99 勘繰ります
レジー罵り語録に単細胞が追加されました。
普段怒らない人を怒らせると、大変なことになる。時々見え隠れする粗暴さがふんだんに盛り込まれた暴言と暴力を前に、単細胞達は固い地面とお友達になった。彼を怒らせてはならない。これが、僕がこの短時間で得た教訓である。
怒りの一撃を頂いたおかげで、エドは少し冷静になったようだった。僕が着地した時には小刻みに震えていたから、もしや怒らせてしまったかと緊張したけど、しばらくして起き上がったエドの落ち込んだ表情を見て少し安心した。安心、というのはちょっとひどいかな。でも、逆ギレされるんじゃないかと一瞬身構えたのは本当だ。
そんなエドに対し、ポールはすぐに起き上がり、再び突っ走ろうとしたところをレジーに取り押さえられていた。それでも前に進もうと……たぶん、自ら関節を外したんだろう、拘束から逃れようと、いろいろと滅茶苦茶になりながら暴れていた。最終的にレジーに首を絞められて意識を飛ばされた。
これは……本当に、おかしくなっちゃったのかな。そう心配せざるを得ないほどに……必死の形相だった。狂気を感じた。有り得ない方向に曲がった関節、血走った目、泡を吹く口……ポールに好意を寄せている女の子には絶対に見せられない光景だった。と、いうか……あの姿、まるで……。
異形な姿に、理性を失い突き進む姿……まるで、魔物じゃないか、なんて、そんなこと、絶対に口に出せない。人間が、そんな……いや、ヒトという動物ではあるけど、でも……だとしたら、魔法を使う、僕らは……いったい、何なんだって話になるじゃないか。
はあ、何考えているんだか。本当に、馬鹿馬鹿しい……おかしなことばかり起こる。おかしなことばかり考えさせられる。もう……二度と、こんなところに来たくない。さっさと探索を終えて帰りたい。
単細胞達による強行軍のおかげで十分に山脈を攻略できただけでなく、銀髪の単細胞が再び気を失ったこともあり、早めに撤収することにした。仮にこのまま探索を続けて魔物に遭遇してしまえば、レジーが小脇にポールを抱えたままではうまく戦えずに苦戦を強いられかねない。安全第一だ。
というか、背負ってあげないのは何故だろう。あ、背中は大剣の指定席? ポール、大剣以下か……まだ少し腹が立っているのかな。ポールの扱いが雑だ。そんな、荷物みたいに持たなくても……レジー、丁寧に扱ってあげて。
途中、魔物に遭遇してしまったけど……ポールを抱えたレジー、集中力を欠いたエドに代わり、僕1人で倒した。弾幕を張る、量で押し切るような雑な戦い方だったけど、倒せた。レジーやエド、ポールのように、急所を狙って一撃で絶命させるような戦い方……そういう戦法も考えよっと。
そんな感じの帰路だった。予定より早めの帰還にテッドもアルも驚いていたようだったけど、2人とも報告を受けて、気絶したポールを見て複雑な表情を浮かべていた。ただ、アルが不可解なものを前にしたような、若干の嫌悪感を滲ませていたのに対し、テッドは何かに憤っているかのような表情に見えた。
普段見ることのない、怒りに震えるテッド。何をそんなに怒っているのか。2回目の探索組が出発し、気を失ったポールの監視含め、テッドと一緒に洞穴で待機するついでに聞いてみた。
「……え?」
僕のド直球な質問に一瞬固まるも、すぐに惚けたような顔になって、はぐらかすかのように聞き返してきた。ちょっと前の僕ならば、やっぱりなんでもない、と曖昧なままにしておくところだ。では今の僕はというと。
「昨日はエド、今日は……ポール? に、怒っているみたいだから」
どうしてかなあ、って。なんでもない風に、軽い口調で、笑顔で、具体的に、質問を繰り返す。テッドが僕から視線を逸らし、頬を人差し指で掻く。眉は八の字、口はへの字。困ったなあ、と今にも言いそうな表情で宙に視線を彷徨わせている。
不安の種は早めに取り除きたい。ポールも、昨晩のうちにいろいろ聞き出して説得していれば、違う結果になっていたかもしれない。でも、そんなのは今更な話だし、たらればを語っていても仕方がない。後悔している暇があったら同じ失敗を繰り返さないようにさっさと行動に移すのみ。別にやけくそじゃないよ。
「そう……見える?」
質問に質問で返してくる、か……とりあえず、はっきりと頷いておく。特に昨日のエドに対するあの言動は、怒っていないと言う方が無理だろう。殴りかかって胸ぐら掴んで燃やそうとして、それだけのことをしておいて冗談だよ、なんて言われたら迷わず絶交する。
「うーん、あまり動いていないからストレス溜まっちゃったのかもね!」
え、ええ……なんだその答え。嘘だ。絶対に嘘だあ。
「まあ午後からはやーっと活躍できるっぽいし! 大丈夫大丈夫!」
あ、ちょっと待って、この流れ、駄目だ……!
「それより待機って暇で――」
「テッド!」
う、お、おあ、あああ……し、しまった、大声出しちゃった……テッドが口を半開きにして、目を丸くして僕を見ている。話を逸らされそうになって焦ってしまった。わああ、僕、笑え、笑え笑え、固くなるな、表情筋、痙攣しないで、もうちょっと頑張って、ほら、元気出して、いけるいける、ね、笑顔、いいね。
「その……誤魔化さなくて、いいから……」
半開きだった口がゆっくりと閉じられ、丸かった目が徐々に細められていく。心臓が妙にうるさい。どうしてこんなに緊張しているんだろう、って、当たり前だよね! 普段こんなことしないもん! 慣れないことはしたくないよ! 緊張するに決まっている!
「僕でよければ……話、聞くよ?」
いや、これじゃ駄目だ。断られたら終わりじゃないか。もっと強く……押し切ってしまえ……!
「というか、聞かせてくれないかな」
真顔のテッドと見つめ合う。僕の笑顔が死にそう。目を逸らしちゃ駄目だ。逸らすな、逸らすなよ……頼むから、瞳孔、耐えて……焦点、ブレないで……! 怖がるな、大丈夫だから、あともう一息だから……!
「テッドは……今回の探索のこと、どう思っているの?」
言い切った、けど、脚が、震える……バレてないといいなあ、ダサすぎるよ、コレ……。