148 しまった
ウサギ狩りに行こーうよ!
ウサギは何度も狩ったことがある。まだ王都に来る前、師匠とあの小屋で過ごしていた時には食用にたくさん捕まえた。同じようにやれば10羽程度すぐに捕まえられるだろう。毛皮用であることは多少気にする必要があるかもしれないけど……難しいことではない。
かつての感覚を思い出しながら森に入る。ブランは僕の後を音も無くついてきている。草を踏みしめる音が森に響く。この音に気付いたウサギは警戒を始め、一定の距離にまで近づけば一気に跳ねて逃げ出す。逃げる前に見つけれたら狙いを定められて楽だ。逃げられてから捕まえるのは面倒だ。でも、今の僕ならどうにかできそうな気もする……。
耳を澄ます。視界の端の端まで意識を向ける。もちろん、補助魔法で強化済みだ。ブランに僕の実力を見せるためにやっているのだから手を抜くはずがない。ちゃんと見せたい。見てほしい。認めてもらいたい。
僅かな物音を耳が捉える。鳥かウサギか、僕ら以外の何かが警戒して身体に力を込めたのだろう。その僅かな動きが草を揺らした。葉擦れの音は続かない。
立ち止まって周囲を見渡す。ブランは思ったよりも後方にいた。邪魔にならないように、だろうか。続けてウサギを探そうと音を立てないように身体の向きを変えたつもりが、踏んでいた小枝がぱきりと音を立てた。
しばらく視線を泳がせ、ようやくウサギを見つけた。茶色い塊から飛び出た耳が僕の動向を探ろうとこちらに向けられている。目が合った。
警戒しているだけで逃げようとしないのをいいことに、落ち着いて魔法の用意をする。肉が欲しければ手段を問わずさっさと殺すに限るけど、毛皮が欲しければ傷つけずに捕まえないといけない。
なら、急所を狙って一発で絶命させるか。それとも気絶させるべきか。それとも罠とかで捕まえるか。どれにしても最初の一撃が肝心だけど……まずは動きを封じて、とどめを後から刺そうかな。その方が外傷も少ないだろうし。頭の中では迷いながらも、手元では既に風魔法が発動していた。
風の塊を圧縮させる。弾け飛ぼうとする風を押さえつける。その力を解放する方向を定める。ウサギの……頭部。細く、鋭く、確実に意識を奪う一撃へと練り上げる。
念のため、人差し指を向ける。目標をしっかりと指し示すのは、ただの気休めだとしてもだいぶ効果がある。魔法使いが杖やナイフといった武器を持つのも、護身具としてだけでなく命中率を上げる意味もある。僕も、剣、持ってたんだけどなあ……。
風魔法を解放する。直後、ウサギの頭が弾け飛んだ。遅れて鈍い風切り音が森中に響き渡る。
「あっ」
やりすぎた。失敗だ。森が騒ぎだす。どうやら付近の小動物が一斉に逃げ出したようだ。
ひどい。大失敗だ。
首から先の無いウサギを指差したまま呆然と立ち尽くす僕の肩が優しく叩かれた。恥ずかしいやら悲しいやら面白いやらで複雑に入り乱れた感情のまま腕を下ろし俯く僕に対し、ブランは無言で側に立ち、僕が立ち直るのを待ってくれた。
ウサギが跳ねる。しかし、少しも移動することなくその場に着地し、暴れ出す。あちこちへと飛び跳ねながらぐるぐる回るウサギの首を掴み、へし折る。ごきゅり、という嫌な感触。四肢がだらりと垂れる。あらぬ方向を見つめたままの黒い瞳から目を逸らし、脚に括られた草を解く。
「あともう少しだね」
柔らかい笑顔を浮かべて手を差し出すブランに頷き返しながらウサギを手渡す。肩にかけた籠へとウサギが放り込まれるのを目で追う。ブランは時々僕に声をかけるぐらいで、黙々と荷物持ちに勤しんでいる。
最初に1羽を爆発させた時は絶対に何か言われると思ったけど、僕が立ち直ったのを確認したら何事も無かったかのように狩りが再開された。ちなみに爆発したウサギはブランがすぐに燃やした。
暴力的な風魔法のせいで近辺からあらゆる小動物が逃げ出し、それから2羽目を見つけるのに時間がかかってしまった。だけど、風魔法で気絶させる作戦から木魔法で捕まえる作戦に変えたことで無事捕まえることができたし、同様の方法で順調に捕まえ続けている。
ブランは僕の狩りを邪魔せず、かといって手伝うこともなく、ひたすら観察しているようだった。残りの羽数を教えてくれたり、体調を気遣ってくれたり、その程度の声かけがある程度。あとは黙々と森を歩いてウサギを捕まえる僕の後を静かに追うだけだ。
なんか……ちょっと……いや、別にいいんだけど、うん、まあ、その、もう少し、会話あるかなーと思ってたから、この、無言の時間が……は、はははは…………。
警戒を続けながらも草を食むウサギの背後から低木の枝を静かに伸ばす。枝を曲げ、輪を作る。しならせ、ウサギの脚を狙う。ウサギは右手を伸ばしたままの僕を警戒したままだ。背後の仕掛けに気づいていない。
しならせた枝を放つ。ウサギが瞬時に反応して脚で地面を蹴り上げる。伸びた脚に目掛けて枝が振るわれる。輪が、脚に、通った! すぐに締め上げる。ウサギが宙で留まり、地面に落ちる。脚に括られた枝から逃れようと跳ね回る。
逃げられないように木魔法を維持しつつ、ウサギに駆け寄って首を抑え込む。両手で握り、首の、骨を、外して、折る。ごきゅり。生気が失われていく身体を持ち上げ、すぐ後ろに立っていたブランへ渡す。我ながら惚れ惚れする手練である。
「よし、これで終わりだね。おつかれ、クリス」
「うん、おつかれ」
ブランが肩にかけた籠を担ぎ直し、一方向へと身体を向けて歩き出す。目印も何も無いし、少し奥の方まで入っちゃったし、まずかったかな……と焦っていたけど、どうやら杞憂だったようだ。ブランの迷いの無い足取りに安心してついていく。
「さて、見てていろいろ思ったことがあるんだけど、いつ話そうか。帰りながらでもいいんだけど、ギルドに報告し終わってからでもいいよ? 俺はどっちでも構わないから」
ブランの笑顔が僕へと突き刺さる。どっちでも好きな方を選べ、とのことだろう。好きな方……つまり、今すぐ死にたいか、後で死にたいか、ということだろうか。そう考えてしまうほど、ブランの笑顔が怖い。何故だろう。いつもと同じはずなのに。
ふ、といつの日かの光景が頭を過ぎる。ああ、そうか、この笑顔に、この話し方。僕は以前にもこれを経験したことがある。あの日、僕は……説教をされたんだ。
気づけば森の中で立ち止まり、笑顔のブランと見つめ合っていた。この場にノワールはいない。あの日は僕より先に犠牲になってくれたノワールがいない。急に心細くなってきた。やっぱり今日はずっとノワールの側にいてあげるべきだった。そんな後悔が頭を掠める。
「帰りながら、で、お願いします……」
「ん、分かった」
再び歩き出したブランの背を、重い足取りで追いかけた。