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episode 24 : Edwin

 退路を、断つ。



 全ての人間に魔力があるわけでは無い。

 王都には魔力保有者が多いらしいが、それでも平民人口の4割程度だと聞く。しかし、これはあくまで魔力の有無であり、魔法を使えるかどうか、生活魔法程度か攻撃魔法程度か、という具合に篩にかければ、いわゆる魔法使いと呼ばれる者の数は激減する。


 魔法が使える人間は重宝される。

 ほとんどの魔力保有者が貴族で王国の軍事力として召し抱えられていることや、他国から勧誘の手が伸びてくることからも明らかだが、魔法が使える人間の数はその国の力と言える。


 特に、平民の魔力保有者は国の成長力と大きく関係している。

 貴族が王都に引きこもって贅沢をしているのと違い、平民は働いている。財を生産し、消費している。その時、魔力保有者は大きな力を発揮する。手作業には適わない効率で仕事ができる。もちろん内容によるが、魔法を利用できる体制を整えている店は強い。そういったものは個人経営の場合が多く、競争の激しさが魔法技術革新を推し進めている。



 というのは、理想。

 現実は、厳しい。



 魔法を使える人間は重宝、いや、囲われる。彼らは国力――軍事力かつ成長力――であり、他国に奪われる危険があるからだ。戦えるだけの魔力を持っていることを、魔法が使えることを示せば、国が魔法師団なり騎士団なりに囲い込み、生活を保護してくれる。示すことができなければ、冒険者のように単純な肉体労働や戦闘で金を稼げばいい。

 これらは全て、熱心な努力をせずとも容易に得られる人生だ。己の力を存分に振るえばいい。そうすれば国なりギルドなり、何らかの組織から手が差し伸ばされる。その流れに身を任せていればいい。


 魔力がある、魔法が使えるというだけで非魔力保有者よりも大きな労働力となるため、たとえ未熟な魔法であってもそれだけで生きていける。それが分かっていて馬鹿正直に努力をし研鑽する人間は少ない。優越感は向上心を奪いやすい。

 また、魔法師団や騎士団は、その実態がどのようなものであれ、子供達の憧れの対象だ。訓練で鍛えられた身体を揃いの制服や鎧で包み、隊長の指示に従い統率された動きで国民を護る姿は誰にでも魅せられるものがある。魔力がある、魔法が使えると知った子供達の多くはそれらを目指す。


 そういったことがあるから、魔力保有者、特に子供の場合は、根拠のない過剰な自信に満ち溢れた、調子に乗った奴が多い。


 俺が数々の技術者や経営者に軽くあしらわれていたのも、年齢だけでなく、魔力のこともあったようだ。どうせ若気の至りで一時的に意識が高くなっているだけのつまらない生意気なガキだと思っていた、と告げられた時にはさすがに衝撃を受けた。

 師がそれを話したことの真意は分からないが……今はそう思われていない、と受け取ってもいいのだろう。そうでなければ俺を従えたりしないはずだ。



 俺が師事している方は宝石細工師であり、魔力保有者だ。御年37歳、業界人からは敬意を表してジュエラーとも呼ばれている。寿命の短い魔力保有者からすると既に晩年を迎えているが、継承者は1人もいない。師曰く、どいつもこいつも誠意が足りなかった、らしい。

 俺はまだ追い返されていない。といっても、俺に誠意が足りているわけではない。単純に、まだ弟子だと認められていないだけだ。


 師に頼み込む時期が良かった。傍でその技術を学ばせてくれ、修行させてくれという要求に対する答えはもらっていないが、ちょうど身体の節々にガタがきており丁稚の1人や2人雇おうかと思っていたところだったらしいので、傍に置かせてもらっている。

 俺はつくづく恵まれている。名が知られている者に限ると王都に10人もいない魔力保有者の宝石細工師、その中でも屈指の名匠であるジュエラーの下で学ぶ機会を得られた。

 この機を逃すわけにはいかない。たとえ師が俺を継承者と見なしていなくとも、俺は師の作業を全てこの目で見てみせる。全ての技術を身に着けてみせる。そうでなければ俺の目的は達成できない。


 絶対に、手に入れてみせる。




 魔力保有者の職人は少ない。いや、何らかの工芸品を作り出す技術者を全て職人と呼ぶのなら……その数は多い。

 宝石細工師も、腕を問わなければ魔力保有者はもちろん、非魔力保有者も数多くいる。大雑把に説明するならば……魔力保有者の職人は大量生産に適性があり、非魔力保有者の職人は高品質な一点物の生産に適性がある。


 一般的な魔力保有者の職人は、全ての手作業を魔法で代替している。卓越した技術を必要としない場合、魔力保有者の職人は重宝される。ある程度の品質を効率良く生産できるからだ。しかし、評価は高くない。没個性的であり、精巧さに欠けているからだろう。安価でなければ買わない、というのが国民からの評価だ。

 対して非魔力保有者の職人は、長年の経験で培われた技術により、技巧を凝らした工芸品を作り出している。彼等の長い寿命は技術の研鑽と相性が良いのだろう。多くの作品を生み出すことはできないが、その全てが高価である。もちろん商売相手は貴族であり、高い評価を得られれば生活に困窮することは無い。

 ……時間と、労力と、金と、それらへの対価を考えれば当然の結果だ。


 整理しよう。


 魔力保有者は人口が少ない。そして寿命が短い。そのため人員の入れ替わりが速い。となると人材は常に不足している。結果、あらゆる組織が彼等を求める。

 非魔力保有者は人口が多い。そして寿命が長い。そのため人員の入れ替わりが遅い。となると人材は比較的充足している。結果、組織は優秀な者を求める。


 組織が求めているものは、先天的に保有している魔力か、努力して得られた技術か、どちらかだ。

 魔力があれば技術がいらない、というのは極端だが、魔力さえあれば技術が無くともどうにかなる。技術などそのうち身に着く。ならばまずは魔力を先に手に入れてしまいたい。

 魔力も技術も無ければ、いらない。少しでも技術のあるものを選び抜きたい。そして育てる労力を少しでも減らし、多くの利益を得たい。

 経営者ならば、当然の思考ではないだろうか。


 これは労働者側としてもありがたいだろう。

 魔力保有者は短い人生で努力する時間を省き、短期で十分な収入を得られる。

 非魔力保有者は長い人生で努力を続けて得た高度な技術により長期の収入を得られる。

 両者が競争することはない。住み分けができている。


 その常識を打ち破る物好きが、師や俺のような人間だ。


 なぜ魔力保有者が貴重な時間と過剰な労力と金を賭してまで技術を得なければならないのか。その結果得られた技術でどれだけの富を築けるというのか。その技術も非魔力保有者がいつか得るものと同等だ。魔力とはただのエネルギーであり無から有を生み出すような神秘ではない。別次元へは辿り着けない。効率が良くなるだけだ。効率良く非魔力保有者と同じことをして何の意味があるのか。努力しても非魔力保有者を上回れないなど、絶対的優越者たるプライドが許さない。


 魔力保有者ならばいつか必ず気づいてしまう事実だ。何かに憧れ、夢を抱いたとしても、この現実にブチ当たる。努力が無駄であることを理解してしまう。

 だから、魔力保有者は努力をしない。努力を嫌う。努力を避ける。中途半端な努力は何も生み出さず、過剰な努力は無駄になるからだ。ならば、才能を振るうだけがいい。それで、いい。


 きっと、そういう生き方が賢いのだろう。

 ならば、俺は、愚かでいい。いや、俺は愚かだ。

 愚かでなければ、こんなこと、思いつかない。


 愚かだからこそ……賢い父を超えられる。



 俺の師であるジュエラーは……希代の変わり者なのだろう。宝飾品を作るために宝石細工師に属しているが、その知識と技術は膨大だ。全ての鉱物を知り尽くし、あらゆる貴金属、宝石の加工ができる。宝石細工師である前に、金細工師であり、銀細工師であり、銅細工師であり……言うならば、師はメタルスミスだ。

 その中で宝石を選び、宝飾品を作り出すまでにどのような道を経てきたのか、俺は知らない。いつか弟子と認めてもらえれば、そのあたりを聞かせてもらえる日もくるだろう。


 ではなぜ俺が宝石を選んだのか。


 俺が履修していた加工学の話になるが、加工の対象は、ざっくり分ければ木か石だ。木は植物だ。植物は繊維となり、服となる。つまり木の加工は父の専門分野だ。

 ならば、俺は石を選ぼう。これが知識を得る前に俺が漠然と抱いた意思だ。


 今は違う。石の加工……鉱石の採掘、精製、鋳金、鍛金、デザイン、カット、彫金……それらは、物理化学だ。化学と魔法は相性が良い。たとえどんなに非現実的な値を要求されても、化学に対する造詣と精密な魔力操作さえあれば……理論化学は、達成できる。

 それは……魔力保有者にしか到達できない、別次元の技術であることを意味している。


 鉱物、宝石というものは一定の化学組成と結晶構造から成る。元素間、分子間に強固な結合を持ち、独特な色合い、美しさを宿す。そしてそれらは一般的に耐久性があるが、酸やアルカリに溶けるもの、風化し変質するものもある。

 一色……純物質である宝石も存在するが、中には複数色であったり柄を有するものもあり、つまりそれは不純物であることを意味する。

 結局、宝石といえどただの化学物質だ。液体にも個体にも気体にもなる。再び元の状態に戻すことができれば、宝石は甦る。


 誰もが思う。宝石を作れはしないか、と。


 天然の宝石は、高価だ。それには希少価値というものが多分に含まれる。ならば、人工的に、合成すれば…………そう考え、実際にそれに取り組んでいる研究者はいる。成功した、という話は聞かない。

 ただ、その研究者は……非魔力保有者だ。



 別に、俺は金が欲しいわけじゃない。

 服飾業界に、父に俺の実力を示し、認めさせる。そのために革命を齎そうとしている。それだけだ。

 言葉にするなら簡単だ。しかし、以前のような不安は無い。途方に暮れることもない。

 俺ならできる。間違いなくできる。


 天然物、既存物、紛い物で満足している奴らに、俺が新たな世界を見せてやる。



 もう、後戻りはできない。

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