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105 目覚めます

 長い夢を見ていた。




 目を開けると、暗かった。夜、じゃなくて、ここは……洞穴の中、だろうか。それにしても酷い夢だった。気分が悪い。どうしてあんな記憶を……でも、最初の日のことなんて、ずっと忘れてた。元気かな、キャロル……あ、そうだ、そういえば僕、谷に、落とされた、のか。真っ逆さまに、落ちた、のに……はは、生きてるよ……。


 ゆっくりと上体を起こす。怪我は無いようで、問題無く起き上がれた。どこも痛くない。僕って不死身だったのかな、なんて、そんな馬鹿なことがあってたまるか。ていうかなんで洞穴の中にいるんだよ。意味が分からない。誰かが助けてくれたんだろうけど……。


 どうしよう。これから、どうしようかな……まずは、助けてくれた人にお礼を言いたいけど……周りを見回して改めて今の場所を確認してみれば、やっぱり洞穴の中だった。外は既に日が傾いていて、橙色に染まった岩肌が遠くに見える。洞穴の中に視線を巡らせれば……あれ?


「……犬?」


 僕の背後に、全身真っ白の……ピンと立った耳に、細長い顔と目、丸まった身体から伸びる尾を持つ獣。その尾は、僕の身体を覆ってもまだ自身の身体を包むだけの長さがある。もしかして、この身体にずっと寄りかかって、寝ていたのかな……? 閉じられていた瞳がゆっくりと開けられて……金色の瞳の中の、縦に長い瞳孔が僕に向けられる。


「あ、ごめん……狐、だね」


 白狐と見つめ合う。動物の狐にしては……デカい。ていうか、ここ、北の山脈だし、どうせ、魔物、だよな……僕、どうして、まだ生きているのかな。非常食? 玩具? きっと、逃げた方がいいんだろう。でも、なんか……寝起きだけど、すっごい、疲れてるし、逃げる気に、なれないなあ。


 ああ、疲れた、な……すごく、だるい。もう、どうでもいいや。誰が助けてくれたか知らないけど、今いないっぽいからもういいや。ゆっくりと、身体を倒す。狐さん、このまま、眠らせてください……白狐の瞳がゆっくりと閉じられ、長く、ふさふさの尾が僕の身体に被せられる。


 なんだよ、めちゃくちゃ優しいな……。




 嫌な気配に目を覚ますと、視界が霞んでいた。この、霞みの、原因は……目の前に半透明の、白い……壁? が、広がっている。どうやら白狐と僕を中心に半球状に展開されているらしい。


 壁、と表現はしたけど……半透明の白い壁の中を揺らめく、黒い、何か。明らかに危険だと分かる。なぜなら……帯電しているのが、目に見えるからだ。こんなのに当たったら……心臓、止まりそう。


 どうしてこんなものが……改めて周囲を、壁の向こう側を見て、すぐに納得した。魔物だらけだ。お馴染みの、理性と身体構造がブッ飛んでる魔物達だ。そりゃ、僕っていう餌があるんだ、こうなっちゃうよね……。


 魔物の中から1頭、飛び出してくる。その姿をぼんやりと眺めていると……白い壁に触れて、吹き飛ばされる。洞穴の壁にぶつかって、地面に崩れ落ちた。微動だにしない。うん、御臨終です。


 この魔法って、やっぱり……白狐の方を振り返ってみると、相変わらず瞳は閉じられていた。細長い目をしばらく見つめてみても、開きそうにない。うーん……。


「ありがとう……」


 再び白狐に身体を預ける。ああ……どうしてこんなに、落ち着けるんだろう。ゆっくりと目を閉じれば、また尾が被せられた。


 このまま、ずっと……なんて、考えてしまいそう。それほどまでに……心地よかった。




 次に目覚めた時は、周囲に魔物はおらず、外は明るかった。絶好の外出日和。誰かが来る気配は無いし、いつまでもここにいる訳にはいかない。王都に、帰らないと。無事だって、知らせないと。たぶん、心配させてる、はず、だし……それとも、心配されてない、かな……いや、とにかく、帰ろう。


 気が乗らない。のろのろと立ち上がる。洞穴の外はとても明るい。夏らしい日差しが降り注いでいる。今からあの中を帰る、か……遭難して、死にそうだなあ……でも、助けが来るまで待つ、なんて、期待……できないよねえ。


 振り返れば、白狐も立ち上がっていた。やっぱり大きい。さすがに4本足の獣よりも僕の方が体高が低い、なんてことはないけど……僕が乗っても問題無さそうな大きさだ。隣で僕を見上げる白狐の頭を撫でる。目が細められる。


「今まで、ありがとね。そろそろ……帰るよ」


 僕が撫で終わると同時に白狐の目が元に戻り、歩き出す。ここで、お別れかあ……その後ろ姿を見送っていると、洞穴の出口で白狐が振り返った。目が合う。しばらく見つめ合ってから、歩み寄り、隣に立ってみる。白狐が再び歩き出す。今度は、数歩先で僕を振り返る。あはは、なんだよ、それ。


「送ってくれるって、期待、しちゃうよ……」


 白狐との距離を詰める。隣に並び、そのまま止まらずに前に進む。白狐も、僕の一歩前を歩いてくれている。何考えてんの、この魔物。変なヤツ。どうして……どうして、魔物の、方、が……ッ!


 帰りたく、ない、なあ……ッ!




 帰り道は、全く見覚えが無かった。一体、北の山脈のどこを歩いているのだろう。でも、きっと、大丈夫なんだろう。白狐に道を案内され、襲ってくる魔物を追い払ってもらい、背に乗せてもらって岩壁を越える。至れり尽くせりの護衛っぷりに、ますます情けない気持ちが溢れ出てくる。


「……大丈夫? 疲れてない?」


 魔物に言葉が通じるはずもないのに、なんとなく、声をかけてしまった。白狐は振り向きもせずに歩き続けている。


「無理、しないでね」


 白狐の歩みが止まる。その隣で立ち止まれば、白狐が僕を見上げる。金色の瞳が、縦に伸びた瞳孔が、真っ直ぐ僕に向けられる。どうしたのだろうか。しばらく見つめ合った後に、白狐が再び歩き出す。僕も気にせず再び足を踏み出し、隣に並んで歩いた。



 しばらく進んだところで、目の前に洞穴が現れた。白狐がそのまま洞穴の中に入っていくので、僕もそのままついていく。中は行き止まり。そりゃそうだ、洞穴だもん。


 白狐が寝転がり、丸まる。なるほど、休憩か。白狐の隣に腰かける。白狐は既に瞳を閉じてお休みだ。やっぱり疲れていたのかな。お疲れ様。ありがとう。おやすみ。


 そっと、頭を撫でる。耳がぴくぴく動いている。この白狐、本当に、変なヤツだ。そして、すごくいいヤツだ。こんな、この白狐みたいな魔物がいるなら……北の山脈は、探索なんかせずに、そっとしておくのがいいんじゃないだろうか。


 もし、この、優しい白狐が、人間に襲われたりしたら……嫌だなあ……。


 白狐がもぞもぞと姿勢を変える。頭から手をどけてその様子を眺めていると、伏せるように地面に腹を付けた白狐が細い目をうっすらと開き、僕の脚の上に顎を乗せる。そして、そのまま、目を閉じる。耳がぴくぴく動いている。真っ白な、硬い夏毛に覆われた頭部に再び手を置き、ゆっくりと撫でる。


 あー……可愛い。護りたい、この獣。

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