130 聞いてない
え?
柔らかいものが触れた。
ゆっくりと2人の間に距離が開く。真っ赤な顔のキャロルが視線をめちゃくちゃ泳がせている。僕の両頬にはまだ手が添えられている。その手に、キャロルの黒い髪が引っかかっている。
「あのね、あ、あ、あのね!」
呆然と見上げる僕を一瞬見ては目を逸らし、また視線を戻してはあらぬ方向へと逸らす。
「分かってるの! ちゃんと分かってるから!」
えーっと……。
「クリスが、男の人なんだって、わ、わかって……」
手が頬から離れる。その手が僕の胸に、そっと、置かれる。キャロルの頭が肩に乗る。
「す、す、すす、すき、だから、うれしかった、から、だから……」
……え?
「あやまらないでよぉ……」
な、泣いてる? 泣いてない? どっち!? え、え、え、え……ええ? す……えええ? すき……好き? 好き、って……え……!? えええええ!?
と、とりあえず、宥めよう。背に、頭に手を回す。とん、とん、と優しく叩いてみたり、撫でてみたり、そうして僕自身のごちゃごちゃな頭の中も落ち着けようと考える。
僕は……倒れて、介抱されて、目覚めて、押し倒して、拒否されて、反省して、連れ戻されて、謝って……告白されている??
告白……? 再会してから、3日で……?? いや、日数は関係無いか。無いのか? 無い、よな。たぶん。じゃあ、いつから……いや、関係無いか。と、とにかく、キャロルは、僕のことを、好き……?
そんな素振り、あったっけ……? さっき、押し倒したとき、嫌がってたけど……でも、傷ついていないって……いや、関係無いか。突然あんなことされれば、誰だって嫌か。だよね。そうだよね。
え、じゃあ、なんで? あれ? なんでこうなってんの? 僕、どうすればいいの?
「クリス……」
キャロルが顔を上げる。顔は真っ赤だけど……目は赤くなっていない。泣いては、ない、のかな?
「クリスは……あたしの、こと……どう思ってるの……?」
え。
「…………きらい?」
え。
潤んだ瞳が僕を見つめている。ぞわ、とまた例の感覚に襲われる。好きか嫌いかで言ったら、そりゃ、好きだけど、それが、キャロルの好きと、一緒かどうか、というと……。
キャロルが目を伏せる。睫毛が震えている。しまった、と反射的にキャロルを抱きしめる。
「好きだよ」
抱きしめる腕に力を込めれば、ゆっくりとキャロルの手が僕の背に回された。
……やっちまった。
1人になり、明かりを消した部屋でベッドに倒れ込む。顔を両手で覆う。
やっちまった。
指先で唇に触れる。柔らかい感触が蘇ってくる。思わず口を手で覆う。
やっちまった……。
キャロルの赤い顔が、濡れた瞳が、吐息が、香りが、柔らかさが、笑顔が、暖かさが、声が、滑らかさが、生々しく思い起こされる。
……か、かわいかった……。
1回目はキャロルから、2回目は僕から……キ、キス、を……そんなに長く触れ合っていたわけではないのに、何度も何度も思い出してしまうせいで……かなりの時間を一緒に過ごしていたかのような錯覚に陥りそうだ。
僕達は……恋人同士なのか……?
ど、どうしよう、いや、どうもしなくていいのか、いや、でも――――
――――ぱちん、と何かが弾けた。