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107 話さない

 寝坊したから学校サボって外で憂さ晴らし。




 満足するまで魔法をブッ放していたら、気づけば寮の門限ギリギリになっていた。暗い街中を飛んで移動して寮前で着地、急いで正面玄関を潜る。玄関ホールに入ると……4人の、よく見知った顔が揃っていた。1人が立ち上がり、僕の方へ歩み寄る。目を合わせてしまったし、仕方無く立ち止まる。


「……元気そう、だな」


 怪我も病気も無いからね。身体的には至って健康ですよ。無言で笑みを浮かべて目の前に立つレジーを見上げる。レジーが気まずそうに小さく笑う。


「時間、あるか」


 無言で頷いて3人が囲んでいる机へと向かう。目が合ったエドとポールに笑顔を向ける。エド、怪我はもう大丈夫なのかな。ポールも、いろいろあったけど平気なのかな。俯いてこちらを見ようとしないテッドをじっと見つめる。テッドは、何を考えているのかな。この場にいないアルは何をしているのかな。全部、どうでもいいけど。


 空いていた席に腰かけ、レジーも席に着いたのを確認してみんなの顔を改めて順に見る。真面目な顔であったり、沈痛な面持ちであったり、こちらを見もせずに俯いていたりと……暗い。とても談笑できる雰囲気ではない。する気は無いけど。


「まず、謝らせてくれ」


 レジーが身体ごと僕の方を向く。そのまま頭を下げる。


「すまなかった」


 下げられた頭をじっと見つめる。何を謝っているのだろう。数秒の後にレジーが顔を上げる。


「テッドから詳しい話は聞いた」


 へえ。テッドは相変わらず俯いている。いったいどんな話をしたというのだろう。


「魔物に道連れにされて谷底へ落ちた、らしいな」


 あ、そう。そういうことにしたんだ。じゃあそういうことにしようか。だって、僕、記憶が混濁しているからね。きっと、テッドの言う事が正しい。




 僕が落ちてからはというと、まず探索組は撤収、報告。結果、アルはブチ切れ、エドは死にかけ。テッドはだんまり、ポールは無表情。エドとポールを置いて、というより、飛び出していったアルを追いかける形で僕の捜索が始まったらしい。本気になったアルによる魔物の蹂躙っぷりが酷かったようだ。


 しかし、僕の行方は奈落の谷底。見つけることは叶わず、魔力が切れたアルを引き摺り戻す形で捜索は中止。探索もその後は行わず、翌日王都へと帰ってすぐに捜索願を提出、エドとポールは病院へ直行。入院だとか通院だとか、いろいろあったようだけど、今は普段通りに過ごせているとのこと。


 今回の探索において、僕が道連れにされるのを防げなかったことはもちろん、その事態を招くことになったテッドの無計画な行動や、それを想定できずに組み分けたレジーの責任も大きい。そういう意味での先程の謝罪、らしい。



 終始、テッドと目が合うことはなかった。なぜなら、僕が道連れにされるのを止められなかったからだ。その光景を目の前で見たからだ。それだけ心の傷が深いからだ。そういうことになっているからだ。


 うん、僕は大丈夫だから気にしないで。それより、その心の傷とやら、早く治るといいね! だから抑えて。ね? じゃないと、殺気が漏れて……レジーにバレちゃうよ? この狂信者が。


「……話せて、よかった」


 レジーから真っ直ぐと僕に向けられた言葉に、視線に、笑みを返す。罪悪感が薄れたなら僕も嬉しいよ。


「遅くまで引き止めて悪かったな」


「大丈夫だよ、僕は」


 隣を見ればポールが夢の世界に旅立とうとしている。瞬きも呼吸もゆっくりで、無理してこの場にいてくれたのであろうその様子に小さな溜め息を零す。何してんだか。レジーとエドも苦笑気味にその様子を眺める。


「部屋に戻る、か」


「……どうした?」


 レジーの一言で3人が一斉に立ち上がり、遅れて1人が慌てて立ち上がるのを座ったまま見上げる僕にエドが声をかける。ポールが目元を擦り、揺れた銀髪が照明の光で輝く。


「もう少し、ここにいる」


「……そうか。早く寝ろよ」


 うん、おやすみ。手を振りながら、部屋へ戻りに階段を上がる4人の背中を見送る。大きな背、フラつく小さな背、動きがぎこちない背、動きが小さく大人しい背。踊り場を過ぎ、玄関ホールから姿が見えなくなる。足音だけが小さく聞こえる。通常の聴覚なら。


「エド」


「ああ」


 恐らく、傍にいるポールとテッドにも聞こえないのではないか、というほどの囁き声。2人は……この後、何か話すのかな。椅子の上で膝を抱えて丸まる。僕の表情、よく見てたもんね。


「……いつも何時に寝てるんだ?」


「ええっとぉ……10時には……」


「……なるほどな、それなら眠くも……」


「……行かねえから休んどけ」


「うん……」


「ふわあ…………はあ」


 4人の何気ない会話が続く。眠そうな、滑舌が少し悪くなったポールの幼い声と、言葉少なに返答するテッドの暗い声。


 挨拶を交わし、静かに扉が開閉される。1つ、2つ……間を置いて、3つ目の扉が開く。2つの足音。扉が閉じられ……うん?


 音が……全く聞こえない。これは……なるほどね、防音性能高すぎでしょ。エドの部屋か? 偶然か、それとも……聴覚の強化を止め、立てた両膝に額をつける。



 盗み聞きはこれぐらいにして、これからすることを整理しよう。



 学校はしばらく行かない。それで……孤児院に行って、院長先生と、キャロルに会う。道は一度調べたし、荷造りすればすぐにでも出発できる。


 まさか、本当に行くことになるとは。調べた時間が無駄にならなくてよかった、かな? 元は僕の出生について、今は記憶について知ろうとして……出生、か。


 貴族……当然、僕が行方不明になっていたことを知っているだろう。連絡、来そう。めんどくさ。それは教会も、か。ランカスター家、エリーゼさん、セルマさん……全員を利用して、躱して、円満に絶縁しないとね。はは、難易度高い。


 で、テッドはどうしようか。また突っかかってこられたら迷惑だ。どうすれば僕へのあの過激な思いが無くなってくれるか……本当にめんどくさい。


 5人の中で気になるのはテッドだけじゃない。ポールの銀髪にアルの言動。レジーとエドは無害だ。この2人とは適当に付き合っていこう。


 ポールの外見……夢に現れるあの少年とどこかが似ている、気がする。似ていると思うのに、あの少年の顔も、声も、背格好も思い出せない。まるで何かに阻まれているかのように……いや、邪魔されているんだろう。記憶を弄れるようなヤツだ、それぐらいできてもおかしくない。ていうか何者だ。はあ……厄介なヤツにモテる体質で辛い……。


 ……誰かが階段を降りてくる。もう外に出られないんだから大人しく寝てろよ。それとも夜食でも作りに来たのか。途中で止まっていた足音が再び聞こえ始め、ゆっくりと僕の方へ近づいてくる。誰だよ、こっち来るな。


 目の前で椅子が引かれる音に苛立ちながら顔を上げる。シャツのボタンをいくつも開けた、だらしない恰好で肘をついて僕を見ている……アル。


「ひでえ顔だな」


「……そっちこそ」


 この年頃の子供には不似合いな、立派な隈が目の下にできている。僕を見下ろす半目にも生気が感じられない。何があればこんなことになるんだよ。怖。さっさと寝ろ。


「こんな時間に1人で膝抱えて、何やってんだお前」


「考え事」


「部屋戻ってからやれ」


 アルが目を閉じて大きな溜め息を吐く。


「……帰ったんなら、一言ぐらい、声かけろよ」


「ごめん」


 立てられていた肘が次第に傾き、机の上に放り出される。遅れて頭もその腕の上へと崩れ落ち、ゆるゆると持ち上げられた手が髪をくしゃりと掴む。動作がいちいち弱々しい。


「知り合い全員に謝罪して回れ……」


「セルマさんに何か言われた?」


「…………は? せ……え?」


 目を見開き、顔を上げて僕を見る。分かりやすく反応するなあ。

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