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127 落とさない

 院長先生に会いたい。




 3日目の朝。子供たちが目覚める前に、僕は先輩方を前に白状した。


「あの、僕、魔法使えるんです……」


 キャロルはもちろん知っているので、うん、そうだね、と言わんばかりの顔で僕を見ている。残りの若い女性は驚きの顔で、最年長の女性は表情を変えずに僕を見た。


「それで、昨日と一昨日と、勝手に使っちゃいました……すいません」


 頭を下げる。腰から曲げて、直角に。それだけのことをしてしまったと僕は思っている。もし少しでも間違っていたら、たとえそれが怪我を防ぐためのものであっても、大怪我へと繋がりかねなかったからだ。


 それだけ、魔法を扱わない者にとって、魔法というものは恐ろしい。普段魔法を使える人達に囲まれているから忘れそうだけど、魔法は全ての人間が使えるわけではない。そしてこの孤児院にいる子供たちも、魔力を持たない者が多い。


 たとえ魔力を持っていたとしても、彼らは魔法が使えない。そうでなくても、彼らは幼い。どんなに威力を弱めたとしても、魔法に慣れ、身体を鍛えている人達を相手にしている僕にとっての「弱い」魔法は、いやでも彼らにとっては「強い」魔法になってしまう。


 それを分かっていながら、手が回らないからと、楽をしたいからと、子供たちに魔法を使ってしまった。結果的に無事だったからよいものの、これはかなりの危険行為だ。厳重注意が、然るべき罰が必要だ、そう思っての謝罪だ。


「そうなの? わざわざありがとうね」


 は?


 お礼を言われる理由が分からず、顔を上げる。声をかけてくれたのは、最年長の女性だった。最年長と言っても、おそらく僕やキャロルぐらいの子の親と同じくらいだろう。彼女が、不思議そうに僕を見る。


「魔法って、大変でしょう? それを使ってくれるだなんて――」


「いや、でも、危ないじゃないですか。それを許可無く子供たちに使うなんて、有り得ないです……!」


 咄嗟に反論する。僕にとって魔法は危ないものだ。それは常識で、誰もがそういう認識を持っていると、当然のことだと思っていた。しかし、彼女のこの反応は……。


「あら、そうなの? よく分からないけど、でも貴方は子供を傷つけたりしないでしょう?」


「それは、もちろんですが……」


 なんて危ない考え方だ。これでいいのか? 確かに魔法ではなく、魔法を悪用する人物が危ないのかもしれないけど、でも、それにしても、僕は信頼してもらえるほどの何かをしただろうか。してないよ! まだ3日目だぞ! この人は疑うということを知らないのか!?


「ねえねえ、魔法ってどんなことができるの?」


 若い女性が詰め寄ってくる。どんなこと、って……どう説明すればいいんだ? 逆に困ってしまう。魔法は、人によって得手不得手はあるだろうけど、生活、回復、補助、攻撃ってあって……でも、きっとそういうことじゃないよな、この質問。


「えっと、風を起こしたり、火を熾したり、土を変形させたり、とか――」


「えー! すごい! すごいね! ね、今度見せて!」


「あ、はい」


 若い女性が嬉しそうにぴょんぴょん跳ねながら僕の手を握っている。そんな、飛び跳ねるほど楽しみにできるのか。でも、ただの魔法ですよ……?


「もう、クリスが困ってるでしょ」


 キャロルが若い女性の手を僕から引きはがす。いや、別に、驚いてただけで、困ってはないけど……若い女性はごめんね、とウインクする。


「お仕事も、どんどん魔法使っちゃっていいよ! たぶん!」


 若い女性が無責任にも笑いながら告げる。ええ……最年長の女性へと視線を向ければ、彼女も僕と同じように、困った顔をしていた。しかし、その口元には笑みが浮かんでいる。


「そうねえ、見ての通り、忙しいから……使ってくれたらとても助かるわ」


「分かりました……」


 使っていいのかよ……予想外の反応に、表情が追い付かない。隣にいたキャロルが少し身を屈めて、僕に耳打ちする。


「えっと、みんなこんな感じだから……あんまり、気にしなくていいよ」


 いいのか……? ま、まあ、使っていいなら、魔法、使うけど……誰にも怪我させないよう、細心の注意を払わなければ……そう気を引き締めていると、キャロルが笑った。


「真面目だなあ」


 いや、何言ってんの? 真面目にやらないと、ダメでしょ? 凶器を振り回すのと同じだからね? そこんとこ分かってる? 誰一人として分かっていなさそうな面々を見まわし、小さな溜め息をついた。



 まあ、使っていいなら……子供たちの寝室へと行き、女性たちがたたき起こすのを見守る。そうして寝惚け眼の子供たちが寝室を出て着替えに行けば、ベッドを干さなければならない。


 これを持ち運ぶ程度なら、子供たちに危害は無いし……そう思って全てを一斉に持ち上げたところで、女性たちが悲鳴を上げた。しまった、事前に声をかけるべきだったか、そう思って焦って顔を見れば……若い女性が手を叩いて喜んでいた。最年長の女性も口を手で押さえてベッドを見上げている。キャロルも呆然と見上げていた。


 いつもなら何往復もして外に干しに行くベッドを僕1人でさっさと干して戻れば、着替えた子供たちが食堂へと向かっていた。女性たちは小さな子供たちの着替えを手伝っている。基本的に、年長の子供が食事の準備を率先して行うので、その様子を見守る。朝食はすでに作り終えているので、後は配膳だけだ。


 目を凝らす。スープを盛る少女の手元を、朝食を受け取る少年の手元を、食堂へと向かう少女の足元を、動き回る子供たちの行き先を。


 なぜなら……ぶつかるからだ。


 2人分のスープとパンが宙を舞う。少年2人が倒れる。続く落下音に備えて、少年2人が身を竦める。しかし、いつまで経っても何も音がしない。むしろ、食堂が静まり返っている。何事かと見上げた少年2人の頭上で……スープとパンが宙を飛んでいた。


 個体を宙に浮かすのは、慣れている、けど、液体を浮かすのは……難しいな……! 遠くから支えるのに限界を感じ、ゆっくりとスープへと歩み寄る。宙に浮いている食器を手に取る。スープを食器へと移す。それを呆然と見上げている少年2人に渡す。ついでにパンも隣に浮かべる。



 食堂が、わあっと、歓声に包まれた。

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