147 あらら
ブラン、ノワール、おかえり!
お願いした通り、僕はブランとノワールと同じ宿に泊まらせてもらえることになった。ちなみに3人部屋なので同じ部屋で一緒に過ごしている。しかも当たり前のように宿泊費を払ってくれている。
せめて3分の1だけでも払おうと思ったのに、パーティーでの必要経費は個々の所持金とは別に払っているから、と却下された。ブランとノワールも、パーティーの経費とは別に、各自で自由にお金の管理をしているとのことで、新参者の僕は従うしかなかった。それにお小遣いが節約できるのは、正直、嬉しい。
しかし、他のお願いはまだ実行に移せない。なぜなら僕はまだ14歳で、3年生だからだ。つまるところその時期ではないのだ。あと10日ほど、何もせずに待つしかない。それまで特にすることがない。お留守番という名のお荷物だ。つらい。
と、思っていたけど、ブランとノワールが僕を置いて外出することはなかった。というか、ノワールが僕から離れようとしなかった。ありがたいような、迷惑なような……でも、バートさんから1人にならないように言われていたし、それを守ることができて安心した。
そんな、1周回って不安になるほどのべったりノワールと、それに呆れるブランに挟まれ、久しぶりにぶらぶらだらだらと王都を過ごした。
「へくちっ」
わあ、可愛いクシャミだ、意外。
「うう……ざぶい……」
可哀そうなノワール。声はガラガラだし、鼻はグズグズだし、僕を見上げる目が潤んでいる。熱があるのかもしれない。可哀そうに。季節の変わり目だから仕方ないね。体調崩しやすいもんね。
「自業自得だ。寝てろ。動くな。反省しろ」
わあ、ブラン怖い。あの優しい微笑みはどこに消えたのか、温度を感じさせない視線がベッドで丸まるノワールへと突き刺さっている。病人なんだし優しくしてもいいんじゃないかな。
「くりすぅ……」
「仕方ないよ。しっかり休んで、早く治してね」
伸ばされた手を掴む。やっぱり熱い気がする。これは動けないだろうなあ。怠いだろうに、無理して手を伸ばさなくていいよ。掴んだ手をベッドに置く。手を離せば、力なく握り返していた手からすんなりと解放された。重症だ。ただの風邪だけど。
ちなみに、風邪は回復魔法で治る。もちろん、僕もブランもノワールも使えるから、今すぐ治してあげられる。でも、ブランがこれは罰だって言って治そうとしないから、僕もそれに従って治さないでいる。
じゃあノワールが自力で治せばいいんじゃない、って話だけど、風邪を始めとする諸々の体調不良は魔法使いには大敵だ。魔法を使うには集中力が求められるというのに、熱があれば頭はぼんやりするし、痛みがあれば意識を掻き乱される。そんな状態で魔法なんて使えない。使いたくない。回復魔法なんてもってのほかだ。
つまり、今のノワールは……魔法を使えない、ただの病人だ。
「じゃあね、ノワール。無理しちゃダメだよ」
熱とは別の原因で潤んでいるような瞳に後ろ髪を引かれつつ、ブランと部屋を出た。扉を閉じる直前にノワールの顔を見てしまい、罪悪感がじわじわと湧き上がる。なるべく早く戻るよ……そう心の中で呟き、廊下で僕を待っていたブランへと向き直った。
……今日から新年度。僕は15歳になった。
早朝のギルドで大量の依頼が貼り付けられた掲示板をブランと並んで見上げる。毎日毎日新たな依頼が舞い込むのもすごいよなあ、なんて思いながら内容を丁寧に確認していく。
報酬とか期限とか難易度とかで分けて掲示してくれるような親切さは無い。受付の職員に聞けば実績相応の依頼を紹介してくれるんだろうけど、登録したばかりの僕に紹介されるのは危険性の無い、安全なものばかりになるだろう。
1人ならそういう依頼を受けてもいい。でも、ブランがいる。ブランに掃除とかお使いを手伝ってもらうなんて、土下座してもし足りないぐらいに申し訳ない。
ブランとノワールもそういった依頼は受けたことが無いらしく、初日から外に出たらしい。できるなら僕もそうしたいけど……できるのだろうか。職員さんにゴネれば受けさせてもらえ……ないよなあ。僕、実績無いし。2人はどうやってこの難関を乗り越えたんだろう。
「……ちょっと、いろいろあって、ね……」
僕から目を逸らし、歯切れ悪く答えたブランからは『いろいろ』について聞き出せなかった。ブランは口が堅い。あと頑固。言わないと決めたら絶対に言わない。仕方ないから僕も諦めた。後でノワールに聞く。
「これとかどう?」
ブランが掲示板から依頼書を引き寄せる。内容は……狩りだ。毛皮用の野ウサギ10羽、状態の良いものに限る……つまり、損傷や汚れが無いように、最低限の攻撃で仕留めなければならない。僕の実力を測るためだけあって、単純ながら難しそうだ。
「うん、これにする」
依頼書を持って受付に並ぶ。受託ラッシュで長蛇の列ができていたけど、職員さんの神がかった客さばきですぐに順番が来た。
「これ、2人で」
ブランが依頼書と一緒に2人分のギルドカードを出す。僕が桃色でブランが黄色。カードの色は階級を表し、桃色は最下級で黄色は上級だ。色は報酬金額や依頼者からの評価、素行、治安維持への貢献度等から算出された点数の累計で変わる……ギルド員登録をした時の説明を思い返し、ブランの色を見て、いろいろ納得する。羽振りが良いとは思ってた。そりゃそうだよね。
本当なら僕が登録するのに合わせ、3人で新たにパーティー登録をしてパーティー用のカードを貰うはずだったらしい。しかし、誰かさんが寝込んでいるせいでできない。とりあえず今日は2人で協同受託することにした。
職員さんが事務的に返答しつつ、書類を手に取る。僕とブランのカードを見て、一瞬の沈黙の後に顔を上げた。視線はブランに向いている。
「彼は……ポーターですか」
「違う。バディだ。ね、クリス」
……運び屋ではなく、相棒、か。ブランの手が肩に触れ、引き寄せられる。硬い上着に頭が触れる。見上げればいつもの柔らかい笑顔があった。ここは合わせとこうかな。ブランなら悪いようにはしないはずだし。適当に笑って職員さんを見てみれば、眉間に皺が寄っていた。あらら。
「しかし……」
「何か問題でも?」
「……いえ、失礼しました」
そこからは速かった。流れるようにさらさらと依頼書に必要事項を書き込み、ギルドの紋章が描かれた印章を押し、切り取り、貼り付け、書き込み、折り畳み、封筒に入れ、封蝋をし……それを渡され、事務的に受託準備完了の意を告げられた。追い出されるように受付前から離れる。速すぎて職員さんが途中から何をしていたのかよく分からなかった。
「それじゃ、依頼主のところに行こう」
ブランに手を引かれる。これは子供扱いではない、ギルドが混雑してるから、しかもガタイのいい人ばかりだから、はぐれないように、だ。そうに違いない……先導するブランの背を見つめ、何かを訴える心を静め、しっかりと後を追った。
……周囲からの意味深な視線にザワつく心も静め、ブランの後を歩いた。