98 突っ込みます
1日目、いろいろありつつも無事に終えることができた、かな?
洞穴で夜を明かせばいよいよ北の山脈の探索だ。元気にいきたいところだけど、夜中に何度か魔物の襲撃があったせいで元気になれない。見張り役を中心に全て撃退できたけど、眠い。その上、この美味しくない朝食だ。げんなりしていると、レジーが荷物から1枚の紙を取り出す。
「今日の日程だ」
探索に出発する以前から作っていた時間表だ。今日1日を全て山脈の探索に費やせるとはいっても、明るい時間帯にしか活動しない。夕方になる前にはこの洞穴に戻らなければならないとなると、効率的な探索が必要だ。大まかにでもちゃんと予定を組む必要があった。
基本的に、2人が洞穴に残って荷物を見張り、残りの4人が山中を探索する。メンバーを入れ替えながら午前と午後に2回ずつ出発する。つまり午前の交代時と昼食時と午後の交代時の最低3回は全員がこの洞穴に集まる。何かあればこの時に報告したり予定を変更したりする。
「1回目は俺とクリスが付く。アルとテオは待機」
エドとポールは中心人物になるから全ての探索に出ることになっている。探索組の残り2人の組み合わせは、2回目がレジーとアル、3回目がテッドと僕、4回目がテッドとアルの予定だ。
つまり僕は……探索、待機、探索、待機、となる。都合上、僕とアルが同じ組になることはない。別に弱いとかじゃなくて……うん、前衛と後衛の戦力が偏らないように、ね……。
それに自慢じゃないけど僕は体力に自信が無い。昨日の長距離行軍も正直辛かった。待機は休憩ではないけど、探索と待機が交互になっているのはとてもありがたい。これで魔物の襲撃が一度も無ければ最高だ。
「交代時は探索だけでなく戦闘の報告も忘れるなよ」
立ち上がり壁へと歩み寄ったレジーがナイフで時間表を壁に貼りつける。戦闘、か……水魔法でコップに水を入れ、熱魔法で冷やす。携行食のせいで不快な口の中に水を流し込みつつ、みんなの様子を窺う。
レジーとテッドに疲労の色は見えない。慣れているんだろう。いつも通りに見える、けど……テッド、大丈夫かな。レジーとテッドも都合上同じ組になることはない。エドとテッド……うーん、不安。
アルはさっきから髪の毛をずっと弄っている。ここまで来たら外見なんてどうでもいいと思うんだけど。全く、ブレないな……よっぽど髪型が気になるのか、珍しく僕の視線に気づかない。まあ、いつも通りってことで、いいのかな……。
エドの表情は硬い。今回の探索に関してエドの意気込みは人一倍だ。確か……師匠からの課題、だっけ。切羽詰まっているようにさえ見えて、それはそれで不安だ。昨日の護衛発言も焦りからだったのだろう。
そして、ポール。すぐに僕の視線に気づいて笑みを浮かべる。爽やか、ではなく、仄暗さを感じさせる笑みだ。
――銀色の魔物にもう一度会いたいんだ。
昨夜、話したいことがある、と言ったポールから告げられた言葉。
――あの戦い……僕だけ、魔法が使えた、でしょ。
理由を問うた僕に対する、ポールの答え。
――力が、魔力が、溢れてくるような感じだった。
あまり覚えていない、と言っていた、あの戦いのことを語る表情。
――あの力が……欲しい。
野心を剥き出しにした、陰のある笑み。
――協力、してくれるよね?
まるで……別人だ。
コップの中に視線を落とす。ポールがあんな表情をするだなんて驚いたけど、はっきりと、当初の目的以外のことを手伝うつもりはない、と告げた。その時は僕の返事を意外とあっさり受け入れてくれたし、不満気にはしていなかった。さっきだって……意味深な笑みではあるけど、不満そうではない。あの表情は何を意味するのだろう。
それにしても、ポールも、か……そんな言葉が浮かんできてしまう。エドに、テッドに、ポール……あ、僕も入るのかな。北の山脈に挑戦する冒険者が少ないのは魔物が危険だというだけではないのかもしれない。さっきから精神面への影響が大きすぎる。みんな、いつもと違う。死者の呪いだと言われたら納得してしまいそうだ。
ポールのことは今のところ影響を受けて無さそうな……アル、は……ごめんけど、期待、できそうにないし……レジーに話をしておこう。まさかここまで危険な冒険になってしまうなんて思ってもみなかった。僕も平静であるように意識してないと……大変なことになるかもな。
「邪、魔ッ!」
いろんな不安を抱えつつ、1回目の探索が開始された。事前に目的物がありそうな場所は絞ってあるし、1回目からがっつり採取してやろう、などとは考えていない。精々、実際の道程や目的物の有無を確認、つまりは2回目以降の探索を円滑に行うための調査程度のことしかするつもりはない。
「はァッ!」
とにかく安全第一でいこう。このことは出発前にちゃんと合意形成できていたはずだ。目標達成よりも全員無事に帰る。何度も互いに確認していたはずだ。
「早く、遅いよ」
「もう終わる」
だというのに、どうしてこんなことに……隣を走るレジーの眉間に寄せられた皺が深い。いつブチ切れてもおかしくない。それほどまでに……エドとポールの息がぴったりで、それはそれは悪い意味で、かなり連携が取れている。2人とも、かなり無理をしている。強行軍にも程がある。
先頭をポールが突っ走り、見つけた魔物を片っ端から倒している。恐ろしいことに、ポールが魔物の頭部や胸部に触れれば、まるで糸が切れた人形かのように次々と魔物が崩れ落ちる。そうして安全になればエドが周囲の地形や地層、植生や魔物といった情報をすごい勢いでメモしている。
「終わった、次」
「うん」
一応、1回目の探索範囲の目安は考えてあった。予定経路だって考えてあった。それに従っているのかどうか分からないし、そもそも、確認するほど、僕に、余裕は、無い!
体力には自信が無いのに……! 突っ走るエドとポールを追いかけるので必死だ! すごい全力疾走なんだけど! やめてくれ! 止まってくれ! 風魔法を使って走るのを補助していてもキツいよ! 無理!!
レジー、止めて! あの2人を止めて! それとも僕が魔法をブチ当てて止めればいいの!? あっ、平静! 平静でいなきゃ! 深呼吸、なんて、できないし! もうヤダ!!
「おい! テメェら! 止まれ!!」
レジーの怒鳴り声が響き渡る。うわあ、こっわ……ッ! 走らされていてただでさえ息苦しいのに、ドスの効いた声を聞いた恐怖でさらに喉が細くなる。苦しい。過呼吸のような、大きな呼吸音が口から漏れる。苦しい……ッ!
ああ……もう、無理。ごめんなさい。魔力を無駄に消費させてもらいます。風魔法で身体を浮かせ、さらに後ろから風魔法を当てて全力疾走並みの速さで移動。楽。楽だけど、すごい無駄遣い。午後からの探索、大丈夫かなあ。ばいばい、僕の魔力。ははは。エドとポールの馬鹿野郎。
「止まれ、っつってんだ、ろッ! 単細胞共がァァアッ!!」
ひどい暴言を聞いた。怒声を上げたレジーは次の瞬間には2人の背後にいた。そして僕が辿り着く頃には2つの単細胞が地に伏せていた。
やっと休める。嬉しすぎて緑色の単細胞の上に着地してしまった。いやあ、うっかりうっかり。