表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
五彩の巫  作者: 桜ゆっけ
8/12

わたしからのおねがい

 はじまりの朝。


 南東を向いている部屋の窓からは、朝日が強力に差し込んでいた。もしも、吸血鬼を退治する必要がある際には、この部屋に閉じ込めておけば事足りるのではないだろうか。まず、対峙する状況からしてありえないのだけれど。


 就寝前に握っていた手は、離れていたらしい。目が覚めてすぐに僕こと、カレンからすれば見知らぬ男は、どこにいれば彼女を最も混乱させずに済むか。少し考えた結果、とりあえず布団を抜け出すことにした――が、背中をクイッと引っ張られる感覚に阻まれ断念。マズい、先に起きていたのか、と振り返るが、そうではない様子。


「――くー…」


 穏やかに眠る少女。僕の右手を離れた左手は、今は寝巻きの裾を握っていた。あまり歳の違わない十四歳の少女が自分に寄り添って眠っている、というのは、少なからず心にクるモノがあった。男冥利に尽きる、というか。既に僕のことは頭から抜け落ちているのだとしても、今この瞬間だけは、間違いなく彼女の支えになれているのだから。


 さて、どうあっても『目が覚めたら布団の中に知らない男がいる』という状況を取り除けない以上、第一印象をよりよいモノにしなければならない。怪しまれない、気の利いた言葉を考えようと顔を背けようとした刹那。


 カレンの目がぱっちりと開いた。


 え、嘘。ちょっと待ってくれまだなにも考えてない。さらに、彼女から見た今の状況はこうだ。



『目が覚めたら知らない男が私の顔を見て微笑んでいた』



 どうしよう、とにかくなんでもいいから声をかけなくちゃ……! ここで、起死回生の一手を打ってみせる!!


「おはよう、お嬢さん。あんまり可愛すぎて、天使かと思っちゃった。キミ、名前は?」


 あ、たぶんこれ失敗したやつだ。僕のたたかいはここでおしまいだあ…



「ぷっ、おかしなタマにぃ。わたしは、かれん、だよ?」



 もしかして、首繋がった? 器の大きな子だなあ…よし、じゃあ、次は自己紹介か。


 ――――痛烈な、違和感がなさすぎることに対する、違和感。

 今、この子は、何と言ったか?


「なあ、カレン。僕の名前が分かるのか…?」

「うん。なるつかたまき。タマにぃでしょ?」

「っ!!」


 これは…どういうわけか知らないが、もしかしたら。

 ――記憶が、消えていない?


「…カレン、昨日の夜、どんな話をしたか、覚えているか?」

「きのうのよる…よるは、えっと…あっ」


 日記のこと。記憶のこと。あるいは、今日を忘れたくない、と泣きながら吐露したことか。いずれにせよ、彼女は気がついたのだろう。ないはずのモノがあることに。

 彼女は笑っていた。両の目に、いっぱいの涙を溜めて。


「おぼえてる…おぼえてるよ、ちゃんと、ぜんぶ」

「そっか、よかった。本当によかった…ちなみに、昨日のその前の日についてはどうだ?何か覚えていることはあるか?」

「うーん、…いいや、わたしがおっきくなってからは、きのうのことだけしか」

「わかった、ありがとう」


 昨日以前の九年間についても記憶が甦ってはいないだろうか、と考えたのだが、やっぱりそこはスパッと抜け落ちているようだ。保持されるが取り出せない、ではなく、記憶がリセットされてしまうらしい。


「あの、タマにぃ。それでね…」急にモジモジしだしたカレンは言う

「どうした、トイレか?」

「いや、そうじゃなくって…。その、今日はね…」

 ああ、なるほど。そういえば、渡海さんから昨日聞かされた話の中にあったっけ。

 こういうのは、本人の口から催促させるものじゃない。続く彼女の口を指で制する。



「誕生日おめでとう、カレン」

「………うんっ」


 彼女本人からは伝えられていなかったので驚いたのだろう。ポカンとした後に、一拍置いて、笑顔の花が咲いた。やはり、この子犬のような少女には笑顔がよく似合う。なでたくなる頭選手権があれば、前代未聞、満場一致でのグランプリは堅い。


 ところで、今日が誕生日だということをつい昨晩まで知らなかった僕には、なんの準備もない。それ以前に今日、いきなり記憶が定着してくるとは思わなかったのだ。


 記憶の残留と、十年ぶりの誕生日。記憶に関して、その消失を僕は直接経験していないとは言え、こんなめでたい日はそうそうない。盆と正月と誕生日とがいっぺんに来たようなものだろう。だから、今日という日に何もできないなんてそりゃないでしょう、と大きく出ることにした。


「申し訳ないことに、プレゼントの用意ができていないんだ。だから、キミの願いをなんでも、一つだけ叶えよう。今すぐじゃなくてもいい、決まったら、教えてほしい」

「わたしの、おねがい? なんでもいいの?」

「ああ、なんでもだ」


 頭をなでる手を離し、そう提案をする。お願いが決まるまでいくらかの時間が、もしかしたら数日かかるかもな、と思っての発言だったが、カレンの返答は非常に早かった。



「わたしね、がっこうにいきたい。

「いまからおべんきょうするのは、たいへんかもしれないけど。

「きのうのわたしは、がっこうをたのしみにしてた。

「だから、きっと、あの日からきのうのきのうまでのわたしも、がっこうにいきたかったとおもうの。

「これが、わたしからのおねがい。かなえて、くれますか?」



 疑問形ではあるが、その目に不安の色はない。今の僕が、よほど頼りがいのあるように写っていると見える。人にモノを教えたことはないが、昨晩考えていた『彼女と第三者との橋渡し』をするよりは、ずっとやることがわかりやすい。


「任せろ。僕がお前に、今まで行けなかった"学校"を教えてやる」

タイトルを、半分だけ回収しました。構想はあるので時間をください…

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ