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93 縺れます

 始めようか。




「待てって」


 何。


「……落ち着けよ」


 落ち着け、だなんて。十分落ち着いているというのに、不思議なことを言う。僕の腕を掴むアルを見上げる。フードを被り、影の差した顔を見つめる。


 言いたいことがあるなら、早く言ってくれないかな。


 ねえ、アル。


 さっさとこの手を放せよ。


 腕により強い力が加わる。痛いなあ。すとん、と僕の足が地面に着いて、ようやく力が緩められる。なんだ、僕が宙に浮いていたのが原因だったのか。だったらそう言ってくれればいいのに。僕だって……無意識のうちに浮いていたんだぞ。


「レジーの言う事聞け、このじゃじゃ馬」


 アルの手が僕の腕から離れる。僕から周囲へと視線を移すアルを見上げつつ、腕を擦る。


「……僕は男だ」


 じゃじゃ馬は女の子に使う言葉だ。僕に使うんじゃない。僕の呟きを聞いて振り向いたアルに非難の目を向ければ、めんどくさそうに顔を顰められる。


「はあ? 何言ってんだ?」


 ああもう、わざとだよ、分かっているよ……さっきから、こんなやりとりばっかりだ。どうして僕は、こんなに……俯きかけたところで、アルに頬を抓まれる。おいこらやめろ。


「ふてくされんな」


 んなっ、こ、子供扱いしやがって……! そっちがその気なら……! アルに向けて思いっきり舌を突き出す。一瞬の間の後、鼻で笑われて額を軽く叩かれる。額を押さえてアルを見上げれば、馬鹿にするような薄い笑みを浮かべていた。


 はは……何、やってんだか。今から魔物が襲ってくるかもしれないっていうのに。溜め息が零れる。


「ったく、気にしてんじゃねえ」


 頭に手が乗せられ、雑に髪を掻き乱される。アルは視線を上に、こちらに向かってきている巨鳥を見上げている。フードがずれ落ち、細められた目が見えた。


「さっさと……準備、しろ」


 アルの手が僕の頭から離れ、魔力が練られる気配がする。視線は上に向けられたままだ。乱れた髪を整えながら、周囲の様子を窺う。僕の後ろにいたポールとエドはレジーのすぐ近くまで移動している。僕とアルだけ、少し離れている。テッドの視線を一瞬感じるも、僕が視線を向ける前に逸らされた。


「ごめん、ありがとう」


 アルが視線を下ろして前を向く。そのままレジーの元へと一歩踏み出すと同時、にッ……デコピン、された……ッ! いったぁ……!




 北の山脈の周囲を旋回していた巨鳥は、その進路を南へと変えた。南、つまり僕達がいる方向だ。正面から真っ直ぐと、悠々と飛んでくるその姿は、敵対意識を持たれているのかどうかの判別ができないほどにとても自然だ。


 上空へと意識が持っていかれるけど、魔物は地上にもいる。数は分からない。正確な位置も分からない。ただ、四方にその気配がある。これはもしかして、もしかしなくても、四面楚歌、という状況だったり、しちゃったりして……。


「厄介だな」


 レジーが上空からゆっくりと近づいてくる巨鳥を睨みつける。ごもっともです。


「アル、近づいてきたヤツから順に、頼む」


「ああ」


 フードを被り直すことなく、腕も組まず、目を細めて周囲を見回している。緊張、しているのだろうか。らしくない。


「ポール、手伝ってやってくれ」


「うん」


 返事とともに、ポールからも魔力を練る気配がする。身体強化かな。


「テオ、エド、逃げなかったヤツらを分担して叩くぞ」


 笑顔のテッドが頷きながら明るく返事をする。真顔のエドが、分かった、と静かに答える。テッドはいつも通りだ。相手が厄介であっても、それでもこれだけの余裕があるのは……経験の差、だろうな。エドは大丈夫だろうか。いつもより固い気がするけど……。


「クリス」


 レジーを見る。レジーは上空を睨みつけたままだ。


「後衛を……補助を、頼む」


 後衛、補助……それって、攻撃するな、って、こと、か。レジーの視線が僕に向けられて一瞬だけ目が合ってしまい、慌ててすぐに逸らす。しまった、今の僕、絶対に面白くない顔をしていた。不満たらたらだった。すいません、そんなつもりじゃ……。


「護ってくれよ」


 恐る恐る、レジーに視線を戻し、息が詰まる。あぁ……あの目だ。寂しそうな、優しい、あの目。どうしてそんな目をするの……魔力のことを知っている僕に対して、それは、卑怯だ。無理させたくないって、思っちゃうじゃないか。言う事、聞くしかないじゃないか……。


 あの試合の後にレジーと2人で話した内容が頭を掠める。やめろ、思い出すな、今はその時じゃない。他の事を考えている余裕は無い。集中しろ。余所見をするな。巨鳥から意識を逸らすな。みんなの補助を、護る事を考えろ。目を閉じ、一呼吸置いてから目を開ける。顔を上げ、レジーを見据える。


「……任せてよ」


 レジーが、ふ、と薄く笑みを浮かべる。それからすぐに表情を引き締め、上空を睨みつける。巨鳥が、かなり近づいてきていた。




 翼を少し閉じたな、と思った。身体が大きいだけに僅かな動きでも十分に目立つ。羽ばたくか滑空するかのどちらかを繰り返していた中で、そのどちらでもない動きは目についた。なんだろう、と思った時には遅かった。


 次の瞬間、暴風に襲われた。


 何が起きた? 展開が急すぎる! 咄嗟に目を閉じ、両腕で頭を庇う。目が開けられない。みんなは無事なのか? とにかく、僕が今すべきことは、僕に今できることは……この風を、止めることだ!


 吹き荒れる暴風に干渉する。魔力が思ったように通じない。風魔法を発動できない。どうやらこの暴風は誰かの風魔法らしい。誰か、なんて決まっている。あの鳥野郎だ。それもなかなか干渉できないとなると、よっぽど風魔法に長けているらしい。厄介だ、本当に、厄介だ……!


 薄目を開けてみんなの位置を確認する。みんな堪えている。吹き飛ばされてはいない。それに、幸いにもそんなに離れていない。よし……風魔法で対抗できないなら、他の魔法を使うだけだ……! 土魔法で、防風壕を、造ってやる!


 足元に魔力を一気に流し込む。無理をするとそれだけ反動があるけど、仕方ない! 思いっきり土を凹ませる。凹ませた分の土で天井を造る。あの暴風に負けないように、ありったけの魔力をねじ込む。絶対に、崩れさせない。崩れさせる訳にはいかない……!


 うまくいったのだろうか? 風は感じない、けど、視界が……視力が、一時的に失われてしまった。周囲が見えない。耳、聴力も、ちょっと、不安定、か……? その場でゆっくりと、片膝をつく。


 クソッ! どうなった! 状況が、分からない……!

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