84 極まります
ポールが、何かを極めた。
距離を詰めてきているポールを涙目で睨みつけていたテッドが弾け飛び、距離を一気に詰める。突き出された拳が払うようにして受け流される。その勢いのままに繰り出される回し蹴り。軽くしゃがんで避けるポール。
避けながら、蹴り出された脚へと伸ばされる指。それを見てテッドが爆発を起こして身体を回転させ、脚をポールから遠ざける。その衝撃に目を細めながら、体勢を崩したテッドの頭部へとポールの掌が伸ばされるも、届く前にテッドが振り上げた拳に弾かれる。
背を向けているテッドに、仰け反っているポール。2人が同時に下がり、距離を取る。
……うん、魔力を見ないと、分かんない。テッドは常時身体強化を使っているし、火魔法の動きも見れば、ギリギリ追いつける。ポールは……テッドほどではないにしろ、身体強化が使われているようだ。あと、手にかなりの魔力が集中している。手、か……。
もしかして……再び殴り掛かるテッドと、それを受け流すポールの、特にポールの手にある魔力に意識を集中させる。テッドの拳を受け流す、避ける、弾く、そして、隙を見て……指で突くか、掌打をしようと、している。その瞬間、魔力が……針のように、放出されている……。
2人が再び距離を取る。険しい表情をしつつも、まだ余裕のありそうなテッドに対し、少し息が上がってきているポール。体格か、経験か、年齢か、ここにきて体力の差が目に見えるようになってきた。このままならいつかテッドが勝つだろう。でも、もしポールの技が極まったら……。
テッドがさらに後方へと跳び、大きく距離を開ける。そして、構えを解いて、両手を前に突き出す。もしかして……大量の魔力が、宙に放出されている。うわあ……。
ポールも何が来るか察したのだろう。その場にしゃがみ込む。しゃがみ込むの? あ、でも……全身、というか、体表を覆うように、魔力が体内を移動している。
「ッしゃァッ! 喰らえェッ!」
テッドの……かなり広範囲の火魔法が、放たれた。試合場外の僕らにも被害が来そうだ。慌てているアルを横目に、壁を造る。急ごしらえだけど……耐えられるかな? どんどん魔力をつぎ込めば……あと、水魔法の用意もしておけば大丈夫……かな?
「はあー、こえー……死ぬかと思った」
試合の時よりも分厚く造ったけど、透明であることに変わりない。どうにか耐えてくれそうだけど、目の前に迫りくる炎に、アルの腰が引けている。
「ありがとう、クリス」
レジーのお礼に返事をしつつ、ポールを見つめる。どうやらこの火魔法を防げるだけの攻撃魔法は使えないようだ。両腕で顔を覆ってはいるものの、直撃だ。体表に集めた魔力で、これを凌げるのか……?
数秒間、短いようで長い、火焔の嵐が、止む。
「けほっ」
あれ、ポール、無傷……?
「化け物か」
失礼な感想だな。確かにあの火魔法で無傷とは、予想外だったけど、驚いたけど、でも、失礼だ、すっごく失礼だぞ、この毒キノコ。
遠くではテッドが目を丸くしている。うん、無傷だもんね……1回咳き込んだだけで、何事もなく立ち上がるポールの姿を見て、それだけの反応に止められたのがすごいよ。いつもだったら絶叫していてもおかしくないよ。テッド、よく耐えたね。
でも……最終的には無傷のように見える、というだけなんだろう。体表に集められていた魔力は全て使われたみたいで、跡形もなく消え去っている。きっと、全てを直に受け、燃え尽きる前に間髪入れず全てを回復させた、ってところか。装備は完全に直せなかったようでところどころ焦げているけど、滅茶苦茶だ。無理しすぎだよ。
テッドが表情を引き締め、爆発と共に一瞬で距離を詰める。テッドの動きは変わらない、けど、ポールの動きがだいぶ鈍くなってきた。受け流しきれず、体勢が崩れ、掠り始め、次第に直撃するように……あっ。
相打ちというか、ポールの捨て身というべきか。テッドの拳とポールの掌打が互いの鳩尾に命中した。これは痛い。ポールが苦悶の表情を浮かべながら数歩後ろへとよろめき、膝を突く。鳩尾に手を当て、蹲っている。テッドは……その場で崩れ落ちた。こ、これは……。
エドが駆け寄り、テッドの様子を窺う。声をかけているけど、あれ、反応、無い……?
「テッド、戦闘不能。ポールの勝利」
エドが淡々とポールの勝利を告げる。これは、逆転勝利、かな? すごいな、ポール。かなり無理したみたいだけど……咳き込みながらテッドの元へと這って近寄るポールへとエドが駆け寄り、肩を貸して立たせているのを見て、僕も立ち上がって3人の元へと走った。
「気絶しちゃったよ、あっははは!」
あの後、ポールが回復魔法を使おうとして、まさかの魔力不足で使えなかった。という訳で、禁断の僕の回復魔法を、ポールの指示のもとにテッドへと施法した。でも、ポールの指示もあったし、テッドに何が起きているかは魔力を見れば想像できたし、かなり適切な処置ができた、と思う。多分。
テッドは……上半身、というか、内臓、かな。鳩尾を中心に、体内からごっそりと魔力が失われていた。数々のポールの指示から推測するに、恐らく、内臓の動きが止まっていたんだろう。そりゃあ、這いよってでもすぐに回復魔法を使ってあげないと大変なことになるよね。
アルに肩を貸されてゆっくりと試合場まで来たレジーも含め、全員が見守る中、意識を失っているテッドへと回復魔法を施法することになった。かなり緊張した。ちゃんと目が覚めてよかった……。
「気分、は、悪く、ない?」
「うん! 超元気! むしろ大丈夫? ごめんね、本気で殴っちゃった」
「う、ん、大丈夫……」
ポールが爽やか、ではなく、生気の無い笑顔を浮かべている。ポールにも回復魔法を施法しようと思ったのに、放っておけばそのうち治るから、と拒否されてしまった。でも、せめて、苦痛を取る程度の処置はいいんじゃないかな。やっぱり僕の回復魔法は信用されてないのかな。ですよね。僕も、魔力の影響が無い、普通の怪我はさすがによく分からない……。
「じゃ、全試合終了! みんなおつかれー!」
テッドが飛び起きて明るく終了を宣言する。さっきまで気絶していたとは思えない動きだ。それにつられ、おつかれさま、と互いに言い合う。それにしても、初めてみんなが本気で戦うところを見た。すごかった。参考になるところがたくさんあった。僕は使える魔法が多いだけで、応用的な魔法はあまり使えないし、今日の試合のおかげで戦い方の幅が広がりそうだ。
「いや、ちげーだろ」
アルが不満そうに腕を組んで言い放つ。何か文句あるのか、毒キノコ。アルが全員の顔を順番に見る。僕は座っていたから、立っているアルから見下ろされた。ちょっとムカつく。
「俺らが外に出られる実力があるかどうかって話だろ」
あ、確かに。そうだった。アルの言う通りだ。ごめん。