずっと連絡がつかなくて、どこにいるのかも分からなくて心配した、というのは分かる。なんてったって隠れていたし、ごもっともである。ランカスター家に連絡したのか、屋敷に戻らずにどこで何をしているのか、どれほど心配されていたか……そういった話をされても、ちょっと困る。
なぜ僕がそんなことをしないといけないのか。確かに何回か会ったことはあるが、そこまで親密な関係じゃない。大袈裟にしているだけか、もしくは……僕が忍び込んだのがバレたか? しかし、証拠があるならば騎士団が動くだろう。遠回しに自白しろ、ということか? 内密に解決したいのだろうか。
何にせよ、エリーゼさんの話からはランカスター家の考えが読めない。とにかく、僕との再会を望んでいるらしい。だからといってほいほい敵の本拠地に行くほど今の僕は馬鹿じゃない。お断りします。
断ってるのに強引にも約束をこじつけられそうだったので、必死で拒否した。貴族相手にめちゃくちゃ失礼だし無礼者にも程があったけど、印象なんて悪くなればいい。今の僕にはブランとノワールがいるからね。貴族が何だ、2人がいれば僕に怖いものはないぞ! ふふん、頼る気満々だよ! 悪いか!
とはいえ、それで諦めてくれるエリーゼさんではなかった。僕が学校に来るのは週に2回あり、都合がつく限りエリーゼさんも学校に来て僕を説得しようとしている。図書室で黙々と勉強していると突然現れたエリーゼさんに連れ出され何時間も拘束される、というのを何度も経験した。迷惑だ。口に出しては言えないけど。
今日も今日とてその話だ。
「ねえ、クリス。今日こそデズモンド様と会われてはいかが? 子爵様は貴方が学校に通っていることをご存知だし、無理にでもお屋敷へ連れていくことだってできるの。それを貴方の意思を尊重して待ってくださっているのよ。早くお伺いするべきよ」
平民の生徒とは違い、いくらか手が加えられた制服を身に纏ったエリーゼさんが眉を顰めている。糸のほつれどころか皺の1つも見当たらない綺麗な制服を観察し、結い上げられた栗色の髪を眺め、いつもの言葉を返す。
「ごめん、もうランカスター家と関わるつもりは無いんだ」
波風立てず、穏やかに、互いに不平不満なく例の話を解決しようなどとは微塵も思っていない。そりゃ円満解決できるんだったらしたいけど、できるの? 今の僕にはその方法が思いつかないね。諦めてもいいよね? ていうか諦めました。
というわけで、もう僕は冒険者として生きるので、貴族などにはならないので、放っといてくれ。僕、もともと貴族じゃないし。ランカスター家の人間でも無いし。ただの平民、赤の他人。もう忘れてくれませんかね。
「どうして? あんなに毎日楽しそうに、嬉しそうに話してくれたじゃない。大変だけど、認めてもらいたいから、失われた時間を取り戻したいから、すごく頑張ってるって……」
またか。何の話だ。知らんがな。
「……どうしてそんな顔をするの。覚えているでしょう? 1ヵ月と半月ほどよ……子爵様とお過ごしになっていたじゃない。私とも3度ほどお茶をご一緒したじゃない。どうして、そんな目で……」
「誰かと勘違いしてるんじゃないかな。僕、その時期には別のことしてたし」
作り話にしても、もう少しまともなものを考えればいいのに……エリーゼさん曰く、僕は記憶を失ってランカスター家に保護され、貴族としての教養をそれはそれは熱心に学んでいたそうだ。まったく、面白くない冗談だ。
「そんなはずないわ。アルだって知ってるはずよ。聞けば私の言っていることが本当だって分かるわ……それよりも、どうかデズモンド様に会ってはくださらないかしら。貴方のことを本当に心配なさっているのよ」
「ごめんけど、何度言われても会わないよ。子爵様にもそう伝えてくれないかな。話はそれだけ? もう戻ってもいい?」
「待って! せめてこれだけでも! お願い、読んで!」
話を終わらせようと身体の向きを変えた僕の手に何かを握らされる。見れば、手触りの良い上質の紙に細かな模様で縁取られた封書だった。
「2日後、お返事をください。もう時間なので失礼いたします」
顔を上げた時にはエリーゼさんは既にその場を立ち去っていた。ぱたぱたと小走りに廊下を駆けていく背を見送り、図書室に戻る。
本が積まれたままの席に腰掛け、封を開ける。少々手間取りながらもピッチリと折り畳まれた便箋を開き、内容を確認する。
…………普段見慣れない、妙に堅っ苦しく遠回しで分かりにくい表現が多用されたお手紙は、ある程度予想できたものだった。
心配している。できれば会いたい。難しいなら手紙だけでも。待っている。
お手本のように綺麗な筆跡を眺め、内心で溜め息を吐く。めんどくさい。無視してやろうか。でも、少しは相手してあげないと、強硬手段に出てくるだろうか。攫われちゃったりするだろうか。いや、いくら貴族といえど、王立学校でそんな横暴はできない、はず、と思いたい、が……。
もう、ブランに相談しちゃおっかなあ。今までだってずっと1人で考えてたけど、良い案なんて浮かばないもんね。よし、そうしよう。