11 お願いします
今話もよろしくお願いします。
王都での生活が変わろうとしている。
お祭りが終わると、人の熱気だけでなく、街に籠っていた熱も失われたような、カラッとした空気になり、少しだけ過ごしやすくなったけど、僕はベレフ師匠から告げられた言葉を思い出しては、どうしようかなあ、と溜め息をついていた。
――クリス、王都の中等部に通わないか。
お祭りが終わり、ベレフ師匠と人気がほとんど感じられない夜の研究所に帰ってきて、順に浴室で体を洗い、仮眠室で冷やしておいたハーブティーを、光量をわずかに落とした部屋で、師匠と一緒に飲みながらほっと一息ついていると、師匠から唐突に告げられた。
王都の学校は春と秋の2回に分けて入学試験が行われていて、お祭りの翌日から募集が始まるけど、春入学に比べて秋入学は定員が少なくて、学力だけでなく人間性も、そして魔力も含めた対談形式の試験で合否を総合的に判断されるそうで、ベレフ師匠は、僕なら余裕で合格できるだろう、なんて言ってた。
仮に落ちたとしても、入学するのに年齢制限はないから、秋から勉強して試験を受ければ余裕で合格できるらしく、もちろん僕が行きたくなければ入学を強制するわけではないけども、少し考えてみてほしい、って言われた。
正直に言えばとても通いたい、というのも、ブランとノワールのような同年代の少年達との付き合いは、今まであまり無かったから、また会おう、というあの響きを思い出すと、今でも心臓が爆発しそうになるぐらいには、友人というものが欲しくて欲しくてたまらない。
それに、もしかしたら、もしかしたらあの2人が学校に通っていて、毎日会えるかもしれない、と考えると、嬉しくて嬉しくてベッドの上でバタバタしちゃうし、一方でやっぱり2人は普通の冒険者で、学校に入っちゃったら余計に会えなくなるかも、と考えれば、悲しくて視界がじわりと滲んでくる。
生徒って冒険者ギルドでギルド員登録できるのかなあ、そうすればどちらも叶って最高なんだけどなあ、でも仮に登録できても勉強しないといけないし、結局会えないかもなあ、それに登録できなかったら本当に会える気がしないし、まさかこんな人生における大事な選択を今迫られるとは思わなかったなあ、と少々大げさに考えてしまうのもしかたない、と思う。
「師匠、学校の件ですが、今いいですか」
学校の話から2日かけて、ジュディさんとトッシュさんにも相談して、じっくりじっくり考えたから、それで決めたから、後悔しないぞ、僕は後悔しないぞ……多分。
「クリス、君……隣の部屋で待っててもらえるかな、すぐに終わらせて行くから」
めちゃくちゃ緊張して腹を括って声をかけたというのに、まさか先延ばしにされるだなんて思わなかった。
くそう、胃に穴が開きそうだ、決心が揺らぐ前にさっさと来てくださいよ、って気持ちでベレフ師匠の目をじっと見つめてから呟いた、わかりました、が思った以上に掠れてて、なんだか僕ってば緊張してるなあ、僕って繊細だなあ、なんていつもみたいな思考もあまり続かず、速足で仮眠室に向かった。
「はあああぁぁぁ……」
仮眠室の扉を閉めた瞬間、驚くほど大きな溜め息をついてしまい、というかむしろ深呼吸のように息を吐ききって、よっぽど息をつめてたんだなあ、深呼吸、深呼吸、リラックス、リラックス、ハーブティーで乗り越えるぞ、なんて乱れに乱れた思考で、冷やしたハーブティーをコップに注いで一気に飲み干した。
とりあえずイスに座って待っておこう、と思ってイスに座ってみるものの、どうも落ち着かなくて立ち上がり、部屋をうろうろ歩いてみたり、また座ってみたり、立ってみたりと何度も何度も繰り返し、また座って立つと同時に扉が開いて、びくっとなった僕を見たベレフ師匠もびくっとなって、僕は何をしてるんだ、なんて少しおかしく思って、くすりと笑ってしまった。
「待たせてごめんね、クリス。それで、学校の件ってことだけど……」
「はい、師匠、僕、学校に通いたいです。試験を受けさせてください、お願いします」
頭を下げて、何度もイメージした通りの言葉を噛まずに言ったら、ようやく心に余裕ができたみたいで、顔を上げてベレフ師匠の表情をようやくちゃんと見ることができた、のはいいんだけど、なんだか師匠が固まってて、あれえ、僕そんなに変なこと言ったかなあ、イメージ通りに無難な返答ができたと思ったんだけどなあ、なんて思って、急に不安になってきた。
「そ、か、そっか、うん、そしたら受験申し込みの手続きを進めとくよ、頑張ってね、クリス」
ようやく時が動き出したベレフ師匠が嬉しそうな、そうでもなさそうな、すっごく微妙な顔をしていて、どうして受験を提案した師匠の反応がこんなに悪いのかなあ、なんていくら考えても思い当たる原因もなく、とりあえず笑顔ではい、と返事だけしておいた。
ベレフ師匠は僕なら余裕で合格できるって言うけど、魔力ならともかく、学力にはあまり自信がないし、僕の人間性がどう評価されるのか、なんてさっぱり分からないし、過去問でも探そうかなあ、なんてぼんやりと今後の予定を考えて、ふとまだ部屋に残って僕を見ている師匠に気づいた。
「師匠、ハーブティー飲みますか」
唐突な問いにいつもみたいにきょとんとした顔をしていたけど、ふっと笑ってから、そうだね、もらえるかな、と言ったベレフ師匠の顔は、うさんくさい笑顔だった。
ありがとうございました。
お受験戦争ナメてますね。