17 食べます
今話もよろしくお願いします。
休日はまだまだ終わらない。
結局、東広場へはレジーだけじゃなくてアルも一緒に行くことになって、報酬は昼食代として僕たち3人と、テッド、エド、ポールの3人で半分に分けた。
東広場へ向かう間、相変わらずレジーは機嫌の悪そうな顔をしていたけど、アルはそんなことなくて、さすが東、なんとなく上品だな、とか、あの人かわいいな、けど好みじゃない、とか、道行く人や大通り沿いの店を下品に評価しながら広場に着くと、僕たちにすぐ気付いたノワールが立ち上がって手を振り、その隣にはブランがベンチに腰かけていた。
森でしていた武装は解かれ、きっちりボタンを閉めたシャツに7分丈のジャケットとか、腕まくりしたシャツを第2ボタンまで開けてたりとか、髪色に合わせたような細身のパンツにブーツ、ってめちゃくちゃ大人っぽい格好をした2人の姿に近づいて、王都の東なんだしもっとちゃんとした格好をしてくればよかったかなあ、なんて思って急に恥ずかしくなった。
「よっしゃ!飯行くぞ!」
満面の笑みで開口一番飯行くぞ、だなんて、聞いてるこっちが恥ずかしくなるぐらいの元気っぷりに、ノワールってば残念な人だなあ、なんて思いながら、鞄からマントを取り出す。
「ごめんね、待った?あとノワール、マント貸してくれてありがとう」
「お?気にすんな!飯行くぞ!」
どうやら食うことしか頭にないらしくて、僕から受け取ったマントを小脇に抱えて、今にも走り出しそうなほどに浮き足立っていて、大人っぽくてかっこいい、なんて思ってしまった、僕の感動を返せ、と言いたくなる姿だった。
「待て、黙れ、じっとしてろ」
穏やかな声で物騒なことを言い放つブランに、へらへらしながらも従うノワールという、この光景だけで2人の関係性がよく分かるなあ、なんて思いながら2人を見ていたら、ブランが僕達の方に顔を向けて、微笑みながらレジーとアルに声をかけた。
「挨拶がまだだったね、俺はブラン、こっちの馬鹿がノワール。王都で冒険者をしてる。クリスの友達、だよ。いつもクリスと仲良くしてくれてありがとう」
友達、のところから僕に視線を向けて、より笑みを柔らかくしていて、とりあえず僕も笑い返していると、レジーが不愛想に名前だけ告げ、アルは名前の他に僕の隣の部屋であることや、僕とのエピソードなんかをぺらぺら喋っていた。
ブランは微笑みながら相槌を打っていたけど、ノワールは体を左右に揺らしながら、ブランの後ろでにこにこしてて、会話が途切れた一瞬を狙って飯行くか!って言うもんだから、移動しながら話すことになった。
それにしてもノワールが先導し、アルがブランにぺらぺら喋り、僕が補足をしたりツッコミを入れ、レジーが僕の隣で黙って警戒してる、っていう複雑な空気が流れる中の移動は、なんだかんだずっと喋っていたアルを尊敬してしまうような気まずさがあった。
僕達は肉料理の専門店にたどりついた。
夜はバーになるのだろうか、カウンター席に向かうようにして設けられた調理場の背後には、いろんな瓶やグラスが所狭しと並んでいて、入口近くには2人がけのテーブルが一定の間隔で並べられ、大人の男の人が多いかと思ったら、ぽつぽつと何組かカップルもいて、店内の雰囲気も良いし、量より質、な肉料理を出しているみたいだった。
店の奥へと案内され、衝立で間仕切りがされたスペースの1角で、6人がけの大きなテーブルに余裕をもって座り、渡されたメニュー表を見て思わず、ふわあ、と溜息のような声が漏れた。
イチ押しメニューなのだろう、どこの牧場でどれだけこだわって育てられたか、とか、有名なあの人も食べた、とか、口の上でとろける脂身の甘さが、とかめちゃくちゃベタ褒めな説明と、まるで本物のような肉の絵が描かれたページが続き、それからはランチメニューや一品料理、飲み物などが書かれていた。
またとない機会だし、めちゃくちゃ美味しいお肉を食べてみたい、とも思ったけど、めちゃくちゃ高いし、こんなことならベレフ師匠からお金をぶんどってくればよかったなあ、なんて考えてたら、好きなの頼んでいいよ、お金は心配しないで、なんて天啓に導かれて、すごくすごく悩んだけど、血を垂れ流したばかりだからレバーの葡萄酒煮にした。
ずっと眉間に皺を作ってたレジーも、メニュー表を見てからは警戒心が好奇心に負けたのか、いつもの調子を取り戻してきて、アルに満腹ランチを注文させようとしながら、ちゃっかり1番高い料理を頼んでいて、アルは少し遠慮したのか、でもそれなりにお高い、ローストビーフの盛り合わせを頼んでいた。
ちなみにノワールが頼みそうだなあ、と思った豪快なステーキを、ノワールだけじゃなくてブランも注文していて、顔に似合わず肉食なんだなあ、なんて思った。
注文してからしばらくすると、サラダやスープ、パンなんかが先に運ばれてきて、たったそれだけでさすがお高いだけあるなあ、なんて思ってしまう庶民派な僕は、メインの前だというのにその美味しさに驚いて、あっという間に食べてしまい、給仕のお姉さんに、温かい目とパンのおかわりをもらってしまった。
なかなかの食べっぷりだ、惚れ惚れしちまうな、なんてレジーに笑われたけど、パンはいくらでもおかわりしていいよ、ってお姉さんが教えてくれたんだから、遠慮せずに食べればいいのになあ、なんて思いながら、テーブルの中央に置かれた籠に盛られたパンへと手を伸ばした。
ちょうどその時、お姉さんがメイン料理を運んできてくれて、レジーの料理は、脂身がたくさん入った蠱惑的な、禁断の果実とはこのことだったのか、と強い衝撃を受けざるをえないような、桃色の肉を分厚く切りとり、表面を軽く焼いたものを熱した鉄板に乗せていて、じゅわああ、という音と香ばしい匂いだけでも、そこに天国がある、ということを食べなくても分かってしまう、唯一無二の美が鎮座していた。
アルの料理は、レジーのような派手さは無いけど、外側の茶色と内側の赤色というコントラストの映えるローストビーフを、綺麗に盛りつけてつくった3つの肉の山に、牛であったり部位であったりと異なる特徴を持つ肉毎に異なるソースがかけられた様は、何者も受け入れない極寒の地でありながら、熱い血潮を内に滾らせた難攻不落の山であり、決死の覚悟で登りきったとき、その頂から見えるこの世界の一瞬の煌めきを切り取ったかのような、神秘的な光景だった。
僕の料理は、肝臓だし2人には劣るだろうなあ、なんて思っていたら、まるで火を通す前のような艶やかな輝きに、今にもぷるぷると震えだしそうな柔らかさが、触れずとも分かってしまう、未知の世界がそこに広がっていて、葡萄酒の強すぎない香りが、肝臓の独特の臭いとすっかり入れ替わり、それに追随するかのように、僕の中の常識が崩れさるための準備運動を始めてしまう、夢幻へと手招く甘い誘惑がそこにいた。
ブランとノワールの料理は、質よりも量を求めてちょっぴり残念なのかなあ、なんて思っていたら、レジナルドには劣るものの、脂身をこれでもかと詰め込んだばかりに、次から次へと溢れ出す脂でちかちかと眩しく輝く肉の大陸が、熱された鉄板の上で嬌声を上げながら、急激な地殻変動を起こし、まさにたった今ここで世界を創造せんとする神の御業、神話の始まりが再現されようとしていた。
ということを、何を思ったか給仕のお姉さんが熱く語り出すから、給仕じゃなくて語り部とか吟遊詩人とかが向いてるんじゃないかなあ、と思いつつ、肉がとっても好きなんだなあ、って思った。
もちろん、料理はすっごく美味しかった。
ありがとうございました。
肉の喩えが分からない問題。