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139 やだな~!

 あけましておめでとう。





 ブランとノワールは年末年始の7日間を僕と過ごし、帝国へと戻った。その間は2人が借りていた部屋で過ごしていたので寝場所に困らなかったけど、これからは自分で用意しないといけない。


 さて、どうしようかなあ……これから諜報活動のようなことをする必要は無いし……何か考えるとするなら、どうやって貴族と教会の張っている網を潜り抜けるか、かな。こんなところで捕まるわけにはいかないからね。


 安心できたのは、ランカスター家と教会の繋がりがあまり無い、ということだ。ランカスター家は伝統貴族のくせして、教会への寄進はほとんどしていない。過去の婚姻関係や手紙のやりとりで他家との交流を洗い出してみたけど、教会との結びつきが強い貴族との繋がりも薄い。


 これは教会の寄進帳も確認したので間違いない。もう一家か二家ぐらい調べてみたら王国貴族の勢力分布が分かりそうな気がするけど、そんなこと僕には関係無いし興味も無いのでやらない。勝手に争っててください。


 つまり、対立関係とまではいかなくても、協力関係になることのない二者に狙われているとなれば……いざという時に一方を盾に逃げることもできる。する気はないけど。


 なぜならば、ランカスター家は腐っても貴族だからだ。金庫に複数の魔道具が保管されている。正確な個数や用途は分からなかったけど、強引な手を使う可能性が高い。接触は可能な限り避けないといけないし、いざという時のための回避、逃走の手筈も綿密に練る必要があるだろう。


 最初からそうじゃないかと思ってはいたけど、僕はランカスター家の子じゃないし、当然の準備だよねえ。あー、やだやだ。


 ……このことは、孤児院に保管されていた、捨てられていた僕と一緒にあったという例の手紙や孤児院の業務日誌からも確認できた。それらによると、僕の両親は既に死去しているとのことだ。使用人が僕をあの孤児院まで送り届けてくれたらしい。なんか、いろいろ事情がありそうだけど、興味は無い。僕が何者なのかは分かったのでもう満足だ。


 ということは、教会を隠れ蓑にするのが最終手段となるわけだけど……僕は前科があるし、次は脱出が難しそうだ。こちらも不用意に近づくべきではない。貴族に比べれば警戒の度合いを落としてもよさそうだけど……。


 となると、だ。


 僕、思うんだけど……学校、行きたくないな~!





「おやまあ、何を言い出すかと思えば!」


 宿の女将が豪快に笑っている。僕も人のよさそうな笑みを浮かべる。これでも必死だ。だって、学校に行きたくないし、寮は出ちゃったし、宿に泊まらなきゃだし、でもお金無いし。なら、住み込みで働かせてくれるところを探すしかないじゃないか。


「でもねえ、人手には困ってないのよ」


 なんだと!?


「と、言いたいところだけど、いいよ、うちで働きな!」


「本当ですか!」


 本心からの笑顔が溢れ出る。心の底から嬉しい。少しでも印象が良くなるように髪を茶色に染めた甲斐があった。まあ、上手く染まらなくて枯れ葉みたいな色になっちゃったんだけど、亜麻色に比べれば断然馴染みやすい色だ。これで学校に行かなくて済む!


「ただし、賃金に期待はするんじゃないよ!」


「全然大丈夫です! ありがとうございます!」


「いい返事だ! ちょっと、バート! この子の世話してあげな!」


 奥の方から男の人が返事をしている。ああ、ありがとう、女将さん。ありがとう、バートさん! なんて幸先の良いことか! 粉骨砕身、誠心誠意、この宿で働かせていただきます!!


「そうだ、名前は何て言うんだい?」


「シアンです!」


 澱みなく答える。初めから偽名を使う気でいたので迷うことはない。もっと他にいい名前があったんじゃないかと思うけど、思いつかなかったからしかたない。


「シアン! これからバシバシ鍛えてあげるから覚悟しな!」


「はい! よろしくお願いします!」


 満面の笑みで腰から直角にお辞儀をすれば、女将さんの豪快な笑い声が再び宿に木霊した。





「んじゃ、掃除いくか」


 バートさんは18歳らしい。ブランとノワールと同い年だ。好青年、という言葉がよく似合う。短い黒髪や健康的に焼けた肌は、中肉中背であっても逞しい印象を受ける。頼れそう。


「今日の担当は……っと」


 女将さんが発破をかけたわりには、バートさんは僕を扱き使う気が無いらしい。かと言って甘やかすわけでもなく、掃除道具をぴったり半々に分けて持って廊下を進む。


 バートさんが廊下の奥から2つ目の部屋を開ける。僕も続く。


「ベッドのカバーとシーツと枕カバー取ってこの籠に入れて。で、マットレスとか干すから覚悟してて」


「分かりました」


 分かりやすい。簡潔な指示がすんなり頭に入る。次にすることも言われているので、言葉通りに覚悟する時間ももらえる。まだ挨拶ぐらいしかしてないけど、私語の無い、このデキる人感、好きだ。


 バートさんがさっさと窓枠やら机やらを拭き始めたので、僕もさっさとシーツやらを剥ぎにかかる。どうやらこの部屋で寝た人は寝相が悪かったらしい。しわくちゃになったシーツはあっという間に剥げた。


「窓枠にマットと布団ひっかけて、枕はもう1個のカゴに回収ね。裏庭で干すから」


「はい」


 僕がちょうどカバーやらシーツやらを籠に突っ込んだタイミングで次の指示をしてくれる。すごい。バートさんすごい。尊敬する。僕、バートさんみたいになりたいです。


「これ、廊下にワゴンあるから、中身は下のバケツ入れて、上の籠に積んどいて」


「はい」


 水差しとコップを受け取って廊下に出る。見渡せば、すぐにそれらしいワゴンが見つかった。他の従業員の方たちもこの時間帯に一斉に掃除をしているのだろう。僕が手に持っているのと同じような水差しとコップが積みあがっている。


 手持ち無沙汰にならず、かといって無理をさせられるわけでもなく、とても理想的な忙しさ。これぞ理想の職場。ここの宿で働かせてもらえてよかった。そんな穏やかな気持ちで水差しを片付けて部屋へと戻っていれば、目の前で扉が開いた。


 どうやら宿泊客、それも冒険者のようだ。武装した女性が出てきた。女性も僕に気がついた。目が合ったので、穏やかな気持ちのまま扉とは反対側の壁に寄り、微笑んでお辞儀をする。


「お気をつけて、いってらっしゃいませ」


 しばらく頭を下げる。女性の気配は動いていない。


「ええ、ありがとう」


 小さな声が返ってきた。ああ、素晴らしい宿には素晴らしい客が泊まるんだなあ。ますます心が和やかになり、笑顔のまま顔を上げる。女性も笑っていた。貴女にとって本日が幸多き日となりますよう、お祈りしてます。



 女将さんからも激励の言葉を受けた女性が宿から出ていく音を遠くに聞きながら、バートさんが黙々と掃除している部屋へと戻った。

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