表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
112/197

94 眩みます

 見えない、聞こえない、分からない!




 早く治れ。治れ。治ってくれ。遅い。治るのが遅すぎる。いつもこんなに遅いっけ。天井に魔力を注いでいるからか。だからって止める訳にもいかないだろ。クソッ、治れよ! ちっとも見えないし聞こえないじゃないか! どうしてこんな反動があるのかな! ああもう! じれったい!


 右肩に何かが当たる。咄嗟に反対側へ回避しようとして……地面に手を着く。はは、平衡感覚まで狂っているのかな、何も見えていないのに目が回っているみたいだ。思うように身体が動かせない。右肩だけでなく左肩にも何かが置かれる。敵意は感じない。たぶん、誰かが身体を支えてくれているんだ。そう思おう。


 落ち着け、僕。治らないものは治らない。僕の隣にいる誰かを頼ろうじゃないか。はい、目を閉じて、力を抜いて、深呼吸。吸ってー、吐いてー、吸ってー、吐いてー……よし、落ち着いたね。うん、落ち着いた。じゃあどうするか考えようか。僕の目も耳も使い物にならないこの現状、どうする。何かをしようにも何も分からない。どうするんだ。


 そんなの決まっている。魔力を見ればいい。魔力を聞けばいい。どうやって、なんて知らないけどね。あの試合の時はできていたのに、寮に帰ってきたころにはできなくなっていた。今もできない。それがどうした。そんなの関係無い。できたんだからできる。するんだよ。するしかないんだよ。


 冷静になって考えてみろよ。僕は見えていない天井に魔力を注ぎ続けるだなんて意味の分からないことをしているんだ。どうしてそんなことができているんだ。そんなの魔力が見えているからだろう。無意識にできていることを意識的にできるようにするだけだ。ほら、集中しろ。見ろ。見るんだ。意識して見るんだ。


 と思っていたら、唐突に身体が強く引っ張られた。肩に置いてあったであろう手が腰に回されている。空気の振動を肌で感じる。騒音も僅かに聞こえる。宙に浮いていた身体が再び地面に降ろされる。閉じていた目を開ければ、なんとなく色が見える。魔力が見えるようになるよりも目と耳が回復する方が早そうだ。


 ていうか、さっきの振動と騒音って……霞みがかった視界には明るい茶色の山、その頂の背景に青色が映る。あ、ああ、やっぱり、崩されている……!


「…………!」


 耳元で誰かが叫んでいる。うう、ごめん、まだ何を言っているのかが分からない。首を回して僕を抱えて天井の崩壊から逃げてくれたのであろう声の主を探す。僕のほぼ真後ろを見たところで別の色が見える。これは……緑色、ということはエドか。


「……て…………しろ!」


 ごめん、エド、あともう少しで治るから。もう少しだけ待って。そうすれば動けるようになるから。ごめん。口と喉を動かす。喋れているのだろうか。エドの表情が分からない。前を向いて地面に手を着け、脚に力を入れる。これなら……いける。ゆっくりと立ち上がる。視界が揺れる。大丈夫、耐えられる。


 周囲を見渡す。人影は……5つ。まだみんなこの防風壕の中にいるみたいだ。天井は……あの巨鳥に崩されたのだろうか。それにしては……気配がちっとも感じ取れない。周囲にいたであろう魔物の気配もしない。どういうことだ。もしかして、僕の土魔法が失敗したから崩れたのだろうか。


 身体のふらつきが治まってくる。崩れた天井の下、瓦礫の山へと歩み寄り、手を着く。崩されたのか崩れたのか、どちらにせよ僕の魔力が過剰に注ぎ込まれていることに変わりない。これならすぐに……。


 瓦礫を動かして平らに、高さの異なるいくつかの足場にする。これで外へ、地上へと出られるだろう。みんな、身体強化はできるはずだから……この程度の高さ、なんてことはないはず。


 とにかく、地上に出よう。いくら外敵の気配がしないからって、地下にいなくてもいいだろう。その場で風魔法を使って浮き上がる。さらに火魔法の爆発で勢いをつける。風魔法で勢いを殺さないようにして地上へと飛び出る。


「待て!」


 誰かの声が聞こえる。そうは言われても、周囲には何の気配も無かった。近くには、何も……。



「え?」


 気配は……無かったはず。



「あれ?」


 今だって、無い。



「うそ」


 魔法が使えなくなる。身体が落ちる。地面に叩きつけられる。幸いにも地上数メートル程度の高さ、うまく受け身が取れなかったけど……大丈夫、動ける。痛いけど……いや、痛くないッ!


 身体を起こして顔を上げる。滲む視界に映り込む……銀色。


 立ち上がって後ろへと跳ぶ。風魔法で距離を稼ごうとして……使えないッ……! 想定外の事態に着地のタイミングが合わない。バランスを崩してよろめきつつ、目の前にいるソレを睨みつける。


 人間よりも大きい身体。その体高に比べれば細身の身体から伸びる細長い首。頭部から伸びる鋭い突起がこちらを向いている。ソレの背後を見れば、地面にも銀色が広がっている。


 ああ、分かっているよ、どうせあの巨鳥だろ! 空を飛んでいたのはコイツだったんだ! なんで、なんで……気配がしないんだよ……! なんで魔法が使えないんだよ……!!


「痛ッ」


 激しい頭痛に襲われる。どうしてこういう時に頭が痛くなるかな! 頭が割れそうなほどの痛みに歯を食いしばりながら後退る。こちらに顔を向けている銀色の巨鳥は微動だにしない。少しずつ、確実に距離が開いていく。


 ていうかみんな来るの遅くない!? なんでいつまでも防風壕の中にいるの!? 僕、魔法使えないんだけど!! 早く来てよ!!


 このままじゃ、死――――


 その言葉を想像しかけて、猛烈な悪寒に、不快感に息が詰まる。内臓を鷲掴みにされているかのようだ。苦しい。重い。気持ち悪い。呼吸をするのが辛い。吐きそう。まだ、こんなところで、僕は……!


 ぼやけていた巨鳥の輪郭が少しずつ鮮明になっていく。全身を覆う羽が、鋭く尖った嘴が、無機質な瞳が、角のような2本の冠羽が見えてくる。そのどれもが銀色だ。陽の光で輝く姿は、こんな状況でなければ見惚れるほどに綺麗だったことだろう。残念ながら今の僕には死神にしか見えないけどね……!


 急に、巨鳥が僕から正面へ、みんながいる防風壕へと顔を向ける。同時に地下から何かが、誰かが飛び出してきた。


 真っ直ぐ、巨鳥の胴体へと突撃する。そしてその勢いのまま地上へと跳ね返る。あまりの速さに動体視力が追い付かない。あの速さはテッドだろうか? 視界から一瞬で消えた人影を探す。


 振り返った先で見つけたのは、思ったよりも遠く離れた所で蹲っている、青味がかった、くすんだ銀髪。その小柄な身体がゆっくりと起き上がる。その周囲を線状の光が煌く。あれは、放電、している……? いや、それよりも……。


 ポール、だよね……?

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ