91 上ります
北の山脈へ向かいます。
今回、移動は徒歩だ。もちろん、馬車で移動する人もいれば魔法で移動する人もいる。前者はお金がある人、後者は身軽な人に許された手段だ。貧乏で大所帯のこのパーティーにはどちらの手段も許されない。
前を歩くのはテッドとレジー。後ろはエドとポール。そして間に挟まれた僕とアル。僕とアルが弱いからこの編成、なんて勘違いはよくない。いや、それもあるかもしれないけど、弱いというより、近接戦闘が苦手なだけで、ほら、後衛ってヤツだから。うん。うん……。
実際、僕は索敵能力に優れている。補助魔法で五感を強化して、視力と聴力で周囲の生き物の気配を感じ取れる。ついでに魔力も、だ。レジーと試合があった日のような鋭さは既に失われているけど、それでも魔物の気配だって、もちろん周囲のみんなの魔力だって、今でも察知できている。
そうして僕が察知した外敵は、今まではテッドがすぐに跳び出して確認しに行き、斥候のような役割を果たしていた。外敵の数や種類に応じて追い払うか、戦うか、といった判断をしてもらっていた。今はアルがさっさと光魔法を飛ばして追い払っている。外敵の詳細は不明だけど、まあ、逃げてくれるし、楽。
そんな感じで、僕とアルはみんなの体力温存に一役買っている。かなり重要な役割じゃない? まさか僕とアルでこんな素晴らしい役割を果たせるとは思ってもみなかった。いやーよかったよかった。あはは。
だから、もーちょっとぐらい、和やかな雰囲気になっても、いいんじゃないかなー、なんて……思ったり、するのですが……。
レジー。真顔だ。いつも通りではある。王都近辺は人通りが多いこともあって土が踏み均されている。街道ほどではないけど、草や木があまり伸びてなくて歩きやすいし見通しも良い。それでもレジーは周囲に鋭い視線を向けている。うん……いつも通り、だけどね……。
テッド。レジーの隣で周囲をきょろきょろと見回している。ついでにいろいろと喋っている。レジーに適当に受け流されているから、半分独り言みたいなものだ。これも、まあ、いつも通り。
エド。すごく険しい顔をしている。口元を片手で覆い、手帳を見ながら、ずっと何かを考え込んでいる。悪人面になっているのだろうか。分からない。分からないけど、ずっと黙っている。話しかけられる雰囲気じゃない。
ポール。僕の視線に気づくと微笑んでくれる。それ以外は、なんか、怖い。目を伏せがちで、感情が……読み取れない。何を考えているのか。あの姿、どう表現すればいいのか。幽玄、とか? とにかく、不思議な空気を纏っている。
アル。何も考えて無さそう。口笛を吹いている。僕の視線に気づいて、片眉を上げる。肘で突かれる。何するんだ、このっ。1人だけフードなんか被っちゃって、ベルトたくさんぶら下げて、見た目重視にも程があるんだよっ。機能性重視のみんなを見習えっ。
僕が緊張感無さ過ぎなのかな? 確かに今回の目的地、北の山脈は危険だ。でも、道中は危険じゃない。いや、北上しているからどんどん魔物の生息数は増えているし、それだけ遭遇率は上がっているけど……。
「向こう、魔物っぽい」
「あいよ」
アルが光の球を作り、遠くの林へ飛ばす。閃光が炸裂する。
「うん、逃げた」
「ん」
こうやって遭遇する前に追い払える。今のところ成功率は100パーセント。立ち止まることなく、順調に北上を続けられている。かなり安全だと思うんだけど。何がこの緊迫した空気を作り上げているんだろう。何が今のみんなの表情を作り上げているんだろう。
どうしてみんなピリピリしているの? 僕、空気読めてないの?
「上……」
遥か北の上空を飛んでいる、鳥。先程北の山脈から飛んできた姿を見上げながら呟いた声は、誰の耳にも届かなかったらしい。鳥から目を逸らさないようにして、アルに近寄る。裾を引っ張る。
「あ? 何だよ」
「ねえ、あれ」
はあ? とアルが視線を上げる。フードがずれ落ちる。大きな影が近づいてきている。自然と歩みが遅くなる。裾を掴まれているアルも僕に歩調を合わせる。
「どうしたの、クリス」
ポールの声がすぐ後ろから聞こえる。当然だ。前を歩く僕の歩みが遅くなれば、後ろが詰まる。分かってはいても、あの鳥から目が逸らせない。そのまま、立ち止まる。
「嫌な予感がする」
ぼそり、と呟いた声。今度は聞こえたのだろう。周囲に緊張が走る。ポールがレジーとテッドを呼んでいる。遠距離から攻撃ができるのは……僕だ。魔力を両手に集める。魔法を展開する。飛ぶ鳥は……落とす。風魔法と、雷魔法を、ゆっくりと、複合させる。
あれは野生動物か、それとも魔物か。恐らく後者だろう。前者にしては大きすぎる。この魔法はヤツを落とせるのか。念のため片手に1つずつ、同時に作っていてよかった。
まだ距離はある。しかし、僕の攻撃が届かないと思うのは……間違いだ。
「おい、クリス」
こちらに真っ直ぐ飛んできていた鳥の影が進路を変える。変えつつ、高度を落としている。旋回するのだろうか。何故、この時間に山脈から飛んできたのか。僕らと鉢合わせるのは偶然か。狙ってか。こちらを認識しているのか。
疑問点は多い。しかし、そんな細かいことはどうでもいい。それよりも、どうやるのが最も――――
「クリス」
腕を、掴まれる。思考が、遮られる。
誰だ、邪魔をするのは。
「話を聞け」
視界が明るくなる。うん? うん……集中しすぎていた。目の前のレジーに気づかないなんて。レジーと目を合わせる。レジーの眉間の皺がいつもより多い。ちょっと、怒らせた? う、やっちゃった……曖昧な笑顔を浮かべる。
「ごめん……」
「先走るな」
頷いて、両手に視線を下ろす。手の上で明滅しながら激しく回転している魔法が、2つ。片腕はレジーに掴まれたままだ。うーん、一度展開した魔法を、発動させずに消せるようになりたい……ちら、とレジーを見上げる。
「……ああ、それか」
レジーがふ、と表情を緩める。腕を放してくれる。ごめんね、ちょっと、魔法を捨ててきます。ゆっくりと、上空へ移動する。数メートルのところで滞空し、制御していた魔法を1つ、上空へぶん投げる。
そして、解放。瞬間、轟音と紫電が円状に広がる。もう1つもぶん投げて、解放。同様の衝撃が辺りを震わす。うーん、半径3メートルぐらい、かな。これで、さっきの鳥に対抗できたのかな……。
ゆっくりと地上に降りる。もうすぐ着地、というところでテッドに後ろから受け止められる。
「ひやー、相変わらずすごい魔法作るなあ!」
「え、わ、わ、ちょ」
テッドが僕を抱えたままくるくると回り出す。ちょ、やめ、やめて、目が回る、前に、怖い! テッド、フラフラ、していて、怖いって!
「お、おろして……ッ!」
「あっははは!」
うう、ひどい……!