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102 追います

 どうにか無事に探索が始まった。




 目的地までそれなりに距離がある。避けられないことではあったけど、早速魔物と遭遇してしまった。鋭い爪と牙、短い四肢に長い胴体。赤い体毛に覆われた身体がうねりながらこちらに向かってきている。その姿を見て立ち止まり、魔力を練る3人に対し、1人が飛び出した。茶色い影が宙を翔ける。


「喰らえェエーイッ!」


 高速で繰り出された蹴りが顔面に命中し、嫌な音を立てて魔物が崩れ落ちる。おかしな方向に曲がった首をしばらく見下ろしてから僕らの方に振り向き、満面の笑みを浮かべて大きく両手を振っている。


「……レジー、苦労しているんだな」


 あれ、不思議だな、遠い目で呟くエドの姿がレジーに重なって見えるぞ。その後ろでは瞼を腫らしたポールが困ったように笑っている。少しずつ、いつもの爽やかさが戻ってきているように見える。あの半狂乱が嘘だったかのようだ。本当に、あの暴走は何だったんだろう。観察もほどほどにして視線を前に向ける。


 テッドが飛び跳ねている……その後ろで、死んだと思っていた魔物が僅かに動く。おい、まだ生きているじゃないか! 魔物の前足に集められた魔力で火球ができるのを見て、水魔法を急いで展開、水球を飛ばす。それを見て異常事態に気づいたテッドが悲鳴と共に火柱を作り上げる。え、ええ……。


 僕が急遽作ったそこまで大きくない水球は、火柱を前にして蒸発して消えた。魔物が最期に作った小さな灯火は、火柱による爆風で吹き消された。そして少しも威力を削られなかった大規模な火柱は、瀕死の魔物だけでなく、周囲に生えていた植物諸共、全てを炭へと変えた。


 爆風に備えて顔を覆った腕の隙間を抜け、もわっとした熱風が僕らの頬を撫でる。火柱の規模に対して予想外に小さかった衝撃波に肩透かしを食らいつつ、腕を下ろして防御姿勢を解く。未だに悲鳴を上げた時の、両手と片脚を上げた奇妙な姿のままでいる魔法の発現者をじとりと見つめる。隣にいたエドが速足でテッドの元へと向かった。


 森だったら恐ろしい規模の火災になるところだった。山であったことに安心するべきなのか、飼い主レジーのいない珍獣テッドに不安になるべきなのか……かなり怖い顔で詰め寄るエドに、直角に腰を曲げて頭を下げるテッドを見ながら、ついつい溜め息が零れる。


「クリス……」


 あんなものを見せられては悩んでいるのも馬鹿らしくなるのだろう。憑き物が落ちたかのように肩の力が抜けたポールが微妙な笑顔で僕の方を見ている。問題だらけの人選だったけど、ある意味、良かったのかな……? 曖昧に笑い返して、一緒にテッドとエドのところまで歩く。



 お願いだから、無事に終わりますように……。




 お願いだから……。




 無事に、終わらさせてくれよ……。



 横腹を抉られたエド。止血するポール。割れた眼鏡、血溜まり、形を維持できず崩れ落ちた土、傷に翳された手、青白い顔、食いしばった歯、感情の無い顔、震える身体、支える手、真っ赤に染まった装備に地面、鼻をつく鉄の臭い……目が、泳ぐ。落ち着け、落ち着け、僕。テッドの、支援を、しなくちゃ……。


 僅かな足場を頼りに、時に魔法で無理矢理、岩壁を走るテッド。その先を軽々と駆けていく、黄色と青色の斑模様をした体毛を持つ魔物。側頭部を覆うように渦巻き状に伸びた太い角、前方へと迫り出した太く短い角と鋭く長い角、螺旋状に捻じ曲がりながら上方向に真っ直ぐ伸びた鋭い角、額から伸びる短い角……多様な5本の角のうち、螺旋状に伸びた角が、赤く染まっている。


 よくも、エドを……殺してやる……いや、違う、落ち着け、無事に帰るんだ。無事に帰れるなら、魔物を殺す必要は無い。だから、テッドを止めないと、戻ってきてもらわないと、いけないのに……。


 岩壁の頂まで駆け上り、その向こう側へと姿を消す魔物。それを追って岩壁の向こうへと跳んでいくテッド。どうして、どうして追いかけるんだ! 少しは考えろよ、馬鹿……! このままテッドを放ってはおけない。だけど、動けない2人を置いて行く訳にはいかない。だからといって連れて行くこともできない。


 どうする? どう動くのが最善だ? どうすればいい? 早く、選ばないと。でも、こんな、切り捨てるようなこと――――


「追いかけろ……」


 地を這うような、低く掠れた、捻り出された声に振り返ってみれば、身を乗り出すエドとそれを押さえるポールがいた。筋を浮かべた青白い顔で、殺気かと思うほどの気迫を纏った、凄まじい剣幕に後退る。


「早く、行け! 連れ戻せ……ッ!」


 血を吸った地面の土を握りながら、全身を震わせて睨みつけてくる。決して大きくないその声が、はっきりと耳に届く。無表情のポールも頷く。ああ、もう!


「……ちゃんと、無事でいてよ!」


 背を向けて走る。2人を巻き込まないよう、十分離れたところで火魔法と風魔法を駆使し、爆発的な加速で岩壁を上る。どうして、こんなことに……どうして……!




 採掘する、とはどういうことか。土魔法での採掘とはどのようなものか。目標の鉱石を立方体にしていたことからも分かるだろうが、決してピッケルで岩盤を削り、掘り起こすようなことはしない。


 一言で言えば、魔力を地中に浸透させ、その浸透具合から埋蔵鉱物を判別、採掘対象のみを地上へ抽出する。魔法による採掘の利点は、削れないほどの、魔法ですら手に余るほどの硬い岩盤であっても、確実に目的の鉱石を得られること。逆にその欠点は、魔力の感覚のみで地中の成分を分析し、目的の鉱石のみを抽出できるだけの知識や技術が必要であることと、抽出に時間がかかり、その間は一切動けないこと。それだけ緻密な作業であり、かなりの集中力が必要だ。


 つまり、採掘中のエドは最も無防備。だからこそ、採掘中の僕らは最も警戒していた。無防備のエドを護るためにどう戦うか、事前に打ち合わせもした。まあ、基本的な立ち位置は変わらない。前衛はテッド、中衛が僕で、後衛にポール。それぞれの役割を再確認した程度だ。


 テッドの機動力で魔物の動きを封じ、仮にテッドを突破されてもポールがエドへの攻撃を全て受け流す。そして僕は攻防共に支援する。魔物の拘束も、魔法の弾幕も、エドの保護も、全てに対応してみせる。エドを護り切る。そのための立ち回りを、連携を、事前に考えていた。考えてあったんだ。


 それでも、そもそも目前の敵を無視してエドに向かうだなんて、そんなことが有り得るのか。そんな思いが僅かにあったからだろう。目の前に現れた、細身の身体とそこから伸びる華奢な四肢、頭部に対し、不釣り合いなほどに大きな、多くの角をもったあの魔物は……僕らの攻撃を軽々と躱していった。そして、一瞬でエドに接近、躊躇なく身体を貫き、即座に走り去っていった。



 不幸中の幸いだったのは、エドが咄嗟の判断で採掘を中断、土魔法で魔物との間に壁を造ったことだ。そのおかげで軌道が僅かに逸れ、あの螺旋状の角はエドの横腹を抉り取った。重傷ではあるものの、ポールの回復魔法で一命を取り留めることはできそうだ。


 しかし、今、テッドがその魔物を追っているのは間違っている。追いかけるのではなく、すぐに撤収するべきだ。テッドは何を考えている。どうして追いかけている。本当に、馬鹿なのか。馬鹿すぎやしないか。


 こんな、時に……!

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