episode 25 : Ted
楽しくない。
俺ね、レジのこと、心配してんの。
レジって、すっごい頼られんの。
年上ってのもあるだろうけど、やっぱり優しいんだよね。
いつも外で戦ってるとは思えない優しさ。
それに、頭も良いんだと思う。
勉強してないからそういうふうに思われてないけどね。
でも、いろいろ先導してくれる。
いろいろ考えてくれる。
いろいろやってくれる。
いろいろ、助けてくれる。
迷ってるところ、あまり見せない。
けど、絶対に大変だよね。
すっごい負担になってると思うんだ。
だから、俺、レジの負担を軽くしてあげたい。
そう思ってた。
学校の授業とか、試験だってそう。
レジは授業に出ない。
だから、俺も出ない。
みんなでやれば怖くない、ってね。
それで、試験勉強、というか試験対策に全力出してる。
だから、俺も全力を出す。
必要なのは、速く、静かに、確実に、目的のモノを見つけ出すこと。
今でこそ毎期末に教師との試験問題を巡る攻防が繰り広げられるけど、レジは入学直後から試験問題を奪うことを考えていた。
で、それを俺によく話していた。
そん時の言葉ね。
音を立てずに忍び込み、証拠を残さず、さっさと盗み出す。
俺に話してくれたってことは、俺が必要だってことでしょ?
まあ、ポールとクリスとエドには話せないよね。
アルは堂々と赤点取ってるし。
当然の人選かなー、とも思うけど、頼られたからには頑張るしかないよね。
それで気配を消すための移動法とか呼吸法とか、いろいろ試してみちゃうよね。
実践の場はいくらでもあるし。
試す相手は事欠かないし。
職員室に忍び込む練習だって繰り返したよ。
机の配置とか、防犯魔道具の配置とか、いろいろ把握してないと大変だからね。
……把握できたかどうかは別だけど。
ギルドの依頼だってそう。
レジはパーティーに入っていない。
入った方がいろいろ楽だし便利だけど、入るつもりは無いらしい。
もちろん、作る気も無い。
つまり、1人でやるか、一時的に組んで共同でやるか、その2つしかない。
だから、俺が手伝う。
いろいろやってきたなあ。
狩りだったり、採集だったり、護衛だったり、パシリだったり。
2人ってだけで、だいぶ楽だからね。
我ながらだいぶ役立ったと思うよ。
いっつもお礼言ってくれてるし!
もう数年の付き合いだし、俺、必要不可欠なんじゃない?
自分で言うのもなんだけど、レジが考えてること、結構分かるんだよね。
立ち位置、攻撃、防御、撤退、踏み出すタイミング。
使う道具、買い替え、荷造り、それらの分担。
最低限の確認だけでぜーんぶばっちり合わせられるよ。
長く一緒にいたからこその技術だよね。
何度も何度も教えてもらった。
何度も何度も隣で見てきた。
それだけ繰り返していれば、レジが考えてることぐらい、分かるよ。
……実行できるかどうかは別だけど。
そんな日々の積み重ねの結果!
俺、レジに頼られてる!
信頼されてるよ!
そりゃそうだよね!
俺だけだもん!
俺意外にレジの隣に相応しいヤツなんでいないもん!
レジを一番理解しているのは俺だ。
俺を一番理解しているのはレジだ。
そうだろ?
なのに。
ほんと、気に入らない。
最初はアルだった。
レジの近くをうろつきやがる。
邪魔をしやがる。
試験も、依頼も、何もかも。
俺だけが隣にいれば、もっと上手くいくのに。
お前がいるせいで、手間が増える。
失敗しそうになる。
時間がかかる。
レジは何も言わない。
優しいから、何も言えない。
だから、俺が言う。
レジの代わりに言ってやった。
足手まといであることを教えてやった。
だから、アルは離れていった。
次は知らない冒険者だった。
男4人組。
いつの間にかレジと知り合いになっていた。
俺の知らない間に。
その4人組の方が年上で、しかもレジと無理に共同で依頼を受けようとしてきた。
レジは断り切れず、受けてしまった。
レジは、4人組に愛想笑いを浮かべてた。
何を言われてもいい返事しかしてなかった。
簡単な依頼を、だらだらと、無駄に話して。
その後酒場で、遅くまで、飲み食いして。
俺だけが隣にいれば、もっと、上手くいくのに。
レジは何も言わない。
だから、俺が、伝える。
レジの不満を、俺が代わりに伝えてやった。
嫌々付き合ってることを、視線で伝えてやった。
だから、4人組は離れていった。
そして、クリス。
いきなり擦り寄ってきた。
やっとみんな消えたと思ったのに。
どうして今更戻ってきた。
馴れ馴れしい。
居場所は消したはずだったのに。
どうして、レジは、受け入れる。
邪魔なのに。
足手まといなのに。
無駄に気疲れするのに!
いらないじゃないか。
断ればいいじゃないか。
俺だけでいいじゃないか。
どうして他のヤツを拒まないんだ。
何か理由があるのか。
もしかして。
もしかして、もしかして、もしかして!
俺を……。
捨てる、のか?
嫌だ。
捨てられたくない。
取られたくない。
でも、分からない。
これ以上、何ができれば見捨てられない?
どうすれば、レジの気持ちを取り戻せる?
レジがいなくなったら、俺はどうすればいい?
俺にはレジしかいないのに。
レジにも俺しかいないんじゃなかったのか。
レジには俺さえいればいいんじゃないのか。
そう思ってたのに。
このままじゃ、捨てられる。
レジの隣に、クリスが立つ。
クリスの方が俺よりいいのか?
そうなのか?
俺を捨ててまで、クリスを隣に置きたいのか?
俺よりも、クリスの方が、優秀、だから……?
だから、捨てるのか?
捨てられる可能性に気づいてから、生きた心地がしなかった。
平静を装うのに必死だった。
部屋で1人になると、やりようのない感情に襲われる。
必死に声を噛み殺した。
必死に腕を押さえた。
頭の中がぐっちゃぐちゃだった。
クリスよりも役立つことを証明しないといけない。
クリスよりも優秀にならないといけない。
つまり、もっと勉強しないといけない?
つまり、もっと魔法が使えないといけない?
つまり、もっと賢くならないといけない?
つまり、もっと強くならないといけない?
どうやって?
これ以上、どうやって?
今だって、ずっと頑張ってきた結果なのに。
ひたすらレジの穴を埋めるように、レジの助けになるように、レジに合わせてきたのに。
万能にならないといけない?
何でもそつなくこなせるようにならないといけない?
そんなの…………無理、じゃん。
無理、だから、今の俺があるのに。
それを、否定、されたら。
俺は、どうすればいいんだ。
どうにかしないといけないのに。
クリスに、奪われないようにしないといけない、のに。
そんな状態だから、ミスが増える。
レジの呆れ顔が、増える。
それが、余計に怖かった。
いつも通りの俺はどうだっただろうか。
いつも通りに振舞うべきなのか。
このままだと、奪われる。
だったら、このままじゃいけない。
じゃあ、どうなればいいんだ。
分からない。
分からない。
このままじゃ、いけない。
どうにかしないと。
ミスが増える。
頭が働かない。
足手まといになる。
役立てなくなる。
レジに捨てられる。
早く、どうにかしないと。
早く、早く、早く……!
崖の上でふと思いついたその考えは、魅力的だった。
クリスを殺せばいい。
それに、今なら、殺せる。
底の見えない、この谷に突き落とせば。
誰も見ていない。
俺しか知らない。
これなら。
殺れる。
それで突き落としたのは、悪いことだったのか?
分からない。
でも、レジが俺を見ている。
達成感のような虚無感に囚われる俺を見てくれる。
レジの気持ちを取り戻せた。
きっと、これで、見捨てられない。
ああ、よかった。
本当に、よかった。
よかった、のに。
なんで帰ってくる。
案の定!
レジはすぐにアイツの元へ行った!
アイツのことを第一に考えた!
俺よりも、アイツが優先された!
嫌だ!
嫌なのに!
殺したい!
消し去りたい!
灰にしてやる!
骨の一欠けらも、血の一滴も、何も残さず燃やし尽くす!
何度失敗しても!
絶対に、殺してやる……!
俺は、レジのために、生きるんだ……!!