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133 嬉しいですわ

 その報せに、冷静でいられなかった。


「どういうことよ!」

「落ち着きなさい、エリーゼ」


 テーブルに握り拳を振り下ろす私を見て、母は目を吊り上げて怒鳴った。


「落ち着けるわけが無いでしょ! 魔力が無かったら、あんなのいらないわよッ!」

「落ち着けと言っているでしょう!」


 母がテーブルに手の平を叩きつける。その音に怯む。


「魔力が失われるわけがないでしょう! 馬鹿ね!」

「なっ」


 その剣幕に、目を見開いて黙り込む。


「あンの没落貴族……! 独り占めしようったってそうはさせないわよ……!」


 その目に滲む激情に、ようやく落ち着けた。


「絶対に、あの魔力異常を取り逃すんじゃないよ!」

「……分かってるわよ」


 母の言う通りだ。記憶ならまだしも、魔力が失われるわけがない。

 没落子爵の戯言を真に受けるなど、なんと愚かなことか。


「手紙を出しますわ。彼をお茶にお招きします」

「ええ、そうよ。よく分かってるじゃない、エリーゼ」


 母が笑みを浮かべる。私も微笑んだ。

 母が頷く。私も頷く。


 今日も私達の武器えがおは完璧だ。




 デズモンドとヘレンは忘れている。誰が没落ランカスター子爵にクリスを引き合わせたのか、を。

 そして、誰がクリスを煽てて調子に乗らせたのか、を。


 あれだけの魔力、野放しにするのは惜しい。

 どうせすぐに爵位を与えられることになる。

 そしたら私達の家はどうなる?

 魔力があるのは父だけ。功績を上げたのは父だけ。

 その父がいなくなれば、間違いなく平民に逆戻りの私達は、あんな魔力異常が現れたらどうなる?

 間違いなく潰れる。平民になる。

 そんなの、嫌よ。

 私は貴族としての生活しか知らない。

 両親と違って、私は物心ついたころには既に貴族だった。

 今更平民になんか、なれるわけ無いじゃない。


 だから、あの魔力異常と婚姻を結ぶ計画を立てた。

 没落子爵と手を結び、あの魔力異常をランカスター家の嫡子として貴族にさせる。

 アドルフっていう子供が攫われたというのは事実だけど、それがあの魔力異常だというのは嘘。

 嘘だけど、都合が良い。

 どっかのアドルフには申し訳ないけど、私達のためにどこかで奴隷でもしておいて。

 で、魔力異常を迎え入れることのできた没落子爵は絶対にその地位を立て直せる。

 そんな優秀な跡取りに取り入って、恋愛結婚という形で私が婚姻を結べば、ロバート家の地位だって盤石なものになるはず。

 もちろん、魔力異常に魔力以外の魅力なんて何一つない。

 綺麗な顔はしてるけど、ガキすぎる。

 どうしてあんなヤツに嫁がないといけないのか、という不満はもちろんある。

 だけど、全ては生活のため。

 貴族として生きていくためなら、あのガキの相手ぐらい、こなしてみせる。


 そう、思っていたのに。

 記憶が、魔力が無くなった?


 面白い冗談を言う没落野郎ね。



 そんなの、絶対に許さない。





「エリーゼ様、クリス様が御到着されました」

「お通しして」


 完璧な笑顔で使用人に応える。

 すでに準備はできている。

 ティースタンドにはお菓子をたくさん並べた。

 追加のお菓子も用意させてる。

 茶葉も数種類取り寄せた。

 あの甘党なら絶対に喜ぶはず。


 植木の陰から姿を現したのを確認し、優雅な所作で立ち上がる。

 甘党はその動きを凝視していた。


「お久しぶりです、クリス様」

「こ、こんにちは」


 ドレスの端を摘まみ、膝を折って頭を下げる。

 もちろん、笑顔は絶やさない。


「ふふ、そんなに緊張なさらないで」


 以前訪れた時には、そんなにおどおどしていなかった。

 表情は硬かったけど、堂々としていた。

 記憶を失って、人が変わって……残念になったようね。


「こちらへどうぞ。クリス様のためにご用意いたしましたの」

「ありがとうございます……」


 気に入らない。

 その気持ちも笑顔の下に隠し、甘党をガゼボへと誘う。

 記憶を失って、まだ日が浅い。

 平民と接するように振舞うのがいいか。

 この緊張を解くことができれば……私が最も、近しい女性となる。

 そのためならば……この程度、苦でもない。


「いかがですか? お茶もいくつか取り寄せているので、ぜひ」

「わあ……すごいですね」



 絶対に、落としてみせる。





「ねえ、どうかしら」

「どれも美味しいよ、本当にありがとう」

「ふふ、嬉しいわ。お口に合ったみたいで」


 つまらない。

 それまでと同じように話がしたいと言うから、口調を崩して話しているのに。

 どんな話でも、笑顔で聞いているのに。

 いろんなお菓子とお茶を用意したのに。

 硬い。


 なぜこいつはまだ緊張しているのか。

 もう一度誘えば、その時はもう少し気に入られるだろうか。

 これ以上は疲れるだけか。


 そもそも、記憶を失って日が浅いということは、それだけ話すことが無いということよね。

 どうやら私も冷静じゃなかったみたい。

 こうなることは分かっていたはずじゃない。

 これ以上ここに留まらせていても、疲れさせるだけね。

 押しすぎはよくないし、そろそろ終えるべきかしら。


 居住まいを正す。

 じっと目の前の子供を見つめる。

 その視線に気づき、目が泳ぐ様を見つめる。


「え、エリーゼさん……?」


 困っている。

 照れた様子は無い。

 やはり初日では無理だったようね。


「いえ……安心してたの」

「安心?」


 笑みを浮かべる。


「記憶を失ったと聞いたから……」

「あ……」

「でも、お元気そうで、よかったわ」


 幼い子供は目を伏せてはにかんだ。


「心配してくれてありがとう」

「もちろんよ」


 微笑む。

 武器えがおを惜しみなく使う。

 次に繋げるために。


「……きっと、これから大変だと思うの」


 悲しみを滲ませる。

 心配していることを伝える。


「周りが何年もかけて身に着けたものを、今から学ぶのだもの」


 握った手を胸に当てる。

 じっと、碧い瞳を見つめる。


「せめて、私達だけの、この場では……気を楽に、過ごしてね」

「……うん、ありがとう、エリーゼさん」


 その日、最も力の抜けた笑顔だった。

 やはり……単純なのは、変わらないわね。


「またお招きするわ」

「うん、楽しみにしてるね」


 ああ、単純すぎる。


 前も思ったけど、今回はそれ以上に実感できるわ。



 楽勝。

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