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episode 23 : Paul

 僕の使命。




 これは、帝国建国のお伽噺。



 …………むかしむかし、あるところに、2わのうつくしいトリがいました。1わは金いろのはね、くちばし、ひとみをもち、1わは銀いろのはね、くちばし、ひとみをもっていました。


 金いろのトリはヒトのことがすきでした。なんどもなんどもヒトのすがたになってヒトにあいにいきました。


 銀いろのトリはたのしいことがすきでした。なんどもなんどもヒトのすがたになる金いろのトリをみてわらっていました。


 そのうち、ヒトも金いろのトリのことがすきになりました。金いろのトリがヒトでないことをしってもすきでいてくれました。金いろのトリとヒトはしあわせにすごしていました。


 銀いろのトリはたのしんでいました。だいしんゆうの金いろのトリが、ヒトとしあわせそうにしている。そんなこと、ありえないとおもっていたのに、すごい、すごいなあ。だいしんゆうよ、かのじょとしあわせにいきてくれ。ぼくにとってはそれがいちばんたのしいことだ。


 しかし、そのしあわせなせいかつはすぐにおわりました。すべてのヒトが金いろのトリをすきではなかったのです。金いろのトリは、金いろのトリのことがきらいなヒトによってころされてしまいました。


 それをしった銀いろのトリはなきました。おお、だいしんゆうよ、どうしてぼくをおいていった。ぼくはきみのしあわせなすがたをもっとみたかった。


 銀いろのトリはおこりました。ヒトよ、ぼくはヒトをゆるさない。かれをころしたヒトをゆるさない。いまにみていろ。ぜったいにしかえししてやる。


 銀いろのトリはそらをとび、とおくへ、とおくへといきました。だいしんゆうのはかをこえ、かわをこえ、やまをこえ、もりをこえました。


 つかれた銀いろのトリがじめんにおりると、ヒトがいました。銀いろのトリはあることをおもいつき、ヒトにはなしかけました。


 なあ、ぼくをたすけてくれないか。ぼくのだいしんゆうが、つかまってしまったんだ。おねがい、ぼくをたすけて。


 ヒトはすぐにうなずきました。銀いろのトリがしゃべったからでしょうか。うつくしかったからでしょうか。かわいそうだったからでしょうか。りゆうはわかりませんが、ヒトはすぐにうなずきました。


 ヒトは銀いろのトリのねがいをきき、ちからをてにいれました。


 そのちからで、ヒトはふくをつくりました。

 そのちからで、ヒトはたべものをつくりました。

 そのちからで、ヒトはいえをつけりました。


 そのちからで、ヒトはくにをつくりました。

 銀いろのトリの、だいしんゆうを、たすけるために…………。




 これは、ただの御伽噺。


 帝国にはちゃんと歴史がある。各地で有力者が現れ、人をまとめ、政を行い、食糧をめぐって争い、領地を広げ……各国で明らかにされているものと似たような歴史を辿り、現皇帝の祖である人物が帝国の基礎となる土地を拓き、国土として治めた。


 その後、大陸を4分割する形で治めている比較的安定した今現在に至るまで、大陸各地で頻発する数多くの争いが永きに渡り続いた。


 ただ、1つだけ指摘しておくと……王国と帝国は、常に対立し続けた。


 帝国民は決して受け入れないだろうが、全ては帝国の言いがかりから始まった戦争ばかりだった。王国はそれを避け、話し合いによる平和的解決を望む姿勢を見せ続けた。しかし、帝国は少しもその姿勢を受け入れず、戦い続けた。


 職人や商人達の国である共和国と公国連邦は、自国の利益を最大とするために立ち回った。2国の争いを煽りこそすれ、止めようなどという考えは微塵も持ち合わせていなかった。


 その争いを止めたのは、当時の国王――元始の魔法使いが戦地に現れ、その力で全ての者を圧倒させたため、と言われている。彼、もしくは彼女はその力を持ってして各国との停戦を掴み取り、以降、大陸は小さな小競り合いはあるにしても、平和を取り戻している、という状態だ。



 魔法は、魔力はもともとこの大陸に存在していなかった。そして、国王が魔法を行使した時を境に大陸各地に魔力保有者が現れた、と認識された。


 果たしてそれは、元々持っていたにも関わらず自覚できていなかったのか、それとも件の国王と時を同じくして唐突に手に入れたものなのか……魔法にも自然現象にも見受けられるあらゆる事象が逸話として複雑に絡み合っている各地の伝承を紐解いてその疑問を解決するのは、人類学者にとって永遠の課題でありある種の呪いとも言える。



 それはともかく、歴史を遡っても、そして今現在も、帝国民は王国民を深く深く憎み、嫌っている。帝国民として過ごしていない僕にはその感情が分からないけど、その感情を正当化するような、王国民の非人道性を強調するような御伽噺が存在するほどだ。幼少期からそのような話に触れ、王国を憎悪する大人達に囲まれ、王国民を悪く思わない子はいないだろう。


 しかし、それでも、歴史を細かく見ていけば、それが全く根拠の無い感情だと気づきそうなものだ。それに、王国民は帝国民に対して何ら悪感情を抱いていない。もちろん、少し帝国について調べれば不仲……いや、一方的に嫌われていることはすぐに分かる。それでも、王国民は帝国民を嫌っていない。何らかの感情があるとすれば、仲良くできないことへの気まずさ程度だろう。


 もしかして、帝国が王国に対して情報規制をしているとかで、王国民は帝国のことを全く知らないのでは……そう疑ってしまうほど、帝国の象徴のような容貌を持つ僕は受け入れられている。少しも理不尽な扱いを受けたことがない。


 髪色を珍しがられることはあったけど……そこには純粋な好奇心だけで、少しの嫌味も無い。クリスと一緒にいたからだろうか、不自然なほどに自然に受け入れられてしまった。



 ……また思考が逸れた。絵本を閉じる。これは行商人から買ったもので、金色や銀色の絵具で描かれた2羽の鳥の絵は、幼子への読み聞かせ用とは思えないほどに美しい。貴族向けなのかもしれない。表紙に綴られた作者の名を指でなぞる。Richard……おそらく帝国民、ということはリシャールと読むのだろう。


 帝都アルジャン。見たことのない故郷に思いをはせる。国王が金髪金眼であるように、皇帝は銀髪銀眼らしい。どちらも直接見たことはないけど、常識のように語られている。


 国王は公の場へ姿を現さないけど、皇帝は皇后や皇子、皇女を連れだって姿を現すことがあるらしい。もちろん、市井の前ではなく、貴族の前で、皇族主催の場でだけ、といった形ではあると思うけど。


 そして、皇帝は代によって政治が変わる。それは王国への態度を見ていればすぐに分かる。強硬な姿勢で国家間の緊張を高めた代、最低限の交流を許した比較的温和な代、一切の関わりを持たなかった代……その時々に合わせ、帝国内にも変化があったことだろう。


 対して王国、もっと言えば国王の政治は代々安定している。大きな失敗もなければ大きな成功もなく、その権威は落ちることも高まることもない。治安が大きく乱れることも、長く平和で穏やかだったこともない。大きすぎない不満と満足が共存する世の中……夢も理想もない、平凡で現実的な治世が続いている。


 共和国と公国連邦はどのような政治が行われているのだろう。さすがにそこまでは把握できていない。だけど、分かることがある。


 どこの国でも、理不尽は存在している。





 お母さんについて、僕が年を重ねるごとにお父さんから少しずつ、少しずつ教えてもらっている。お母さんは死んでいて、いない。お母さんは優しくて綺麗な人。お母さんは魔法が使えた。お母さんは怪我をしていたお父さんの傷を治してあげた。お母さんとお父さんは互いに一目惚れだった。お父さんの行商の旅にお母さんを連れて行った。


 お母さんは病気で死んだ。お母さんは帝国の人。お母さんは魔法が使える血筋の人間だった。襲われていたお母さんをお父さんが助けた。お父さんはお母さんを帝国から連れ出した。


 お母さんは高貴な家柄の血が流れていた。お母さんは身体が丈夫でなかった。お母さんは帝国から追われていた。帝都で初めて出会った時のお母さんは、衣服も髪も汚れていたけど、気高さは少しも失っていなかった。お父さんは手を差し伸ばさずにはいられなかった。半ば強引にお母さんを荷馬車に乗せ、帝都を脱した。


 お母さんのお母さん……僕にとってのお祖母ちゃんは、お父さんとお母さんが知り合った時にはすでに亡くなっていた。身寄りの無いお母さんと共に、お父さんは王国に入った。その頃はまだ家を持っていなかったから、お父さんはお母さんと一緒の宿で過ごした。一緒に行商へ出かけた。一緒に苦難を乗り越えた。


 そして、お母さんは僕を身ごもった。だけど、お母さんは……お母さんにとって、妊娠と出産は、文字通り、命懸けだった。僕を産んで、病に伏せ、亡くなるまで、長くはなかった。



 お父さんからはまだ全て聞けていない、と思う。早く知りたい、聞き出したい、けど、知るのが少しだけ怖い。かつては楽しみだったお母さんの話が、今では隠された真実へと近づいていく恐ろしい話に思えてならない。中途半端な知識はどんどん深読みしてしまう。そしてそれは、行き過ぎた空想だと切って捨てれるものもあれば、おそらく正しいのだと頭から離れないものとある。


 きっと、お父さんは僕の気持ちも全て分かっているのだろう。だから、僕にこんな話し方をしているんだ。少しずつ、少しずつ真実を明らかにしながら、きっとお父さんは待っている。僕が自ら真実に辿り着くことを、その真実からさらに先へと進んでいくことを、きっとお父さんは信じている。


 もしかしたら、それが、お父さんとお母さんの、約束、なのかもしれない。


 だから、僕は勉強するんだ。現状を変えるために。同じ悲劇を繰り返さないために。自由に生きるために。幸せに生きるために。




 結論は出ている。


 ノエリア・アルジャン。僕の母にして、傲慢な皇帝の犠牲となった女性の名。理不尽な一生を強いられ、若くしてこの世を去った。


 なぜ彼女は不幸を運命づけられたのか。なぜ絶望から逃れるまでに多くの時間を奪われなければならなかったのか。なぜ生まれで全てが決まってしまったのか。


 なぜ、何の責任も無いはずの母が、何の関係も無いはずの母が、何も知らなかったはずの母が、幼かった母が、大人達の因縁に縛られなければならなかったのか。


 僕には受け入れられない。理不尽な死が受け入れられない。生まれながらの不幸が受け入れられない。不平等が受け入れられない。格差が受け入れられない。自由に生きられないことが受け入れられない。


 救いたい。

 かつての母と同様に、理不尽を強いられている人達を、救いたい。


 理不尽に対抗する。

 そのために僕は勉強し、力を身に着けた。



 これが、今を生きている、僕の、使命だ。

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