88 仕組みます
アルの阿保ー!
「もちろん、こちらこそ、今後も仲良くさせていただきたいです、が……」
笑顔で、少し困惑した様子のセルマさんの目を見つめる。
「正直に言うと、ちょっと、大変なんですよね、僕」
セルマさんが小首を傾げる。正直に、とは言ったが、どこまで正直に告げるべきか。いや、正直に告げるつもりなど無い。今までの付き合いから、彼女が少々頭の弱い子であることは分かっている。上手く、立ち回らなければ。上手く、事を有利に運ばなければ。
「セルマさんが仰っていた通り、僕は魔力が多いので――」
「授けられた力、ですよね」
遮られた。
「ええ、魔力が――」
「あの、授けられた力、です」
……こだわるな? 話が進められないぞ? せっかく覚悟を決めたというのに、まさかこんな序盤で躓かされるとは思いもしなかった。天然故か、それとも計算か。どちらにしても恐ろしすぎる。このような妨害、あってたまるか。
「……すいません、セルマさんも……持っていますよね?」
ぱちぱちと、数回瞬きをしている。不思議そうな顔だ。まさか、具体的な名称が無ければ通じない、などと言わないだろうな。この話の流れで意味するところを推測できないような、そこまで頭の弱い方ではないと思っているのだが。
「力のことでしたら、主より頂いております」
頂く……まあ、授けられた力と言うからには、そういう表現が彼女にとって適切なのだろう。少々の違和感は見過ごそう。話を進めるためとは言え、このようにして時間を取られるのは少々不本意ではあるが、いちいち話を遮られても困る。話を円滑に進めるためにも彼女の思考を理解しないといけない。
「それで……回復魔法、使っていますよね?」
そう聞いている。街を巡回していて怪我をしている人を見かければ、どんなに僅かな傷でも治している、と。彼女は小首を傾げ、頬に指を添え、考えている。僅かな沈黙。宙に視線を彷徨わせていた彼女の口から、か細い声が漏れる。
「いえ、私、魔法は使えませんが……」
は?
「……巡回で、傷を治していらっしゃると聞きました」
ああ、と小さな声を上げ、笑顔を浮かべる。
「授けられた力で、我が主の寵愛を広く皆様へとお伝えしております」
それが聖女である私の役目です、と聖女モードの素敵な笑顔で伝えられる。そんな笑顔で言われても……でも、なるほどね、うん、分かった。これは、めんどくさいな……予想外の思考回路を見せつけられた衝撃で崩れかけた笑顔を立て直す。なるほど、そうでしたか、と笑顔で頷いておく。
魔力は自身が生来持っているものでは無い、と。そう考えているのか。皮肉なことに、10歳前後で魔力の有無を検査する王国の慣例を都合よく解釈しているようだ。厄介だ。国は生後すぐに魔力を測る手法を開発すべきだ。それはさておき、納得した体でいくぞ。頑張れ、僕の表情筋。働け、僕の頭。
「……それで、僕の力ですが、どうしても、目立ってしまうもので」
視線を斜め下に逸らす。表情を暗く、目を伏せ、溜め息を吐く。
「目を、つけられるんです」
しばし、沈黙。そんな、と震えた、消え入りそうな声が聞こえる。少しだけ、視線を上げる。視界に彼女の表情が、驚愕に見開かれた目が映る。
「今まで大事に至るような事はありませんでしたが……」
さらに視線を上げて、彼女と目を合わせる。一瞬だけ悲痛の色を見せ、すぐに弱々しい笑みを口元に浮かべる。
「今は……かなり、厄介な方を相手にしていまして」
「ッ! それでしたら尚更――」
「セルマさん」
表情を引き締める。じっと、彼女の目を見つめる。遮られ、開いたままだった口が閉じられていく。その様子を最後まで見届けてから、ゆっくりと、落ち着いた声をつくって、言い聞かせる。
「僕は、これ以上、貴女と会うべきでは、ない」
教会の入口を潜る。太陽がだいぶ高い位置にまで昇っている。影が短い。しばらく歩き続け、教会から少し離れたところで立ち止まる。天を仰ぐ。いい天気。
ああ……疲れた。
ぼけーっと、小さな雲が点々としている青空を眺める。一度大きく息を吸ってから、視線を下ろし、ゆっくりと歩みを進める。ケーキが食べたい。どこか喫茶店に……寄れるほどのお金の余裕はまだ無かった。悲しい。寮まで真っ直ぐ帰ろう。
北の大通りを南へ下っていく。歩みは止めず、先程のやりとりを思い返す。僕は……勝った、のかな……いや、勝ち負けじゃないか。でも、有利に、常に主導権を握って、話を進められた。
セルマさんを相手に……。
達成感のようなものは無い。ひたすらに疲労感ばかりだ。あとは、罪悪感のような、胸の蟠り。何だろうなあ、コレ。まあ、思い当たる点はいくらでもあるけど。騙したというか、弄んだというか、裏切ったというか……。
北の広場に辿り着く。中央に噴水があり、その周囲を花壇が覆っている。その花壇を背もたれにするようにベンチが置かれており、お昼時というのもあってそのほとんどが埋まっている。もっと言うなら、露店で売られている、食欲をそそる匂いと見た目の食べ物を食べるために、座っている。チッ……。
ベンチを見ないように正面を向き、歩く速度を速める。さっさと広場を抜けてやる。そう意気込んだところで、視界の端で何かが明滅する。あ、ベンチ付近だ。見ない。絶対に見ないぞ。
そう思うのに、何度も何度もチカチカされてはどうしても気になる。一瞬だけ視線を向ければ、紫がかった黒髪が見えた。なんだ、あの毒々しいキノコは。こんな街中に生えるだなんて、恐ろしい生命力だ。駆除しないと。
進路を変えた僕に、アルがひらひらと手を振る。足を組んで、薄い笑みを浮かべている。わざわざ待っててくれていたのか……暇人め。
「よお」
「なんでここにいるの?」
複数人が座れる大きめのベンチに行儀悪くも斜めに腰かけ、悠々と独占しているアルの目の前で立ち止まり、率直な疑問をぶつける。アルの薄ら笑いが一瞬だけ消えるも、すぐににやりと笑って僕を斜めに見上げてくる。
「逃げてこないように監視していたに決まってんだろ」
あのねえ……本当に、僕を何だと思っているんだよ。もっと他にやる事あるだろ。呆れていると、アルがポケットから何かを取り出して放ってくる。受け取れば……小銭の音。財布じゃないか。何がしたいんだ。
「飯、買ってきて」
好きなモン買って来いよ、奢ってやる、そう言ってアルが露店の並ぶ方向を顎でくい、と示す。何だって? 何だ、その態度は。つまり、パシリか? 僕をパシらせようと、そういう魂胆なのか?
コイツ……! いい覚悟じゃないか……!!