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108 信じない

 ……おいおい、君、それで鎌をかけたつもりかい?




 うるさい。黙ってろ。詳しく聞き出せなくてもここまであからさまに動揺されれば充分だ。教会の手先はずっと前から向けられていたんだ。妙に口出ししてくると思った。何度も誘導されてしまった。数々の違和感を無視してきたばかりに……こんな近くにまで来られていた。


 馬鹿だな、僕は。甘すぎるんだよ。こんなヤツ、なんで信じていたんだ。適当にやり過ごせばよかったものを。面倒くさい。後悔ばかりだ。くそ、くそくそくそ!


「……なんで聖女様の名前が出てくるんだ。つーか、さん付けしてんじゃねえ」


 ……本当に、彼は教会の手先かな? よく顔を見てみなよ。君には彼が誤魔化しているように見えるのかい?


 またか。しつこいな、黙ってろよ! 頭の中でうるさい! それに、何? アルは白だって言いたいのか? 馬鹿だな、黒に決まってるだろ! 当然だ、さっきの発言までどれだけ間が空いたと思っている。それだけあれば表情の1つや2つ、すぐに取り繕える。今の言葉も顔も、何の参考にもならない!


「じゃあ誰に何を言われたの」


「はあ? 意味分かんねー。何が言いてえんだ」


 苛立ちが込められた声に表情。眉間の皺も相俟って、姿勢を正したアルから僕に向けられている目は険しい。見下ろすように顎を上げつつ、腕を組んで椅子の背もたれへと寄りかかる。この態度、警戒しているって、隠し事をしているって馬鹿正直に告げているようなものだ。隠すつもりも無いのだろう。こんな、分かりやすいヤツに、僕は……!


 しかし、ここまで煽るつもりはなかったというのに……アイツのせいだ、腹が立つ……でも、こうなってしまったものは仕方無い、かつてのように振る舞ってこの場を収めよう。抱えていた膝を下ろし、アルに顔を、笑顔を見せる。少し申し訳無さそうに、目を伏せがちに、歯切れ悪く。


「かなり、疲れているみたいだから……何か、してくれていたのかな、って」


 上目遣いでアルの様子を窺えば……嫌そうに顔を顰めていた。いつもの顔だ。僕が気遣う様子を見せると嫌そうにする。決して素直に受け入れない。アルの本音はいつもわざとらしく隠される。嫌そうな顔のまま、大きな溜め息を吐いて視線を天井へと向ける。


「俺1人で何かできると思ってんのか」


 おめでてえこった、と呟き、額に手の甲を当てる。そのまましばらく天井を見上げていた。


「別のことだよ」


 それだけ言って、黙り込む。表情は見えない。


 アイツの声も聞こえない。言い逃げかよ……気分が悪い。


「……迷惑、かけたよね」


 言葉が零れる。何を言っているんだろう。そんな当然なことを言ってどうする。どうせ面倒くさそうに適当にあしらわれる……だからか、だから僕はアルにいろんなことを喋るのか……はは、ふざけるな。たったそれだけのことで信じてしまうとは、とんだお人好しだ。


「迷惑かけてごめんなさい、ってか」


 甘い。本当に馬鹿だ。だから付け入られる。だから騙される。だから――――


「さっき聞いた。あと俺は何もしてねえっつの」


 聞くな。真に受けるな。信じるな。


「他の奴等には謝るんじゃなくて礼を言えよ」


 そんなの……。


「クリス」


 嫌だ……。


「ありがとうって言ってみろ」


 うるさい……!


「俺の顔見て言ってみろよ」


「さっきから何だよ、うるさいなッ!」


 部屋に戻ろうと椅子から立ち上がって一歩踏み出し、違和感に気づいた時には床に膝を着いていた。脚の感覚が……痺れてる? なんで、力が、入らない……脚を触ってみて理解する。かなり冷たい。冷やされていたのか? どうして気づかなかったんだ、情けない……!


 突然、視界が暗くなる。いつの間にか席から立っていたアルが、ホールの照明を隠すようにして僕の隣にまで来たようだ。影に覆われている。暗い。脚に力が入らない。立てない。逃げられない……。


「本ッ当に、ひでえ顔」


 アルがしゃがみ込んだ。影が濃縮される。近い。すぐ近くに、いる。すぐ声が届くところにいる。すぐ手が届くところにいる。すぐ……殺せるところで……既に、動きを、封じて……あとは、このまま、僕、を……。


「こっち向け」


 手、が、顔、に……目の前に、アル、が……嫌だ、やめろ、僕に触るな、やめて、放して、本当に、嫌だ、嫌なんだ……。


「助けてほしそうな顔しやがって」


 いやだ……やだ……やだよ……。


「男にこういうことはしたくねーのに」


 ノワール……。


「あ? なんだ、うわ、ちょ、いッ…………!」





「君は面白いね」


 夢を見た。


「おかしな魔力だ」


 少年は呟いた。


「今だって、そうだろう」


 少年は笑った。


「おっと、しまったな、時間が無い、か……しばらく……れとは……」


 少年は薄れていった。





「んにゃあ」


 視界が真っ黒だ。というか、顔が埋まっている。温かい毛玉に埋まっている。これぞ太陽の匂い……。


「はあ……」


 ん? 溜め息? 誰かがいるのか。この……僕の顔面に何かが被さっている状況を見ている人が……。


「クソ猫……」


「そんなこと言うなよ」


 顔面の毛玉……クロを持ち上げ、悪口に対して代わりに言い返す。クロをクソ猫呼ばわりした相手はすぐに見つかった。アルがしかめっ面で僕を見下ろしている。


「お目覚めか、メンヘラ」


「なっ……」


「フシャアア――ッ!」


 今度はクロが僕の代わりに怒ってくれた。ありがとう、クロ。でももうちょっとだけ抑えてね。次は一緒に殴り掛かろうね。アルが勢いよく椅子に座り、乱暴に机へと肘を立てる。うわあ、すごいイライラしている。


「ぐっすり眠って気分爽快か」


 良い御身分じゃねえか、と嫌味盛り盛りで悪態をついてくる。どうやら僕はぐっすり寝ていたらしい。窓からは朝日が射しこんでいる。今日も良い天気、素晴らしい1日の始まりじゃないか。どうしてアルはそんなに疲労困憊、なの、って、あれ、もしかして、この部屋……。


 アルがもたれる机に並ぶのはたくさんのアクセサリーと小瓶。床にはブーツ。壁には帽子。極めつけは部屋を満たすこの香り。うわあ、アルの部屋じゃないか。信じらんない。


「ぶん殴るぞ」


 何も言っていないのに!


「こちとら一睡もできてねえんだよ、クソが」


 明るい所で見ると、改めて思う。酷い隈だ。そして憎悪を滾らせている。怖い。


「寝させろ。さっさと出ていけ。そのクソ猫、二度と俺に見せんな」


 ふらふらとアルが立ち上がるのを見て慌ててベッドの上から逃げる。まるで僕が見えていないかのように、というかベッドしか見えていないかのように、流れるように崩れ落ちる。ギリギリすれ違えたけど、あと少しでも僕が動くのが遅かったら下敷きにされていた。恐ろしい、睡魔って恐ろしいよ。


「アル……?」


 返事が無い。ただの屍のようだ。


「……殺すぞ……」


 よし、この部屋を出よう。

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