101 走ります
3つあった不安の種のうち1つは取り除かれた!
もう1つの不安の種は落ち着いているようで、拷問に等しいゲロマズな昼食の最中に行われた報告会で、問題無く探索を行えたと述べていた。着々と探索範囲も広がり、順調に鉱石を採掘できているようだ。探索組が持って帰った、大小様々な大きさの、濃淡や艶、色味の異なる立方体達を眺める。次はこの立方体が掘り出されるところを見れるのかあ……。
残り1つの芽吹きかけている不安の種は、いつの間に意識が戻っていたのか、気づけば膝を抱えて顔を伏せていた。3回目の探索まで……まだ、時間がある。参加しようと思えばできなくもないけど……どうする? どうするよ? 5人の間で互いに目配せをし、無言での意思疎通を図り始める。無言で。
……ごめんけど、無言じゃ何も分かんない。誰か解説して。
レジーが立ち上がり、僕を見て頷く。首を傾げたい気持ちでいっぱいなんだけど、何も分かってないんだけど、僕は選ばれたのでしょうか。とりあえず立ち上がってみれば、レジーがポールの元へと歩き出す。僕にどうしろと。みんなの顔を見て……全員から無言の圧力をいただく。おとなしくレジーに付いて行くことにした。
僕らの足音や気配は分かっているのだろうけど……顔を伏せたままのポールは微動だにしない。少し距離を置いてレジーが立ち止まり、僕もその隣に立つ。レジーを見上げてみれば、僕の視線を横目で確認してからポールを真っ直ぐに見下ろす。
「ポール」
レジーの低い、静かな声が洞穴内に響く。少しの間を置いて、ポールがゆるゆると顔を上げる。げっそりとした、青白い顔がレジーを見上げる。うわあ……目が死んでる……。
「気分はどうだ」
少し目を伏せるポール。何度も気を失って、こんなに憔悴して……あまりの痛々しさにポールへと歩み寄ろうとして、レジーに腕を掴まれる。これは……止められた? と、いうことは……少し距離を置いてるのも……そういうこと、か。やっと理解できた。僕達の役割は……。
膝を抱えていたポールが地面に手をつき、ふらふらと立ち上がる。その一挙手一投足に、ようやく理解した今の状況に、一気に緊張が高まる。地面へと魔力を浸透させつつ、ポールの動きを注意深く見つめる。視線を上げ、僕らと目を合わせたポール、の……頬を伝う、滴。
「ごめんなさい……」
今度は、レジーに腕を掴まれなかった。
肩の上で細かく震える銀髪をそっと撫でる。ポールって、僕の1つ年下なんだよね。僕の背中で旅装が強く握りしめられるのを感じながら、聞こえてくる小さな嗚咽にそっと目を閉じた。
ごめんね。
エドは3回目の探索で目的のものは全て採掘できそう、らしい。ポールがいなかった分、時間を全てエドに充てられたからだろう。もちろん、エドが事前に調べて当たりをつけていたおかげでもある。
対してポールは何もできていない。暴れて気絶しての繰り返しだ。また暴れられても困るし、そうでなくても気絶しまくりだし、今日はこのまま待機組と一緒に休むべきではないか。泣くぐらい不安定な精神状態で無理をさせたくない。というかしてほしくない。大人しくしていてくれ。また銀色の魔物に会いたがられても困る。そんな素振りは今のところ見せていないけど、いつまた言い出すか分からない。
そんな空気を前にして、目を赤くしたポールは意固地だった。もう大丈夫だから、絶対に迷惑をかけないから、探索をさせてほしい。どうみても冷静さを欠いている様子に、本当に休んでいてくださいお願いします、な気分だったけど……出発時間になっても説得できず、半ば無理矢理、ポールが探索組に参加した。
つまり3回目の探索は、エド、ポール、テッド、僕の4人ということだ。あの、この人選、問題ありまくりじゃないですかね……?
「最初は……ここに行って、いいか?」
出発前に、エドが地図の一点を指差す。確か……報告時に説明のあった場所だ。前回はここで採掘をしている最中で終えたらしい。だったら最初に行くのも納得だ。問題無さそう。
地図から顔を上げれば、微妙に視線を逸らしているエドとテッド、不安そうに地図を凝視するポールが視界に映る。わーお、こいつぁひでぇや!
「うん、そうしよっか」
気まずさを振り払ってみんなに笑顔を向ければ、全員から安堵の色が滲み出る。おい、この緊張状態、いつまで続くんだ。とりあえずエドとテッドはさっさと仲直りしてください。強制的にくっつけるぞ。
「よーし、それじゃあしゅっぱーつ! 採るぞー!!」
くるりと反転して進行方向へと身体を向けたテッドが拳を突き上げる。そのまま走り出し、どんどん背中が小さくなっていく。ああ、そうか、レジーがいないと誰も止めてくれないんだ。岩陰に隠れて見えなくなりかけたところで、テッドが岩の上に飛び乗る。
「どうしたどうしたー! 元気がないぞー!!」
「……突っ走るな! 単細胞って言われるぞ!」
自虐ネタかな? エドの怒鳴り声に対し、驚きか疑問か、えー? と大声で返事をするテッドに向けてエドが走り出す。僕も走り出そうとして、その前にポールの様子を窺う。表情だけでなく、身体にも無理に力が入っているような……すごく、余裕無さげだ。自虐ネタのせいじゃないよね?
ぎくしゃくと走り出したポールの隣に並び、背を軽く叩く。勢いよくこちらに振り向いた、その怯えたような表情に内心めちゃくちゃビビリながら、笑顔を向ける。
「みんながいるから、大丈夫」
ほんのり赤い目を見開き、すぐに前を向いて頷く。横顔に浮かぶ表情は、目元が銀髪に隠れていて全ては分からない。かけるべき言葉も分からない。しかし、ポールの身体はまだ強張っている。早めにこの緊張を解してあげたい。どうしたものだか。
ふと下ろした視線の先にあった、強く握られた手を掴んでみる。触れた瞬間、びくりと動きを止めたかと思うと、ゆっくりと指が解かれていく。たったこの程度のことだけど……少しでも効果があるといいなあ。
そのまま手を繋いで先を走るテッドとエドを追いかける。走るんじゃなくて待っていてくれても……ん? 違う、テッドがエドに追いかけられてる。何してんだ、あの2人。仲直りのためなら別にいいけど。
「やーい単細胞!」
「うるさい馬鹿! 待て!!」
何してんだよ。