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118 通じない

 白い犬がうっとうしい。




 やっとのことで周囲がはっきりと見えるようになった。と言っても、ここはどこかの街道。都合良く目印があるはずも無く、周囲を見回してもここがどこか、なんて分かりやしない。


「ハッハッハッ」


 なんで?


 僕、農村にたどり着いていたはずだよね? 魔力不足で倒れちゃったけど、村にいたはずだよね? どうしてこんな、街道のど真ん中に、それも村の影が少しも見えないぐらい遠くまで移動してるの? おかしくない? おかしいよ! どうして、こんな……。


「ワンッ!」


 まさか、まさか……アイツが、僕の身体を……?


「ワンワン!」


「ちょっと、静かにしててよ」


 白い犬がうるさい。まだ僕の周りを楽しそうに駆け回って吠えている。やめてほしい。考え事ができない。いくら追い払っても嬉しそうに戻ってくる。しつこい。助けて。


「ワン!」


 言葉が通じない。当然か。もうやだ。



 白い犬を追い払いながら、僕自身の影が少しずつ短くなっていっているのをどうにか確認できた。どうやら今は午前中らしい。太陽と影の位置から東西の方向はだいたい把握できた。街道もその方向に伸びている。そして僕が目指しているのは西方向。つまりあっちへ行けばいい。


 立ち上がり……ひ、膝が痛いな……進行方向へ身体を向ける。白い犬が距離を取り、僕を見上げて尻尾を振っている。いや、嬉しそうにされてもね、別に遊ぶつもりないし、ていうか今までだって遊んでなかったし、期待してほしくないんだけど、ね、分かる? 分かって?


「ワンッ!」


 分かんないよねえ。もういいや、ほっとこ。


 地面に倒れた時の衝撃か、顔と背中がほんのり痛む。服や鞄の埃を払う。ついでに鞄の中身や旅装を確認するも、僕の記憶通り、特に汚れていたり傷がついていたり、盗まれていたり、ということはないようだ。


 村からここまでの記憶がすっぽり抜け落ちているのがかなり気になるけれど……今ここで足を止める訳にはいかない。進みながらにでも考えよう。考えたところでどうしようもない気がするけど。


 風魔法を使ってさっさと進もう、と思いかけ、やめる。さっきまでの僕、明らかな魔力不足だった。今はこうやって真っ直ぐ立ってるけど、また突然倒れてしまったら……今度こそ無事では済まないかもしれない。危ない橋を渡るのはやめよう。走る補助程度の風魔法で我慢だ、我慢。


 そう思って走り出して……膝が痛い。というか、身体の節々が痛む。なんでだろう。僕、熱でもあるの? そんなはずないよね……ああもう、問題だらけだな、まったく。


「ハッハッハッ」


 うわっ、ついてきてるじゃん、この犬! いいからさっさと帰れよ!




 ……そして、衝撃の光景。


 あれから移動し、昼になり、携帯食料と水魔法で栄養と水を補給。ついでにまだまだついてきている白い犬にも水と撃ち落とした小鳥をあげて、魔法に頼りながら節々が痛む身体をどうにか動かし続けていた。陽が少しずつ傾き、夏らしい熱い日差しと秋らしい冷たい風を感じながら、西へ西へと進んでいた。


 そして、いろいろ考えた。抜け落ちた記憶のこと、その間に移動していたこと、さらに言えば、あの悪夢のこと、少年の声のこと……アイツは、おれがかわりに、と言っていた。意識が戻って最初にアイツのことを疑ったのだって、その声のことを覚えていたからだ。


 僕の記憶を信じるならば、アイツが僕の身体を勝手に動かしていた、というのが一番可能性が高いけど……他人の身体を乗っ取るなんてことが可能なのだろうか?


 アイツが関わると、とんでもないことばかり考えなければならない。そんなことができるだなんて、信じられない。そんな魔法、聞いたことが無い。だけど、それ以外に思いつくものがない。


 そうでなければ、僕にそういう勘違いをさせようと、誰かが動き回っていることになる。その方が考えられない。いくらなんでも無理でしょ。記憶の操作とか、眠らせるとか、移動させるとか……そういう、洗脳? 暗示? なんて、ねえ……非科学的すぎる。



 そんなことを考えつつ、眩しい西日に目を細めながら、ようやく見えてきた建造物……それが、なんと、どう見ても、僕が目的としていた、僕が育った孤児院のある、あの街だった。


 見間違いとしか思えない。だって、片道5日間の予定だったんだ。なのに……まだ、2日目だよ? おかしいじゃん。もしかして、道中の村が超発展しちゃったのかな? 王都までその情報が届いてなかったのかな? だったら納得なんだけどなあ。


 なんて、ありえないよね、そんなこと。ははは……。


 ということは……やっぱり、あれは、あの街なのか。西日のせいで見づらいけど、それで他の街と見間違えるほど僕の記憶は曖昧じゃない。見覚えのある建物の並びが見える。進めば進むほど、見間違いじゃないことがはっきりと分かる。


 どういうことだ? 幻でも見てるのかな? それとも大陸が縮んだ? もしくは……記憶が抜け落ちている間に、大移動しちゃった、とか? そ、そんな……じゃなくて、落ち着こう。そして、現実を受け入れよう。目の前に見えるのは、間違いなくあの街だ。早く、陽が落ちる前に街の中に入ろう。宿を取ろう。まずはそれからだ。いろいろ考えるのは、後。


「ハッハッハッ」


 この白い犬、どうしよう。楽しそうについてきてるなあ。すごい体力だなあ……。

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