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129 譲らない

 ち、ちかい!!




 息を止める。目を伏せたキャロルが……僕と額を合わせている。近い。近いよ。キャロル、近いぞ。もう何回も確かめたんでしょ、体温。今、そこまで、する必要が、ありますかァッ!?


「やっぱり、冷たいよね……」


 不安げに眉尻を下げたキャロルの顔が離れていく。前髪を除けていた手も離れる。


 その手が引く前に腕を掴む。


 キャロルは……驚きよりも不安が勝ったらしい。掴まれた腕に一瞬目を向けるも、すぐに僕を見つめる。



 キャロルは危機感が無さ過ぎる。僕が異性であることを理解しているのか。



 少しイラついて腕を掴んでしまったが……これからどうしよう。


「どうしたの、クリス」


 キャロルの顔を真っ直ぐに見つめる。ようやく今の状況を察してくれたのか、不安げな顔が崩れていく。



 戸惑うように掴まれた腕と僕の顔を交互に見る。



「あ、と……」



 キャロルとの距離を詰める。


 瞳が揺れる。



 さらに詰める。


 顔を逸らす。



 掴んでいた腕を、キャロルの背後へと押す。空いていた手を腰に当てる。


 ゆっくりと、キャロルを押し倒す。



 全く抵抗してこない。覆い被さった僕を見上げるだけだ。


 腹が立つ。



 腰に当てていた手を離し、キャロルの黒い髪を掬い上げる。


 僕の動作を黙って目で追うキャロルに見せつけるように、目の前で綺麗な黒髪に口付けを落とす。



 わざと音も立ててやった。



「ま、待って!」


 僕が掴んでいない方の腕で思いっきり僕を押しのける。大人しく腕と髪から手を放して引き下がる。顔を赤くしたキャロルが起き上がり、僕から距離を取るように後退る。胸に当て、握り締められた手……その手が、先程まで僕の手にあった髪を掴んでいる。



 ……カッとなってやった。後悔はしている。



 ベッドから降りる。振り返ってキャロルを見下ろす。真っ赤な顔のキャロルが僕を見つめている。濡れた瞳に、ぞわ、と何かが掻き立てられる。わざとやっているのだろうか。静まっていた苛立ちがちりちりと強まっていく。このままじゃいけない。


「僕、男だから」


 キャロルが数度瞬きをする。


「気を付けなよ」


 チェストに置かれていた蝋燭に火を点け、部屋の隅に隠していた光魔法と共に扉へ向かう。呼び止められなかったので、そのまま部屋を出ることにする。音を立てないように静かに扉を開け、ゆっくりと閉じる。



 淡い光が孤児院の中を照らす。


 職員の部屋と、子供たちの寝室は2階にある。1階には図書室や食堂、勉強部屋や応接室がある。階段を降り、玄関へ向かう。静かに扉を開け、外に出る。


 光魔法を消す。月明かりで十分周りは見える。空き地へと向かい、土魔法で適当に椅子を作る。そこに腰掛けて……項垂れる。


「はぁぁ……」


 やっちまった……。





 いや、だってさあ……ひどいじゃん? いくら幼馴染だからって、僕の外見が幼いからって、無遠慮に近づきすぎだと思うんだよねえ。まあ、孤児院には14歳までの子供がいるし、僕14歳だし、子供たちと接するのと同じ気分だったのかもしれないけどさあ……でもさあ……。


 15歳になれば、未成年であっても大人扱いされる。僕だっていつまでも子供のつもりは無い。それを思い知らせたかっただけだ。押し倒してから……別に、何もする気は無かった。ただ、トラウマにならない程度に、異性を警戒する、ということを覚えてほしかった。


 誰彼構わずあんな距離感だと、絶対にいつかキャロル自身が後悔することになる。怖い目に遭うことになる。そうなる前に、僕が善意で……ああ、でも、嫌われただろうなあ。ううん……でも、キャロルのことを思えば……でもなあ……。


「はぁぁぁぁ……」


 深い深い溜め息が出る。何やってんだ、僕……冷静さが行方不明じゃないか。何してんだよ……ほんとに……。


「うぅぅ……」


 頭を抱える。明日からどういう顔をしてキャロルに会えばいいんだ。ていうか、キャロルって僕を心配してくれてたのに、それを、恩を仇で返すような真似を……最低だ……人でなし……。


「あぁぁ……」


 頭を振る。とにかく、謝らないとなあ。明日、朝一で謝ろう。とにかく謝ろう。怖い目に遭わせてしまった。何が善意だ。迷惑すぎる。もっと他に方法があっただろう。



 なんで、あんなこと、を……。



 丸い、丸い、黒い瞳。その瞳に映っていた僕は無表情だった。掴んでいた腕や支えていた腰の感触からして、抵抗はしていなくても緊張でキャロルの全身は強張っていた。


 僕はいったい何に対して勝手に苛立っていたのだろう……キャロルは僕の奇行に驚いて身体が固まっていたんだ。きっと、僕を押しのけたあの瞬間、やっとのことで今の状況を理解したばかりで、恐怖でいっぱいだっただろう。僕の言動、僕の表情、全てに恐怖を感じていたはずだ。


 現に、後退り、胸に握り締めた手を当てていた。言うまでも無く、その程度の抵抗、その程度の防御、僕には何の意味も無い。腕力だけでは勝てなくても、僕には魔力がある。魔法を使えばどうとでもできる。それを知ってか知らずか、それでもその程度のことしかできなかったんだ。それが普通の女性が、キャロルができる精一杯の拒絶。



 だというのに、僕は……。



 人の気配を感じて顔を上げる。目の前に誰かが立っている。手には蝋燭を持っている。蝋燭の火が照らしている、の、は……。


「キャ、ロ……ル…………」


 腕が掴まれる。


 引き上げられる。


 椅子から立ち上がる。


 引っ張られる。


 ついていく。


 孤児院の中に入る。


 階段を上る。


 僕の部屋に入る。



 静かに、だけど、素早く、部屋へと戻ることになった。





 気まずい。


 部屋に入り、キャロルはチェストに蝋燭を置いた。それを見て、光魔法の明かりを点けた。そしたら、キャロルが蝋燭の火を消した。


 そして、無言。


 キャロルがどんな表情をしていたのか、全然見てなかった。背を向けて立ち尽くしているキャロルが何を考えているのかさっぱり分からない。僕から声をかけていいのだろうか。まあ、さっきはキャロルに先手を取られたし、今度は僕から声をかけよう……。


「クリス」


 あれ……また先手を取られたぞ……? キャロルが肩越しに僕をちら、と見る。その顔は……真っ赤だった。


「さ、さ、さ」


「……さ?」


 さ……?


「さ、さっき、の……」


 ……これ以上、女性に言わせるのは……!


「先程は申し訳ありませんでした!」


「え、ええっ!」


 腰から直角に頭を下げる、最大級の謝罪。勢いあまって大きな声が出てしまった。キャロルの声も大きかった。危ない。子供たちが目覚めてしまう。深呼吸して気持ちを落ち着かせる。小さな声で、それでもはっきり聞こえるように、謝罪の言葉を続ける。


「傷つけるようなことをしてしまいました。もう二度としません」


 頭を下げたままなので、キャロルがどんな顔で僕を見ているか分からない。分からないけど、とにかく謝る。


「今後も、変わらず仲良くしていただけるでしょうか……」


 ……返事が無い。それでも、僕は頭を下げ続ける。そうなることは覚悟の上だ。倒れるまで頭を下げ続けてやる。これは僕への罰だ。当然の報いだ……!


「まって、クリス、顔上げて」


 駆け寄る足音が聞こえた。両頬に手が触れた。ぐいぐいと持ち上げようとするので、抵抗せずに大人しく顔を上げる。相変わらず真っ赤な顔をしたキャロルがいた。


「大丈夫だから、傷ついてないから、ほんとに、だから謝らないで」


「でも……」


 僕は……。


「だ、だから、ね……ッ!」


 両頬に当てられたままだった手に力が入る。僕の顔がさらに上を向く。



 真っ赤な顔のキャロルが、その赤い顔をぐっと寄せてきた。

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