153 いっしゅうかん
僕の1週間を発表しよう。
平日初日の第一曜日、ブランとノワールとギルドの依頼を受ける。早朝受諾、日中達成・報告、日没帰宅、そんな感じに過ごす。
第二曜日、学校で授業を受ける。午前も午後も授業があるので1日中学校にいる。宿に戻るのは夕方になるけど、いつもノワールが迎えに来てくれる。過保護。
第三曜日、ブランとノワールと共にギルドへ。一曜と特に変わらず。
第四曜日、学校で授業を受ける。二曜と違って午後だけなので、朝はゆっくりと過ごせる。授業が終わるのは早いんだけど、ノワールが迎えに来るまで図書館で待ってる。過保護。
第五曜日、ギルド。
週末始まる第六曜日、研究所でベレフ師匠と修行。王都の外で魔法の実践を中心に、厳しく指導される。
第七曜日、この日も修行。情け容赦ない模擬戦が繰り返される。辛い。
……平日より、週末の方が疲れる。逆だよね、普通。
最近の王都はちょっとだけ物騒だ。魔物の目撃情報が多い。いつの日か世間を賑わせ、あまりの無害さに誰も興味を持たなくなった『黒い影』もよく目撃されている。
不安の高まりと共に護衛や討伐の依頼が増え、王都の冒険者達は引っ張りだこだ。条件の良い依頼、いわゆる美味しい依頼はすぐに無くなるから、早朝の受諾競争に負けまいと誰もが朝早く起き、依頼が掲示板に張り出されるのを今か今かと待っている。
ブランとノワールもその中に含まれているかというと、そんなことは無かった。ノワールが朝に弱く、しかも起きるまで僕をがっしりと掴んで離さないからだ。
初めはノワールに捕まらないように、別々のベッドで寝るように逃げていたんだけど……もう、諦めた。夜は別々でも、朝になればいつの間にか捕まってる。ノワールからは逃げられない。最終手段、ブランのベッドに潜り込む作戦も失敗した。潜り込むだけじゃなくてブランにしがみついていれば、と提案したけど、2人とも嫌そうな顔をしたからやめた。
だったらブランだけでもギルドへ行って依頼を受けてほしい、と告げたんだけど……そこまでして美味しい依頼を受けたいわけでもないらしい。僕の解放を優先してくれる。ブランがノワールを容赦なく起こしにかかるのを見ていると、朝からそんな重労働をする方が他の案よりも良いのだろうかと少し複雑な気分だ。
そうして3人でギルドへ向かえば、そこには出遅れた冒険者達と、微妙な条件の、不味い依頼しか残っていない。つまり、難易度も報酬額も低いとか、報酬額が難易度に釣り合ってないとか、依頼者の評判が悪いとか、時間と手間ばかりかかって面倒だとか……そういう依頼だ。
そういう時は……まあ、いつもそんな感じなんだけど……僕達は依頼を受けずに王都の外へと向かう。
なぜ冒険者ギルドが存在するのか。それを分かっていれば、この行動は何も不思議なことは無い。
ギルドは、同業者による互助組織だ。文字通り、構成員同士、互いを助け合うための組織。それは人の仲介であったり、仕事の斡旋であったり、情報提供であったり、教育であったり、訓練であったり、生活を保障する制度であったり……そして、その機会と場を設けている。
ギルドの種類は多岐にわたる。同業者、もっと言えば同志がいれば作れるからだ。もちろん構成員が多いに越したことはないが、組織の規模は支援内容がどれだけ充実し、どれだけ機能するかに大きく関わるだけだ。目的の達成が組織の大規模化と同等になるとは限らない。
王都にあるのは、冒険者ギルドと、商人ギルドと、職人ギルド。うち、冒険者ギルドは民営、残り2つは国営だ。
おそらく、これは各国、各都市で異なるだろう。農業者や漁業者で組織することもあれば、職人の中でも服飾品、食品、家具、土木、本、食器等、さらに細かく組織を作ることもあるはずだ。これが国営か民営かというのも、その都市の特徴を知る手がかりとなる。
では王国は、王都はどうなのか。ギルドの成り立ちを、王都の成り立ちを振り返れば、それを理解することは難くない。
王都は食糧の生産に適した土地ではない。北に広がる山脈を中心に、王国が抱える魔物の数は他国の比にならない。辺境の農村漁村ならばともかく、山脈のお膝元にある王都はこの大陸の中で最も危険な地帯だ。そんな地域で呑気に野菜や家畜を育てられるはずがない。土台無理な話だ。
そんな王都が王国の首都として栄えられているのは不思議な話だが……ある意味、単純だ。危険地帯を支配できた者こそが最強であり、君主足り得る。食糧を貯え、人を養い、武器を作り出した人間は躍起になって山脈周辺地域の支配へと乗り出した。
初めはそれこそ競争だったのだろう。互いの足を引っ張り、魔物を襲い、襲われ、殺し、殺される。しかし、人が集まっていつまでも険悪な空気を漂わせるのは難しい。どこかの集団で始まった交流が、対話が、宴が、いつしか1つの戦闘集団へと纏まっていくのは自然な流れだった。
そうして、何もない平野に、人が集まった。次に、物資が集まった。次第に、町ができた。
何も生み出せていないというのに、人や物が集まり、消費するだけの土地が栄えていった。
そこで何が重要となるか。足並みの揃わない者達を纏める法制度はもちろんだろう。しかし、何より皆が生活していかなければならない。何の不安の無く眠り、食べ、働かなければならない。
つまり、経済活動だ。集まった人や物を回し、売り、買い、消費する。それを支えるのは誰か。運搬し、仕入れ、加工し、販売する者達だ。つまり、商人と職人。
初めに集まったのは戦闘を得意とする者だけだった。そんな彼等の足元を見つつも支援した商人や職人達は、秘境を目指す豪胆な彼等に快く受け入れられた。きっと商人達はぼろ儲けしたことだろう。それを知ってか知らずか、武人達は生活を支えてくれる商人達を喜んで護った。
そして、武人達は多くの魔物を狩った。その骨や皮、爪や牙は富を呼び寄せた。職人達は魔物の素材から武器を、防具を、衣服を、装飾品を、家具を作り上げた。商人達は加工品を各地へ運び、売り、外貨とさらなる物資と人を集めて帰ってきた。
これは現在の王都の在り方に繋がっている。商人や職人は予てから王都を支え、発展させ続けてきた。安価な必需品から、高価な嗜好品まで。日常生活から、冠婚葬祭から、公式行事まで。外から集めた豊富な人と物資と資金を巡らせ、ただの平野だった土地を最も華やかで洗練された文化都市へと育て上げた。
だからこそ、商人達を護る集団はギルドとなった。国が先導して組織としての体制を整えた。
しかし、それは歪んだ国家構造へと繋がった。商人や職人は多くの資金を手に入れた。安全な地位を手に入れた。そして、政治へと口を出せるほどの権力を手に入れた。武人に護られていた商人達は、恩を忘れ、彼等を蔑ろにした。協力関係は支配関係となった。商人達は私利私欲に突き動かされた。
豪胆な武人達と言えど、そこまでされては気に入らない。だからこそ、彼等も対抗すべく手を結んだ。商人達、上流階級の者達から己を守るために。己の家族を、友人を、恋人を守るために。国民を護るために。
とんだイカレ野郎だ。ギルド結成を謳った1人は口にした。こんな危ねえ橋を渡るかよ。それほど商人達は力を得ていた。先祖のジジイが聞いたら喜びそうだ。それほど危険な行動だった。
まさかまた冒険が始まるなんてな。よお、新時代の冒険者さんよ、今度の宝は何だってんだ。そんなの決まってる。次は――――俺等の生活を手に入れるぞ。そうして、商人ギルドと職人ギルドに対抗するように、下流階級の者達を護るために結成されたのが冒険者ギルドだ。
……各ギルドの結成当初と今では状況も熱意も違うけど、共に生きる――冒険者ギルドの結成理念として掲げられているこの言葉が、その結成に至る話も含め、僕は好きだ。この理念は、ギルド員の階級が依頼の達成数や獲得報酬金額だけで決まらないところや、ギルドの紋章が王家の象徴である翼に対抗するように蝶の羽根を模した上下の無い楕円形であるところにも表れている。
冒険者ギルドは国民のためにある。国民と共に生きるためにある。国民のために生きるのは、何も依頼を達成するだけとは限らない。素行が悪ければ、国民を害していれば、それだけ評価が下がる。慈善活動をしていれば、国民を助けていれば、それだけ評価が上がる。
あとは、業績ではなく、人となりというか、外見というか……その、カッコイイ冒険者は、評価が上がりやすい。特定の冒険者を応援する集団なんかもある……らしい。
評判を気にする人も気にしない人もいるから、冒険者が必ずしも一般人に優しい人ばかりとは限らないけど……まあ、そういう側面もある、ということで……。
とにかく、何が言いたいかというと、依頼を達成する以外でも評価を上げたり金を稼ぐ方法がある、ということだ。それらはギルドの本来の目的ではないが、動機付けとして重要だ。実際、評判や金が目的の人もいるだろう。
そうだとしても、冒険者ギルドは国民のためにある。そのための制度なんだし、何の問題も無い。
僕達が依頼を受けていないのにも関わらず外へと出るのも、そういうことだ。依頼を受けずとも、やることはいくらでもある。ブランとノワールは主に魔物狩りをしてきたらしい。というか、魔物狩り以外はほとんどしていないらしい。2人に倣って僕も外で魔物を探している。
……ブランはともかく、ノワールは魔物を狩る以外にやる気がないみたいで、怪我をしたり遭難している人を見つけても無視するのが今の悩みだ。
そんなんじゃ、評判悪くなっちゃうよ……。