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 情緒不安定な2人。




「もう、お会いできないかと、思っていました……」


 僕と目が合った瞬間、セルマさんはぼろぼろ泣き出した。驚いた。すごく驚いた。何を言われるんだろうとか帰りたいとかいろいろ考えていたけど、目の前の光景のあまりの衝撃に全て吹っ飛んだ。慌ててセルマさんに駆け寄りベッドへと座らせ、落ち着くまで傍にいた。


「あんな、別れ方、してしまった、ので……」


 1ヵ月前のことを思い出す。確かに、酷い別れ方をした。主に、僕が。




 お祭りの最終日を一緒に過ごして、一緒に花火を見て、教会まで送り届けて、髪飾りをあげた。こうして事実を並べてみれば、誰がどう見たってそういう関係だ。それからセルマさんが引き止めるのも、うん、まあ、自然な流れだ。たぶん。それで、そこから先が不自然だったんだ。


 僕は断った。そういうつもりは、欲望は全く無かった。だから断った。それに対してセルマさんは、どうにか僕を引き止めようといろんな理由を言ってくれた。


 初めは年頃の男女らしいやりとりだった、と思う。今晩だけ一緒にいてほしいとか、まだ別れたくないとか、そういうことを言ってくれた。だから僕は、こんな身形でも一応男だから、女の人の部屋に、それも夜に入るもんじゃないと断った。


 それでもセルマさんは頑なだった。次第に、僕に留まってほしい、という願望から、僕は留まるべきだ、という強い要望へと理由が変わっていった。


 つまり、僕は教会にいるべきだ、といった旨のことを言われた。あまり王都の中で、俗世で過ごすべきではない、と。なぜなら僕は神に近しい身だから。その証拠に僕は大きな力を有している。その力の大きさは一般の人と比ぶべくもない。それこそまさに僕が他と存在を異にする者である証で、神に近しいことを意味している。


 その尊い身がいつ危険に晒されるか、常に案じていた。今までは静観していたが、どうか、これを機に教会へとその御身を移していただきたい。そしてどうか、主の御声を、主の御心をその身に宿し、我らを教え導いていただきたい。それこそが俗世へと下られた御身が果たすべき務めであり、我らの望み。


 願わくば、その寵愛を聖女たるこの身へと、未だ御声を聞くことを能わぬ至らぬ身へと頂きたく存じます。我が主の御心を広くこの地に齎さんがために、どうか、ご寵愛を。




 今でも思い出すと鳥肌が立つ。怖かった。僕の知らないセルマさんだった。聖女セルマ・ティアレ=アイテルだった。だから、差し伸べられた手を、思いっきり、振り払った。そして、強い拒絶の言葉を、来るな、と、声が震えそうになるのを必死に抑えた、低い、押し殺した声で伝えて、その場を去った。


 だから、来たくなかった。あの日語られた話が、セルマさん個人の意志なのか、それとも教会の、聖職者全員の意志なのか。仮に後者だとすれば、そんなところに、いくら日中とはいえ単身で乗り込むのは危険すぎないか。もう二度と関わるべきでないのではないか。かなり、悩んだ。


 だというのに、アルが無理矢理話を進めるから……結果として、セルマさんの今の様子を見れば、もうあんなに詰め寄ってくることは無さそうだし、安心はしたけど……それでも、かなり危険な賭けだった。無事に帰れるかどうかはまだ分からないけど、考えられる限りの最悪の事態、ではなさそうだ。


「もう、あのようなことは言いません……」


 目と鼻を真っ赤にしたセルマさんが僕の方を向く。眉は八の字になっていて、とても弱々しい。けど、僕を見るその目には力強い光が宿っていた。


「どうか今後も、セルマという一個人としての私と、仲良くしていただけますか……?」


 上目遣いと、潤んだ瞳。普通の男ならすぐに頷いてしまいそうだ。だからといって僕もすぐに頷く訳にはいかない。セルマさんと今後もこの関係を維持することは、僕にとってどういうことなのか。セルマさんが言葉通りに一個人としての関係を望んでいても、周囲はそう見ないだろう。これは、僕と教会の関係だ。


 まず最も危惧すべきは聖女セルマ・ティアレ=アイテルが語った内容だ。あれは聖女個人の言葉なのか。いや、教会の言葉として見るべきだろう。だとすると、教会は僕を取り込みたい訳だ。そんな教会と接点を持つことは、今後も1人で乗り込み続けることは、あまりにも危険すぎる。


 正々堂々と正面から説得され、僕が納得して教会に居を移すというのならまだいい。無いとは思うけど。そうではなく、仮に実力行使に出られたら。軟禁、という手段を取られたら。全力で抵抗すれば脱出できる気はするけど、絶対の自信がある訳じゃない。今後の人生をずっと教会で過ごすなんて、嫌だ。僕はそんなに信心深い人間じゃない。ましてや神様でもない。絶対に、嫌だ。


 しかし逆に考えれば、教会に身の安全を保障してもらえる、ということだろう。僕に交渉技術があれば、拘束されることなく教会の保護を受ける、みたいな理想的な条件を勝ち取ることもできるのだろう。自信無いけど。そこまでは無理でも、いざという時には教会に駆け込めば護ってもらえそうだ。


 となると、今の僕に教会から護ってもらうべき相手がいるのか、という話になる。今現在明確に対立している存在はいない。しかし、今後の事を考えると、少々恐ろしい存在がいる。


 王国貴族。僕の浅はかさによって、かなり厄介な話に片足を突っ込んでしまった。まだ接触回数が少ないからか表面上は友好的だった。でも、腹の中で何を考えているのか、裏で何をしているのか、全く分からない。いや、接触を重ねたところでそれが見えてくるとは限らない。


 相手は金も権力も情報もある。それらが複雑に絡まった勢力抗争もあったりするのだろうか。とにかく、あまりにも知識が無さ過ぎて、相手がどれだけ巨大な存在なのか、どこまで実力行使に出てこれるのかが分からない。というか、全て僕の想像にすぎない。今の僕には知識が無い。本当にここまで警戒すべきなのか、どこまで警戒すべきなのか、とにかく分からない。


 ただ、見方によるのだろう。今は教会に貴族から護ってもらう視点で考えているけど、逆もある。貴族に教会から護ってもらうという選択肢もある。いろいろ考えてきたけど、言葉だけ入れ替えてしまえば、教会にしても貴族にしても全く同じことが言えそうだ。


 どちらを味方につけることが僕にとって利益が大きいのだろうか。というか、こういう風に考えないといけないのだろうか。実感が、知識が無さ過ぎる。相手を知らな過ぎる。危険性が判断できない。何を警戒すべきか分からない。もっとしっかり考えてから来たかった。もう、アルが勝手に話を進めるから……!


 セルマさんがすぐ隣で僕をじっと見つめている。潤んだ瞳で、上目遣いで、ずっと僕を見続けている。答えないといけない。決断しないといけない。さあ、どうする。どうしよう。どうしろってんだよ!


 ああもう! アルの阿保! 阿保阿保阿保!!

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