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113 届かない

 テッドの大演説は、僕の心には響かないなあ。




 目の前で透明な壁に阻まれて動きを止めているテッドを睨みつける。何だよ、コイツ。怖いくらいにレジーに心酔しているな。一方的に熱い思いを告白されて、一方的に怒られて襲われているこの状況、理解できない。取るなって言うなら取らないから来るな。ていうか取るって何だよ、レジーは物か。


「くっそ……!」


 壁は……余裕で持ち堪えた。やっぱり、テッドは速いだけってことか。レジーは壊せたのに。残念だったね。壊せないなら……僕の勝ちだ。後方へと跳び、僕と距離を取ったテッドの表情を観察する。食いしばられた歯に、深く、力強く寄せられた眉根。虚ろだった目には憎悪が渦巻き、純粋な殺意を僕に向けている。そこまで、なのか。そんなに……僕が憎いのか。酷い話だ。


 僕は殺されたくないし、殺したくもない。それに、こんなところでドンパチやるもんじゃない。外壁門の前だよ、ここ。門兵さんに怒られちゃうよ。嫌だなあ、もう。さっさと、静かに、無力化しないと。さて、まずは土魔法でテッドの足を捉えようにも……まあ、避けるよね。着地点を予測して先回りに土魔法を発動させても、全て跳んで避けられる。


「どうして!」


 テッドの姿が目の前に現れる。相変わらず、速い。僕の動体視力は未だにこの速さに対応できていない。僕にとってこの速さは脅威だし、最も警戒している。彼の速さには絶対に敵わない。透明の壁に阻まれて動きを止めたテッドが僕を睨みつける。その目を、壁を挟んでじっと見上げる。それすらも気に入らないとばかりに目の前にある顔が歪む。


「なんで生きてんだ!」


 壁を殴る鈍い音が何度も響き渡る。何度も透明の壁を殴りつけている。それでも壁は壊れない。テッドには力が足りない。破壊力が全く足りていない。この壁はその程度の殴打では絶対に壊れない。僕は速さでは絶対に勝てないから、それ以外で対応する。それは防御を始めとする、あらゆる魔法を事前に準備しておくこと。戦闘は実際に殴り合う前から既に始まっている。


「消えてくれよ……ッ!」


 目の前から右へ、左へ、後ろへ、上へと移動しても、殴ってきても、その全てが壁に阻まれる。無駄なことをいつまでも……いい加減、諦めてほしいんだけど……それとも、僕に完敗しないと気が済まないのかな。羨ましくて、憎くて、妬ましくて仕方が無いらしい僕との格差を、改めて目の前に突きつけてほしいのかな。


「ねえ、テッド」


 目を閉じ、被害が出ないように周囲に土壁を造ってから光魔法で閃光を生じさせる。瞼越しでも視力が奪われそうなほどの光を感じると同時に、テッドの呻き声が小さく聞こえた。目を開けて、すぐ近くで両目を手で覆っているテッドへと歩み寄る。土壁も、透明な壁も、全て地面へと戻す。


「僕を、殺したいの?」


 今の僕は壁で覆われていないんだけど、何も見えていないと……いくら、足音で気配を感じられても……何もできないんだね。残念だ。何も見えていなくても攻撃する手段はいくらでもあるだろうに、そうやって背を丸めて、警戒することしかできないんだ。


「テッド」


 土魔法で、今度こそ足を、腕を拘束する。顔を顰めるテッドの前に立ち、そっと瞼に触れる。視力は……回復魔法で、少しは治るのかな。網膜への過剰な光刺激で受けた傷を、周りが見える程度にまで、回復……。


「どうして、あのこと、レジーに言わなかったの?」


 瞼から手を離せば、涙目で睨みつけられる。周囲で渦巻いている魔力に早めに干渉しておく。妨害に気づいたのか、目を見開いてからより強く僕を睨みつけてくる。ますます憎悪が、殺意が、憤怒の感情が増していく。少しの遠慮も無く剥き出しにされた感情が突き刺さってくる。うーん、嫌われちゃったなあ。心が痛む。


「それとも、言えなかったの?」


 テッドの頬を涙が伝う。怒りからなのか、屈辱からなのか、羞恥からなのか、細かく震えているテッドに柔らかい笑みを向ける。泣くぐらい、頑張ったんだね。すごいと思うよ。だからって全てを水に流す気は毛頭ないけど。


「レジーはテッドを信頼してくれているのに」


 テッドの目の前に人差し指を立てる。指先では弾けるような音と小さな稲妻が瞬いている。テッドの視線が僕の人差し指に向けられる。これが何を意味するのか、次にどんな目に遭うのか、分かっているのだろうか。


「テッドは、レジーに、嘘、吐いちゃったんだ」


 レジーを、騙したんだね。続けて呟いた言葉に目を見開き、憎悪が、殺意が、憤怒が、消え去っていく。人差し指をゆっくりとテッドの額に向ける。身体の震えが大きくなったテッドの、焦点の合っていない瞳から、ますます涙が溢れてくる。そんなに泣いちゃうようなことを、したんだよ。分かってなかったのかな。


「裏切っちゃったんだね、テッド。それって、すっごい最低だと思うよ」


 本当に、とっても、馬鹿だね、テッド。額に指先を当てる。震えが止み、身体から力が抜ける。土魔法の拘束を解き、その場で崩れ落ちたテッドを背負って外壁門へと向かえば、詰所にいた門兵が何食わぬ顔で僕らを出迎えてくれた。


「すいません、彼、気絶してるので、様子を見ていただけませんか」


「…………分かった」


 憐みの目をテッドに向けつつも快諾してくれた。良い人でよかった。門兵さんにテッドを預け、王都の外へと出る。予定よりもだいぶ遅くなってしまった。だいぶ高い位置にある太陽を目を細めて見上げる。だいぶ気温が上がって、少し暑いくらいになってきた。




 よし、ようやく……出発だ。別に、酷いことをしたとは思わない。だって、僕は殺されかけたんだ。むしろ感謝してほしいぐらいだよ。この程度で終わらせてあげたんだから。そうでしょ?


 何。楽しそうだった、だと。心外だ。全然……面白くない。僕にそんな趣味は無い。お前じゃあるまいし。もちろん、テッドは友人だよ。友人との喧嘩はあって当然だ。これからどうなるかはテッド次第だと思うけど。だって、僕、悪くないでしょ。ただの嫉妬だよ。僕にはどうしようもない。


 ……って、うわ、誰に言い訳しているんだろ。気持ち切りかえて、ほら、全力でブッ飛ばして行かなきゃ。身体を浮かせて、西方へと進む。街道があるから、それに沿って進めばいい。


 大丈夫、大丈夫。

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