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89 重ねます

 財布を……空に……してやる……!!




「お前……」


 アルが引いている。顔を顰めている。呆れたような目を向けている。知らない。好きなモン買えって言われたから好きなもの買っただけだもん。


「病的なまでの甘党だな」


 アルにはちゃんと昼食になるものを買ってあげた。揚げたり炒めたり、素材そのものを香ばしく、もしくはソースをかけて、色で、匂いで食欲をそそる、そんな食べ物達を複数個所で買ってあげた。


 それで僕は何を買ったかって話だけど、ほら、僕、ケーキ食べたかったんだよね。だからってお店に入ってケーキを買ってきたりはしない。お店のケーキ、高いんだから。アルに申し訳ないよ。確かに財布を空にしてやろうとは思ったけど、うん、冗談だから。一応。本当に空にする訳ないじゃん。しないよ。ははは。


 結果、選ばれたのは……ベビーカステラでした! 大盛り! 最高! 幸せ! 生きていてよかった!


 もちろん、他にも買っている。お菓子はその場で作るより、事前に作っておいたものを並べて売る、という店が多い。そうなると派手に音や匂いを撒き散らして周囲に存在感を示せないから目立たないし地味だけど、その分味も見た目も多種多様な、丁寧に作られたものがたくさんあって、実に選り取り見取りだ。


 何より露店価格だから安い。お店を持てない人が露店で売っているのだから当然だ。では安かろう悪かろうで味が悪いのかというと、必ずしもそうとは限らない。中には露店のレベルを超えた、東の区画のお店に匹敵するのでは、というほどのお菓子が紛れ込んでいることがある。ゲロマズのひどいのもあるけどね。


 僕はそういった、お菓子界の原石を、才能の芽を見つけ出すために、手当たり次第にお菓子を買ってきたのだ……! もしもこの中に光り輝くものがあれば、再び買いに行かなければならない。もちろん、どの露店で買ったかはしっかりと記憶に刻み込んでいる。いくら疲れていても、そのあたりは抜かりないぞ!


 まずはこの出来立てほやほやのベビーカステラたちを……ふふっ。


「何個か残せよ」


 ええ……僕のベビーカステラなのに……。


「ふざけんな、俺の金で買っただろ」


「……分かったよ」


 僕の様子を見てアルが鼻で笑う。そして僕が買ってきた軽食を食べる。簡易版サンドイッチみたいなものだ。薄焼きのパンにいろんな具材を乗せて、2つに折ってかぶりつく。露店ごとに具材が違うから、選ぶ楽しみがある。僕が食べる訳じゃないけど、少し悩んだ。どうせなら美味しい方がいいもんね。


 アルが無言で咀嚼している。特に表情は変わらない。美味いのか? 不味いのか? どっちだ? ちら、とこっちに視線を向けたアルと目が合う。アルが口元を舐めながら、眉間に皺を寄せる。


「え、何見てんの。怖」


「……おいしい?」


 沈黙。アルが溜め息をつく。


「食うか?」


 食べかけのものを見せられる。いや、別に欲しいんじゃなくて。というかめちゃくちゃ嫌そうな顔で言うなよ。そんな顔を見せられて食べられる訳が無いじゃないか。そもそもいらないし。じゃなくて。


「……口に合うかな、って」


 言ってから気づく。アルに気を使う必要、無かったな。だいたいこういう時は適当に受け流されたり揶揄われたりするんだ。全く、僕も懲りないな……アルから手元のベビーカステラへと視線を移す。1つ摘まんで、食べようと口を開けた。


「60点だな」


 ……はい?


「豆が混ざってなけりゃ70点」


 軽食を見つめながら淡々と評価している。おかしいな、アルが真面目に返事をしているだと? しかも点数が微妙。アルが横目でちら、と僕の方を見る。そのまま、にやり、と笑みを浮かべる。


「隣にいるのが女の子だったら100点」


 あ、そっすか。やっぱりいつも通りだった。聞くんじゃなかった。



 その時のアルは、静かだった。教会に行く時はぺらぺらと語っていたのに。いつもなら、1人で勝手にいろいろ話すのに。妙に静かなアルを不気味に思いながらも、数々のお菓子達と真剣に向き合っていた。


 どんな見た目で、どんな素材が使われていて、どんな味がするか。混ぜすぎてないか、火を通しすぎてないか。材料は新鮮か、分量は適切か……まず一口、普通に食べる。それから、味覚を補助魔法で強化して、一口。納得のいく結論が得られるまで繰り返す。


 しかし、今日は……当たりは、無いかな……。


「なあ」


 すでに食べ終えており、それからずっと黙り込んでいたアルが口を開いた。一旦意識を切り替えて、アルの方へと顔を向ける。アルは視線を真っ直ぐ前に向けたまま、脚を組んで、花壇に寄りかかっている。すごく、怠そうだ。


「仲直り、できたのか」


 誰と、なんて聞くまでもない。セルマさんのことだろう。いつ聞かれるか、とは思っていたけど……このタイミング、か。視線を、手元に下ろす。何て、言おうかなあ……。


「……できなかったのか?」


 仲直りを前提としている以上、はいともいいえとも言いづらい。仲直りという言葉は正確ではない。仲は、直ってない。協力関係を結んだ。新たな仲を、関係を、築いた。今後会うのに、今までのような気まずさは無い。そうなると、外面だけなら仲直りができていない、とは言えない。


「えっと……」


 アルは何も言わない。黙って、僕の言葉を待っている。思い返せば、秘密主義の僕に、よく、ここまで協力してくれたよなあ……もう、黙るとか、秘密にするとか、嘘吐くとか、したくないなあ……。


「……ちょっと、複雑」


「ふーん」


 ちら、とアルの様子を窺う。相変わらず、視線は真っ直ぐ、前へと向けられている。無表情。何を、考えているんだろう……アルの視線の先、僕らの目の前には、広場を歩くたくさんの人達。表情も、歩く速さも、目的地も、バラバラ。アルは、何を見て、何を考えているんだろう。


「複雑だけど、関係修復はできた、かな」


 ぼそり、と呟く。アルの返事は無い。聞こえなかったかな。まあいっか。複雑な関係。嘘だらけの関係。セルマさんを、聖女という立場を利用できる関係。そんなの、言える訳が無い。


 ぽん、と頭に重みがかかる。そのまま、ぽん、ぽん、と、頭を撫でられた。

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