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episode 1 : Judy

今話もよろしくお願いします。

今日は、わんデー……!

ジュディさんだって語りたい!!

先生は、少年愛好家ショタコンだ。




「ジュディ、私の弟子に剣を教えてくれないかな」


 深夜に私の部屋を訪れたかと思うと、予想外すぎる命令が下された。

 先生の弟子、クリス君のことはもちろん知っている。亜麻色のふわふわとした髪で、年齢のわりに随分と幼く見える、天使のように可愛いあの子のことだ。


「それは、助手として、でしょうか」

「いや、1人の剣士として」

「剣士、ですか」


 ああ、今ここでその言葉を使ってくるだなんて、ズルい。この人は、なんてズルいんだ。



 私は子供の頃は近所のガキ大将で、背が高くて足は速くて力もあって、喧嘩においては負け知らずだった。

 なのに、初等部卒業頃から、中等部入学以降の数年間、周りの体つきがどんどん変わる中、私だけがまるで成長期が無かったかのように背が伸びなかった。胸も大きくならなかった。

 いつの間にか喧嘩に負けるどころか、喧嘩すらしなくなり、当然のように守られる存在になっていた。

 私の強さで支配していたグループは、私の弱さで支配されていた。


 私は、私の弱さを認めたくなかった。

 下っ端達も私がトップだと認めたくなかったのだろう。下剋上と言わんばかりに裏道へと連れ込まれた。

 すぐに殴り飛ばしてやろうと思ったのに、片手で両腕が壁に押さえつけられ、蹴り飛ばそうにも相手との距離が近すぎてそれも叶わず、もう一方の手で衣服が乱暴に脱がされた。


 ヤられる――ッ!


 たった1人にさえ僅かな抵抗もできず、何もかもされるがままの自分の姿を見下ろしていた。

 泣くことしかできない、ただの弱い女がいた。

 幸いにもナンバー2、つまり実質トップだった男が助けに来たおかげで、女としての最悪の事態は免れた。

 でも、グループのトップとしてのプライドはズタズタだった。


 それからグループはあっという間に崩れ去り、私の傍には助けに来てくれた男だけが残った。


――お前は俺が守るから。


 あいつは顔を赤くしながら言ったけど、当時の私からすればひどく屈辱的で、感情に任せて随分酷いことを言ってしまった。

 謝りたかったけど、何て言って謝ればいいか分からなくて、ひたすら避けて、逃げて、それっきり。

 二度と言葉を交わすことはなかった。



 私は、とにかく強くなることにした。

 守られる側になんかいたくなくて、とにかく必死に体を鍛えて剣を振った。

 力で男には敵わないから、速さで、柔らかさで、小ささで、しぶとさで、巧さで周りを圧倒した。


 それでも周りは私を非力で守るべき女として見た。

 とにかく悔しかった。



 ある日、ギルドで護衛の依頼を受け、依頼主の先生に会ったとき、私を見た先生が言った言葉は今でも覚えている。


「期待の新人だと聞き及んでいます。よろしくお願いします、剣士さん」


 またいつもみたいに私の体をいやらしい目で見たり、女が護衛なんてできるのかと馬鹿にしてきたり、嫌そうに金の分は働けよと命令してくるのかと思っていた。


 でも、先生は、私の実績にしか触れなかった。

 私の実績を、私の力を評価してくれた。


 野生動物ぐらいしか出てこなかったけど、無事に目的地まで送り届け、依頼達成の報告や報酬の受け渡しが済んで解散、というとき、先生はまた私に声をかけてくれた。


「ありがとうございました。また機会があればよろしくお願いします、剣士さん」


 その時の先生はあまり感情の無い顔で淡々と告げてきただけだし、喧嘩なんてできそうにないヒョロヒョロの体だし、顔だって別にかっこよくないし、全然私の好みじゃなかった。

 でも、私の力を評価してくれたこの人と別れるのが惜しくて、何か言おうと必死だった。


「ジュディです」

「はい?」

「私、ジュディです、剣士さんじゃなくて、名前」


 先生は数回瞬きをしてから、ふ、とほんの少しだけ笑みを浮かべた。


「ジュディさん、ありがとうございました。私は王立研究所の研究員のベレフコルニクスです。またお会いできるのを楽しみにしてます」


 心臓がどくん、と鳴って、はい、また、と動かした唇から声が出ていたのかも分からなかった。


 先生は初めからずっと私の力を認めてくれていた。

 私は、強くなれていたんだ。

 この日、ようやく私は私自身を受け容れられた。



 それが中等部3年のこと。


 あまり勉強熱心でなかった私が、私の力を初めて偏見無しで認めてくれた先生の役に立ちたい一心で、その日以降とにかく勉強した。

 4年になっても研究所の研修部に入るだけの必修科目を終えられてなくて、毎晩泣きながら勉強した。


 どうにか滑り込むようにして研修部に入ってからも、次から次へと抜けていく知識をひたすら詰め込み続けた。

 そうやって、どうにかして、やっとのことで、先生に会えた。


「あなたは……」


 研究室に入った私の顔を見て目を見開く様は、驚いている、ということが分かる表情だった。


「剣士さん、いえジュディさん、お久しぶりです」


 同期達から実力で奪い取った配属先で、3年ぶりに会った先生は、前より柔らかい笑顔で私を迎えてくれた。



 そんな、私の人生を変えてくれた人なのに―――



 私が配属されてすぐに現地調査で数ヵ月留守にするかと思ったら、まさかの調査期間の延長。

 ようやく1年ぶりに研究室に帰って来たと思ったら、研究所長に進捗を報告して、それからすぐに私を助手兼護衛として連れて、また調査地へと向かった。


 先生の助手としてついて行くには、私には経験も知識も全然足りていなかったけど、先生が私の剣の腕を、力を認めてくれていたから、私を護衛として選んでくれたのだと思うと、最初は嬉しかった。


 けど、現地に着いてみれば、何故か先生は可愛い男の子と、クリス君と一緒に森の中に住んでいた。

 私を見知らぬ街の宿屋にたった1人で放り込み、私の弟子を護ってくれないか、と言われた時には、私の中にあった熱がすっと冷めた。



 私の人生を変えた人は、少年愛好家ショタコンだった。



 私は先生の助手かつ護衛であり、保母ではない、と不満を隠さずに伝えれば、クリス君が街へ行くときだけ様子を見てくれればいい、何か変わったことがあれば知らせてほしい、と言われた。

 それぐらいなら、と思って渋々承諾したが……その日以降、毎晩のようにクリス君の話を聞く破目になるとは思わなかった。


 もちろん、調査結果をまとめたり、それを研究所に送ったり、参考文献を取り寄せたりと、助手らしいこともしていたけど……それにしても毎晩その日のクリス君を報告されても困る。

 なぜ私がクリス君のプライベートを熟知しなければならないのか。私は一体何を求められているのか。

 そんな報告できるぐらいにクリス君を見ている暇があったら研究しろよ、という言葉を何度飲み込んだことか。


 そんな生活を2年続けていたと思ったら、今度は剣を教えてくれ、って……。

 しかも1人の剣士として、だなんて、私の自尊心をくすぐるのが上手いのが、これまたやっかいだ。


 保母は無理だが、ガキ大将ならお手の物だ。

 それに、何故か私はこのヒョロヒョロに甘く、頼まれてしまうとどうにも断れない。


 もしかしてコレが私の好みなのか、なんて考えたこともある。夜に大人の男女が密かに逢っている、というのも、冷静に考えてみれば赤面ものだ。

 もっとも、男が一方的に性癖、しかも少年愛好家ショタコンを暴露しているだけの、色気の「い」の字も無いものだけど。



 結局、剣を教えることも承諾してしまった。

 9歳年下のクリス君との身長差が……いや、剣の師として私はぴったりなのだろう。

 まさかこの後すぐにこの子を連れて王都へ帰ることになるとは思わなかったけど、久しぶりの弟分であるクリス君は私の言う事をちゃんと聞いて、すごく真面目に練習に取り組んでいた。


 そうやって剣を振る姿は、少年愛好家ショタコンに負けたみたいで悔しいけど、かなり可愛い。

 手にマメが出来て、涙目になりながらも弱音を吐かずに剣を握る姿は、庇護欲が掻き立てられる。


 それでも甘やかさずに厳しく剣を教えた私を褒めてほしい……いや、正直に言えば、久しぶりに力で他人を支配するという快感に溺れなかった私を褒めてほしい。


 王都に帰り、かつてのように研究室で助手として働くようになったときに、当然のようにクリス君が研究室にいたときは驚いた。

 しかも少年愛好家ショタコンに対して毒を吐きまくる姿は、私の前で見せる姿とあまりにも違いすぎてさらに驚いた。


 驚いたけど、心を鷲掴みにされたみたいで、思い出すと顔がニヤけるし、昂る気持ちを抑えきれずに手足をバタバタしたり、頭をブンブン振るわずには居られなくなるぐらい、うまく言葉にできない感情に支配されてしまう。

 それだけの衝撃があった。


 もしもクリス君が言葉だけじゃなくて、筋肉でも少年愛好家ショタコンを打ちのめすようになったら――


 悪魔の囁きが聞こえてきてからのクリス君との修行は楽しくて楽しくてしかたなかった。

 中等部に通うようになり、毎日会えなくなると知ったときは悲しかったけど、それでも月に1回は剣を交えることができるから、その日がくるのが待ち遠しくてたまらない。



 ある休日、研究室に来たクリス君と剣を交えたり筋肉を苛めたり仕事を手伝ってもらったりと、いつも通りの1日を過ごしていた。

 夕方になって寮に帰るクリス君を後輩のトッシュに任せて、今日もクリス君の毒舌はキレッキレだったな、と思い出してニヤニヤしていたときだった。


「ジュディ、変わったね」

「え?」

「よく笑うようになった」


 先生からの予想外の指摘に思わず顔が火照ってしまう。確かに、こんな風に笑って過ごすのは……10年ぶりぐらい、だろうか。

 今までずっと、強くなるために剣を振るか、研究室へ配属されるために知識を詰め込むか、そのどちらかが私の全てだった。


 クリス君に出会ったからだろう。

 毒舌だけど、あの天使のような笑顔を向けられて幸せにならない人間はいない。あの笑顔には凝り固まった心を、澱んで荒み切った心を浄化する力がある。

 でも、と思う。


「先生も、変わりましたね」

「そう、かな」

「はい」


 初めて会った頃よりかなり雰囲気が柔らかくなっているし、クリス君の前だと先生の喜怒哀楽は普段の5割増しだ。

 先生が、この少年愛好家ショタコンがいなければ、この性癖を拗らせていなければ、クリス君と暮らしていなければ、今の私はありえなかった。


 やっぱり、この少年愛好家ショタコンは、私の運命の人だ。


「私、この研究室、好きです」

「……そっか、それは、良かった」


 私も、もう認めなくてはいけない。

 今まで何度も頭にチラついていたけど、その度に必死になって考えないようにして、頭から追い出していた。

 だけど、ここ最近の私の気持ちは、隠しようもないほどに強まっている。


 その気持ちを言葉にするつもりなんてちっとも無いけど、だからと言って私を変えてくれたこの気持ちを無視してしまうのは、私自身を蔑ろにするようなものだ。

 私は、今の私が好きだ。この気持ちだって、大好きだ。


 もう、認めよう。胸を張って、堂々と、今ここで、心の中だけど、宣言しよう。



 助手も、少年愛好家ショタコンだ。

ありがとうございました。

あちゃあ~~ジュディさんそっちかあ~~~~そっちいっちゃったかあああ~~~~~~

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