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85 判じます

 試合の目的、忘れていた。




 5人の視線がレジーへと集まる。そう、どうしてこんな試合をしているかって、北の山脈へ連れて行ってくれ、とエドとポールから頼まれたレジーがすぐに返事をしなかったからだ。もっと言えば、僕とアルは来るなと言われたからだ。そうだった。僕、来るなって言われていたんだった。


「そうだな……」


 座っていたレジーが考え込むように視線を地面に落とす。テッドがレジーの隣にしゃがみ込み、それをちら、と横目に確認してから、座っているポールと、その傍に立っているエドへと視線を向ける。


「エドとポールは、問題無いだろう」


 レジーの言葉を聞いて、エドとポールが顔を見合わせている。よかったね、とポールの掠れた声が聞こえる。えっと、合格を先に告げるってことは、僕とアルは、不合格ですかね……?


「で、俺とクリスは?」


 アルが苛立ったようにレジーへと尋ねる。レジーがエドとポールから、アルへと視線を向ける。真顔だ。真顔ということは、眉間に皺がある。怖い。


「アルは……」


 そこで一旦言葉を止め、溜め息を吐く。


「この中で、最も戦闘技術が未熟だ」


「で?」


 苛立っている。声だけじゃなく、顔まで険しくなってきている。駄目ですよ。せっかく評価してもらっているんですから、謙虚な態度で聞きましょうよ。


「前には、出るなよ」


「……は? つまり、行けんの?」


「来たいなら、来ればいい」


 アルが目を見開いている。あ、そ、と呟き、そっぽを向く。何、その反応。面白いな。どんな顔をしているんだろう。覗き込んでやりたい衝動に駆られる。


「クリスは……」


 そうだ、残りは僕だけじゃん。アルからレジーへと視線を移す。真顔のレジーと目を合わせる。何て言われるんだろう。


「精神的に、不安定なところがある」


 はい。自覚があります。


「試合の時のように落ち着いていればいいが……」


 レジーの眉間の皺が深くなる。


「試合前のような状態だったら、置いて行く」


 当然の評価だ。レジーの目をしっかり見ながら頷き返す。それを見て、レジーの表情が緩む。そのまま、エドとポールへと顔を向ける。


「日程は、寮に戻ってからでいいか?」


「ああ」


 エドが薄く笑みを浮かべながら頷いている。嬉しそうだ。それを見て、ポールも爽やかな笑顔を浮かべている。顔色はまだ少し悪いけど、さっきまでの苦痛に耐えて強張っている笑顔ではなくなった。


「じゃ、帰ろ!」


 テッドがレジーに肩を貸しながら笑顔で言う。その声を受けて僕も立ち上がり、テッドとレジーの後ろをついて行こうとしたところで、肩を叩かれる。振り向けば、アルが真顔で僕を見ている。


「後で、俺の部屋、来いよ」


 アルの部屋に? なんで……アルが前を向きながら僕との距離を詰め、囁く。


 聖女様の件だ。




 別に、忘れていた訳じゃない。いろいろ緊急の用件があったから後回しになっていただけだ。まあ、先延ばしにしていたとも言えるかもしれないけど、これは不可抗力なんだ。延ばしたくて延ばしていたんじゃない。延ばさざるを得なかったんだ。


 ちゃんと、夏休み中に会いに行こうと思っていた。残り約2週間、それだけあればさすがに都合がつくはずだ。ただ、今は北の山脈の件で忙しかった。だからセルマさんのことは一旦保留にしていた。それだけなんだ。この件が終われば会いに行くつもりだったんだ。本当だよ。


 面談だとか、面会だとか、今回の件だとか、突然いろんな用事が次から次へと舞い込んでくるもんだから、今まで決められなかったんだ。夏休みも終わりに近づいてきたし、未解決の問題は多いけど、でもさすがにこの時期ならいきなり予定が入る事もないだろうし、セルマさんに会いに行けるはずだよ。


「あーはいはい分かった分かった」


 椅子に腰かけ腕と脚を組んでふんぞり返っているアルがめんどくさそうに適当に流してくる。ベッドに腰かけながらそんなアルを見上げつつ、少しだけ部屋を見回す。


 部屋の隅に乱雑に積み上げられた、勉強用具。勉強机の上に丁寧に並べられた、たくさんの小瓶にアクセサリー達。ほんのりと漂う甘い香り。壁に立てかけられたレイピア。床に並ぶブーツ達。壁に張られたロープからぶら下がる帽子達。なんだこの部屋。勉強する気ないな。


「で、いつ行くんだよ」


 アルが髪の毛を弄りながら聞いてくる。おい、さっきの話を聞いてなかったのか。何度も言わせるな。


「だから、空いている日に――」


「いつだよ」


 アルが眉間に皺を寄せて、頬杖をついて斜めに見下ろしてくる。どうして苛立っているんだ。めんどくさいな。


「……この後、確認するよ」


「じゃあ今すぐ確認しろ。今すぐ決めろ。ほら。早く」


 めちゃくちゃ急かされている。アルが目の前でしっしっと手で追い払うような動きを見せている。くそ、アルは本当に人を苛立たせるのが上手いな。どうしてそんなに急かすかな。というかね。


「いつ会うかなんて、アルには関係ないじゃないか……」


「はあ?」


 アルの声が低くなる。あーもう、やだやだ。怒るなよ。正論だろ。正論に対して暴力で対抗するなんて文化人らしくないからやめようね。話し合おうね。僕らならできるよね。ね?


「協力するっつっただろ」


 思ったよりも冷静な返事が返ってきた。てっきりまたブチギレかけたアルから一方的に責め立てられるのかと思ったら、座ったままだし、頬杖をついたままだし、僕を見下ろしたままだし……逆に不気味だよ。最近のアルはよく分からない。


「協力ってのは陰から手伝うだけじゃねーよ」


 アルがにやりと笑う。


「表立ってケツ引っ叩いて成功に導くのも協力だ」


 ああ……嬉しくない。

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